ハリー・コリンズ, ロバート・エヴァンズ『民主主義が科学を必要とする理由』鈴木俊洋訳, 法政大学出版局, 2022.
科学論。「選択的モダニズム」なる立場から市民社会と科学との関係を考えるという内容である。原書はWhy Democracies Need Science (Wiley, 2017)。著者二人は科学論の「第三の波」の先導者で、社会構築主義を全面的に受け入れたうえでなおも科学に優越な地位を与えるという立場だ。科学論の第一の波は、手続きの透明性と成果の普遍性などを理由として科学を高く評価し、意思決定の場面で科学がもたらす知識に優先権を与える。これに対し第二の波は、価値や権力関係が科学の営みを駆動しており、そのような営みは客観性も普遍性も保障されないので、科学者の意見は非専門家の意見と同程度のものとして扱われるべきだとする。
第三の波すなわち選択的モダニズムは、第二の波の議論を全面的に受け入れたうえで、誠実かつオープンに行われているという理由で科学に特別な地位を与え、公共的意思決定の場面において現状科学的に何がわかっているのかについて意見を述べる場を設けることを認める。この場は、意思決定者に対して「科学的に正しい」特定の政策を採るように薦めるものでは決してない。科学的議論の現状がどのレベルにあるか助言するだけである。意思決定者は、科学者の助言を無視して(科学的には誤っているかもしれない)大衆の意向を尊重してもよいとする。ただし、科学を無視する場合、意思決定者側は無視した理由を説明しなければならないともしている。
以上。議論自体は難しいものではないが、読んでいて沸き起こる二つの疑問がある。第一に、科学を無視してしまえば、民主主義的な意思決定が間違う可能性も高くなる。社会の失敗は民主主義に不可避なものなのかもしれないが、領域によっては巨大な被害が生み出されるかもしれず(例えば安全保障や公衆衛生)、すぐには首肯できないところだ。もちろん科学が間違うこともあるのだけれども。第二に、科学の社会構築主義を受け入れてしまったらもはや科学の優越を認めることはできないという点だ。著者らは科学の成果は優越の理由にならないとしている。ならば、意思決定者が科学を無視したことに対して説明責任まで要求できるような地位を科学は保つことができるのだろうか。ここは大きな矛盾点である。
というわけで、話は分かるが理論的な粗もある、という印象だ。社会構築主義に対して配慮しすぎなのが議論の弱さを生んでいると思う。
科学論。「選択的モダニズム」なる立場から市民社会と科学との関係を考えるという内容である。原書はWhy Democracies Need Science (Wiley, 2017)。著者二人は科学論の「第三の波」の先導者で、社会構築主義を全面的に受け入れたうえでなおも科学に優越な地位を与えるという立場だ。科学論の第一の波は、手続きの透明性と成果の普遍性などを理由として科学を高く評価し、意思決定の場面で科学がもたらす知識に優先権を与える。これに対し第二の波は、価値や権力関係が科学の営みを駆動しており、そのような営みは客観性も普遍性も保障されないので、科学者の意見は非専門家の意見と同程度のものとして扱われるべきだとする。
第三の波すなわち選択的モダニズムは、第二の波の議論を全面的に受け入れたうえで、誠実かつオープンに行われているという理由で科学に特別な地位を与え、公共的意思決定の場面において現状科学的に何がわかっているのかについて意見を述べる場を設けることを認める。この場は、意思決定者に対して「科学的に正しい」特定の政策を採るように薦めるものでは決してない。科学的議論の現状がどのレベルにあるか助言するだけである。意思決定者は、科学者の助言を無視して(科学的には誤っているかもしれない)大衆の意向を尊重してもよいとする。ただし、科学を無視する場合、意思決定者側は無視した理由を説明しなければならないともしている。
以上。議論自体は難しいものではないが、読んでいて沸き起こる二つの疑問がある。第一に、科学を無視してしまえば、民主主義的な意思決定が間違う可能性も高くなる。社会の失敗は民主主義に不可避なものなのかもしれないが、領域によっては巨大な被害が生み出されるかもしれず(例えば安全保障や公衆衛生)、すぐには首肯できないところだ。もちろん科学が間違うこともあるのだけれども。第二に、科学の社会構築主義を受け入れてしまったらもはや科学の優越を認めることはできないという点だ。著者らは科学の成果は優越の理由にならないとしている。ならば、意思決定者が科学を無視したことに対して説明責任まで要求できるような地位を科学は保つことができるのだろうか。ここは大きな矛盾点である。
というわけで、話は分かるが理論的な粗もある、という印象だ。社会構築主義に対して配慮しすぎなのが議論の弱さを生んでいると思う。