29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

英国労働者階級の惨状レポート、概念上の混乱あり

2018-04-22 22:31:39 | 読書ノート
オーウェン・ジョーンズ『チャヴ:弱者を敵視する社会』依田卓巳訳, 海と月社, 2017.

  現代英国階級事情。チャヴとは英国の下層階級の若者を指す言葉で、子だくさんで、公営住宅に暮らし、生活保護を受け、ジャージを着たまま外出し、働かないで昼間からドラッグとアルコールをやっている、というイメージらしい。ただし、著者は広めの定義でこの語を使っており、労働者階級全体をチャヴとみなして議論を進めている。オリジナルのChavs: The Demonization of the Working Class (Verso) は2011年刊で、邦訳には2012年版と2016年版の後書きが追加されている。

  本書で著者は「チャヴは労働者階級のステレオタイプとして適切なイメージではない」という主張を展開している。残念ながら、この重要な論点で本書は議論が混乱している。というのは、チャヴとは一部のグループを指すものであって、そもそも英国で労働者階級全体を指すものとしては使用されていないのだから。これでは藁人形論法である。英国労働者階級の惨状とその原因を探る内容なのだから、そもそもチャヴをメインテーマであるかのように見せる必要などなかった。しかし、著者は注目をひくためにあえて戦略的にこの侮蔑語を用いているようにも見える。

  この点を除けば「ここ30年で英国国内で格差が広がり、労働者階級の暮らしぶりが悪化していること」の良質なレポートとなっている。1979年に始まるサッチャーによる改革によって、労働組合が弱体化し、英国国内の工鉱業が壊滅した。1997年に労働党が政権に着くが、ブレアもゴードンも中流階級寄りのニューレイバーだった。彼らはメリトクラシーを奨励して労働者階級に対して中流への階級移動を煽った一方、低賃金の労働者や無職者を無能な者として無視した。結果、仕事もセイフティネットも失われて、希望を亡くした人々が下層に滞留している、と。

  その処方箋だが、まずは団結して選挙で影響力を振るい、中流上層への課税率や法人税率を高めよ、という方向となる。そこまではいいのだが、最大の問題はどうやって英国で労働者階級向けの仕事を作り出すかである。仕事といっても、レジ打ちのような最低賃金すれすれで解雇も容易なものではなく、世帯を構えることのできる程度の収入のある長期に安定した仕事である。だが、これについては特にアイデアがない。どうしようもない、というのが本当のところだろうか。本書の範囲を超える難問とはいえ、彼らに経済的な自立の機会を持たせないままでは片手落ちである。というわけで、受け皿の無いままハードランディングな構造改革をしてはいけない、というのが日本への教訓かな。
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教育支出の妥当性について数字を使って検証

2018-04-16 19:35:56 | 読書ノート
中澤渉『日本の公教育:学力・コスト・民主主義』中公新書, 中央公論, 2018.

  教育の社会学・経済学。社会全体でみたときの、教育のコストとメリットを計量してみよう、という意図の内容である。教育言説によくあるエピソード的なものを廃して、エビデンスで議論する、というわけである。そのためのツールである統計学の使い方や、そもそも教育におけるメリットとは何か、それをどうやって測るのか、という話が本書の中心となる。著者は大阪大学の先生で、『なぜ日本の公教育費は少ないのか』(勁草書房 2014)でサントリー学芸賞をもらっている。

  正の外部性を理由に公的負担による教育が実施される。しかし、教育の利益は私的に享受される部分もある。では私的な負担と公的負担のバランスはどの程度がいいのか。大学の場合、著者によれば、世界的にみても日本では私的負担に偏りすぎており、収益率の観点からもみても高卒者より大卒者のほうが社会にもたらす便益が大きい。なので、大学教育にもう少し政府は支出してもよいはずだという議論となる。このほか低所得者層に支援をすることによって格差を縮小できるとも提言されている。ただし、これらの結果にたどり着くまえに「議論を整理して変数を統制して」という話がけっこう続くので、それを楽しめるかどうかだな。

  新書にしてはけっこうハードな内容だろう。実に多くの論者の議論が紹介されるので、読者は整理しきれないかもしれない。それぐらい情報量が多い。個人的には効果の測り方に関する議論についてはとても参考になった。
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楽しげに装ってはいるものの中味は手堅い教科書。計算問題満載

2018-04-10 14:29:46 | 読書ノート
スティーヴン・レヴィット, オースタン・グールズビー, チャド・サイヴァーソン『レヴィット ミクロ経済学』安田洋祐, 高遠裕子訳, 東洋経済新報社, 2017-18.

  ミクロ経済学の教科書。昨年『基礎編』が発行され、今年になって『発展編』が発行されている。原書は二分冊ではなく、Microeconomics (Worth Publishers, 2013.) という一冊もので、著者表記の順序もAustan Goolsbee, Steven Levitt, Chad Syversonとなっている。邦訳はレヴィットの名を前面に出すなど『ヤバい経済学』にあやかろうというマーケティングをしているけれども、本書はあくまでも教科書であり、頁数も大部なので気楽に手にするものではない。

  中級教科書ということで、数学を多用する。ただし、薄めの教科書でよくみる、記号の並んだ式を示して展開して「はい証明終わり、理解しましたね」みたいな説明ではなくて、具体的な数値を式に投入していちいち式を展開して計算するという、懇切丁寧な説明となっているのが特徴である。演習問題も盛りだくさんで、計算する機会は多い。しかし数式の話が続く分、辛気臭いところも多く、楽しんで読み進められるというものではない。先生の説明なしでもある程度独学できるというのが大きなメリットだろう。

  邦訳は初版を基にしているみたいだが、原書は2016年に第二版が出ている。ハードカバー版より安価なルーズリーフ版なるものもあるようだが、単にバインドしていないだけなんだろう、それでも150ドルほどする。教科書が高価なのはあちらでも問題になっているみたいだが、日本の場合と額が違うよな。日本だと2000円超えると学生に購入させるのに躊躇するところだ。
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懸念は医療保険の安定的財源。だから増税を、と。

2018-04-05 22:17:48 | 読書ノート
権丈善一『ちょっと気になる医療と介護:増補版』勁草書房, 2018.

  権丈先生の一般向け書籍第二弾の増補版。前著『ちょっと気になる社会保障』と同様くだけた語り口を期待させるが、けっこうシリアスで切迫感がある。まだ400pを超える頁数を割いての議論であるため、前著よりは丁寧な説明となっている。

  年金は大丈夫だが医療と介護には問題がある。少子高齢化云々、というわけで現在医療制度は改革の途上にあるという。その方向は、基本、高齢者は在宅のまま通院治療という形でケアし、重篤の場合は入院とするというものである。介護もこのシステムにくっつける。しかしながら、負担を迫られる団体や地域の抵抗、あるいは政治の場では増税が難しくなっていることもあって、先行き不透明な部分もある。方向は正しいのだから、あとは財源をどうするのかが問題だ、という。

  著者は消費税増税の先送りを憂いている。だが、増税の景気への影響を懸念する議論にも説得力があって、この件に関しては素直に同意できないところである。世代間対立を煽るのはよくない、と著者はいう。だが、短期的な就職機会等への影響が無視できない以上、世代間対立を矮小視するのもゆきすぎだろう。この点はさておき、全体として興味深い内容である。
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所属大学を異動しました・その2

2018-04-01 17:20:26 | チラシの裏
  本日から日本大学文理学部教育学科の所属となりました。異動は人生で二度目です。日大でも司書資格課程の担当となります。一年間だけ平野英俊先生との二人体制でやります。さいたま市在住なので新宿経由の桜上水までの通勤がちと辛いな。ずっと自転車通勤だったので、満員電車に恐怖感がある。

  なお今年度、前任校の文教大学には非常勤講師として訪れます。2018年度の司書資格課程は、一年間のみ専任のいない非常勤講師だけによる運営となります。2019年度になって新たな専任が着任する予定です。今年度前期中に公募がJREC-INに掲示されるはずなので、興味のある方はお待ちあれ。
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