29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

2023年10月~12月に読んだ本についての短いコメント

2023-12-31 11:42:01 | 読書ノート
谷頭和希『ブックオフから考える:「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』青弓社, 2023.

  ブックオフ論。ブックオフは買取したものをただ棚に並べているだけで、店側に選択の意図がなく、自己主張が感じられない。だからこそ、若者が多様な文化に触れることのできる貴重な入口となっている、と主張する。一方で、持ち込み客によって店の品揃えが左右されてしまうというローカルな面もあり、そこが面白さであるとも。したがって、ブックオフは「出版業界の寄生虫」(小田光雄『ブックオフと出版業界』論創社, 2008)ではなく、公共性を持つ空間である、と好意的な評価を与える。ただ、ブックオフ側の意図欠如を「なんとなく」というキーワードで説明してしまうのは違う気がする、店側は戦略的にやってるのだから。まあでも面白かった。公共図書館との比較もある。

永江朗『私は本屋が好きでした:あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』太郎次郎社エディタス, 2019.

  出版論。中国・韓国の国民性を批判する内容を持つ本を「ヘイト本」と定義し、なぜそのような本が増加したのかを探る内容である。インターネットでエロコンテンツが提供されることによってエロ本に対する需要が低下した。そこでエロ本を作っていた出版社が新たなコンテンツとして掘り当てたのがヘイト本だったという。この話についてはなるほどと思わされた。けれども、ヘイト本を駆逐するためすべきだと提案されていることは妥当には思えない。取次による自動配本をやめて、各書店が自身でセレクトすべきだというのである。この方法がヘイト本を駆逐するとするには説得力が弱い。ブックオフ以前の古本屋は──若い人はわからないかもしれないが──店主の責任でセレクトしていた。だが、それらのうちいくつかは、みすず書房発行の固い本を売る傍らでかなりの数のエロ本を扱っていた記憶がある。高価だがすぐ売れるわけではない本を置いておくために、回転率の高いエロ本で資金繰りを確保していたのだ。というわけで各書店がセレクトとしたとしても、事態は変わらないと予想される。

アミタイ・エチオーニ『新しい黄金律(ゴールデンルール):「善き社会」を実現するためのコミュニタリアン宣言』 永安幸正監訳, 麗沢大学出版会, 2001.

  コミュニタリアン本。McCabe著Civic Librarianshipで言及されていたので読んでみた。個人主義に行き過ぎると秩序が失われ、保守主義に偏っても息苦しい。個人主義を認めつつもそれを一定の範囲内に留めつつ、共同体のプレゼンスを高めようという議論である。で、共同体が称揚する価値については所属する構成員が議論しましょう、ただし釘を刺しておきますけど共同体を超える普遍的な価値(人権)もありますよ、共同体の決定はその面では制限されるので暴走は抑えられますよ、と。リベラリズムにも配慮した中庸かつまっとうな議論となっている。しかし、論理の力ではなく、読み手のバランス感覚や常識感覚に訴える説得となっていて、500頁を超える長尺さがありながら啓発されるところが少ない。読み手にあらかじめ個人主義を批判する構えがあるならば、わかるわかるという調子で読み進むことができるだろう。
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英国版「図書館がこの先生きのこるには」本

2023-12-29 20:40:51 | 読書ノート
David Baker & Wendy Evans (eds.) Libraries and Society: Role, Responsibility and Future in an Age of Change Chandos, 2011.

  インターネット時代の図書館の役割やあり方についての論文集。分量は論文25本で400頁超え。寄稿者は主に英国人で、基本的に英国の図書館の状況と将来予想を伝える内容である。公共図書館だけでなく、大学図書館や学校図書館に関する論文もある。

  玉石混交なのはこういうのにありがちで、中盤は事例報告的な論考が多く好みではない。だが、最初のほうと最後の方はためになる。数例を挙げる。英国の図書館利用状況をデータで伝える2章によれば、英国でも支出に占める資料の構成比が減っているとのこと。特に書籍が減った一方、音楽媒体と映像媒体は増えたらしい。4章は、大学図書館において雑誌と電子媒体の全資料に占める構成比が増えていることを報告する。どちらも1990年頃と2000年代後半との比較である。19章は米国の図書館員の待遇についてのアンケート調査で、「薄給だがやりがいはある」と感じているらしいことがわかる。図書館評価に関する議論を駆け足でレビューした20章も有益だった。

  論考は、場としての図書館にこだわるべき派(多数)と場所にこだわるな派(≒インターネットの大海に乗り出せ派)(少数)の二つにおおざっぱに分かれる。両者とも「ネットの情報は有象無象なので、図書館員の役割は信頼できる情報を選り分けること、または利用者に良質な情報を見分ける能力を授けること」という信念を共有としている。このあたり、図書館員は価値判断しないといういわゆる知的自由概念とどう整合性が採れているのか(英国と米国ではまた違うのか?)よくわからない。加えて、情報を判断する力への図書館員に対する信頼感の高さには疑問を覚えた。そんなに能力が高いのか?と。

  ただまあ、情報はネットにあふれていて、図書館の利用が後回しになりつつあるという認識はわかる。こうした状況下では「優れた質の情報を選り分けて置いている+だからあとは利用者が自分で探してね」というだけではなく、そのことをプッシュしていかなけば図書館はアドバンテージを保てないというのも理解できる。しかし、ネット利用から図書館利用をどう促すのかはいろいろ具体的な部分で試行錯誤が必要だ。

  位置付けとしては、ネット情報によってオワコンになると言われた図書館がこの先生きのこるには?という英国版きのこ先生本である。それでも、やることは多くあるというスタンスで書かれていて、希望を感じることができる。

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経済成長に影響する複数の要因について整理して解説

2023-12-20 10:08:36 | 読書ノート
マーク・コヤマ, ジャレド・ルービン『「経済成長」の起源: 豊かな国、停滞する国、貧しい国』秋山勝訳, 草思社, 2023.

  経済学。経済成長に関する様々な議論をレビューして、効く要因と効かない要因を選り分けている一般向け書籍。原書はHow the World Became Rich : The Historical Origins of Economic Growth(Polity, 2022)である。

  経済成長を可能にする単一の要因というのは存在せず、複数の要因が寄与するというのが著者らの主張である。前半では、海や河川へアクセスや人口集積地への近接度といった地理的条件、為政者の権力を制限し財産権を保護するといった制度的条件、他人を信用し協力行動を促すという文化的条件、晩婚かつ少子の家族形成を促してマルサスの罠を回避させる人口動態上の条件、植民地といった条件が挙げられている。

  後半で、主にイギリスを取り上げつつ、オランダ、アメリカ、ソ連、日本、中国などを遡上にのせ、前半で挙げた条件の実際の作用について解説している。産業革命以前にも、経済成長を可能にする条件が整った国は多数存在していて、実際に経済成長が起こった。しかし、それは永続しなかった。産業革命の特異性は、永続的な成長をもたらしたことであるという。その原因として、英国では職工階級にも啓蒙主義が行き渡り、技術革新を尊ぶ気風があったことが挙げられている。

  以上。ウェーバー、ダグラス・ノース、ジャレド・ダイヤモンド、アセモグル、ポメランツら、読んだことのある論者らの説が整理されており、とても勉強になる。わかりやすく優れた内容だろう。
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