29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

右ページに文章、左ページに図表で統一

2009-07-31 22:31:22 | 読書ノート
佐藤拓『データ比較「住みにくい県」には理由(わけ)がある』祥伝社新書, 祥伝社, 2009.

  都道府県単位で所得や学力・治安などを比較したもの。各県の差をデータによって明らかにはしているものの、タイトルで告げているほどにはその理由について深く検討されてはいない。

  都道府県間の比較はそれなりに興味深い。ただし、いくつかのケースでは、なぜ比較の単位が県であって、職業階や所得や学歴や居住地やその他属性などのカテゴリではないのかという疑問が起こるのも事実。人口の移動もあるだろうし。まあ、データが得やすいからなんだろう。県民性などに関心がある人向け。
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情動面における中立状態を維持する

2009-07-29 20:47:52 | 音盤ノート
Harold Budd / Brian Eno "Ambient #2 The Plateaux of Mirror" EG, 1980.

  Brian Enoによる環境音楽シリーズの二作目。カリフォルニアの現代音楽家Harold Buddとの共作で、Buddがアコースティック・ピアノまたはエレクトリック・ピアノを弾き、Enoがシンセサイザーと音響処理を担当しているとのこと。

  朴訥としたピアノ演奏に残響処理をし、シンセサイザーを薄くかぶせたりして曲が構成されている。シンセサイザーの音が目立った"Discreet Music"(EG 1975)や"Ambient #1 Music for Airports"(EG 1978)に比べると、本作はピアノの深い残響音のためずっと奥行きが増した印象である。収録されたいずれの曲も非常にテンポが遅い。

  美しいが平坦な楽曲は、気分を高揚させることも落ち込ませることもない。二人の次の共作"The Pearl"(EG 1984)はずっと寂寥とした印象で、これはこれで悪くはないのだが、情動面でニュートラルだった本作と比べて心の琴線に触れてしまうところがある。注意を引くこと無く聞き流せることが環境音楽の神髄だとしたら、本作の方がその機能を忠実に果たしていると言えるだろう。

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音楽祭は大成功の模様

2009-07-27 08:23:12 | チラシの裏
  イベントはつつがなく終了。対外的には短大だけがドジを踏んだということで処理されるようです。短大関係者のみなさん、泣いてください。
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印刷物からインターネットまで+都市論

2009-07-26 09:14:51 | 読書ノート
佐藤卓己『現代メディア史』岩波書店, 1998.

  メディア史の定番の教科書で、2008年の段階で9刷まで発行されている。平易ではあるが、そのスタンスはちょっとややこしい。

  著者はマクルーハンのような技術決定論的な立場をとらない。そのため、メディアを受け入れる社会についてしつこく言及される。実際、新しいメディアの受容にはその国の経済や政治が影響しているからだ。本書では、英米独日の四カ国が検討されている。

  一方で、コミュニケーション研究・メディア論に対する視線もある。こちらの方は、あるメディアを持った時代の“言説”は、そのとき使用できた最新のメディアによって影響されるという見方がなされている。たとえば、印刷物のみの時代と近代精神は結びつけられ、ラジオの時代は大衆動員の時代とみなされる。本書は、こうした言説を記述の枠組みとして使用している。

  そういう次第で、章構成をみると技術決定論的に見えるのだが、中身は全然そうではないというものとなっている。初学者でも分かり難いというものではないが、技術決定論的なメディア論がどのようなものなのかをあらかじめ理解した上で読むと、著者の意図がより鮮明になるだろう。
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早く知っておきたかったニュース

2009-07-25 15:53:08 | チラシの裏
この件でスケジュールが無茶苦茶になった。
こんなことになるのなら、こんなことになるのなら・・・

以下引用
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ニュージーランド、人口の8割が新型インフル感染の恐れ

【7月24日 AFP】ニュージーランド・オタゴ大学(University of Otago)の研究チームが24日、国内で新型インフルエンザA型(H1N1)感染が人口の79%にまで拡大する可能性を指摘した。

 初めに新型インフルエンザ感染が確認されたメキシコでの事例を基にした当初の試算では、1人の患者から他者に感染するのは約1.5人とされていた。だが、研究を主導したオタゴ大公衆衛生学部のマイケル・ベーカー(Michael Baker)准教授によると、ニュージーランドではこの数値が1.96人で、感染者1人に対し約2人に感染が拡大しているという。

 この数値をから計算すると、最大でニュージーランドの全人口の79%が新型インフルに感染する可能性がある。だが、発症するのは3分の2程度とみられる。
 
 一方、厚生労働省は24日、日本国内の新型インフルエンザ感染者が5000人に達したと発表した。(c)AFP

http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2624221/4389937
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農家が困窮するメカニズムについては説明不足

2009-07-20 20:41:23 | 映像ノート
DVD『おいしいコーヒーの真実』マーク・フランシス;ニック・フランシス監督, UPLINK, 2006.

  先進国でのコーヒー消費の風景を間にはさみつつ、エチオピアのコーヒー農家の貧困を追ったドキュメンタリー。エチオピアの農協を代表して、新たなコーヒー豆の販路を獲得しようと努力するタデッセ・メスケラの姿が素晴らしく、心打たれる。

  映画では市場でのコーヒー豆の価格が安すぎると繰り返し言及される。スターバックスのようなカフェで提供されるコーヒー一杯に、我々は300円ぐらい払う。しかし、コーヒー豆の農家が手にするのはその100分の1の3円程度だそうだ。監督は「映画で解決策を提示するつもりはない」と解説で述べているけど、それとは別に価格がそうなってしまうメカニズムについても十分説明できていないように見える。

  そうなる原因は一応示されてはいる。まず、国際的なコーヒー豆の卸業者は寡占状態であり、さらに農家と消費者の間に仲介業者が5つから6つも入るとのこと。そこでメスケラ氏は、間に入る業者をいくつか飛ばして、より消費者に近い段階の業者に直接販売しようとしているわけだ。これは納得できる。

  さらに映画は、先進国から来るバイヤーの言い値──より具体的にはニューヨークの先物市場──で価格が決まってしまい、エチオピア農民に価格交渉力が無いことや、先進国の農業保護政策が途上国の農産物の価格を下げていることも描いている。このあたりは説明不足に思える。

  コーヒー農民に交渉力が無いことを「当たり前」とみなすことはできない。先物市場で価格が決まると、供給者は困窮するのだろうか? 石油価格にも先物市場が影響するけれども、産油国がひどい貧困に陥っているとはいえまい。また、ヨーロッパや北米でコーヒーなんか栽培していないと思う。なのになぜ農業保護政策が問題となるのだろうか?

  なんとなくわかるにしても、多少の推論が必要になる。この映画はそのための材料をきちんと提示できていない。おそらく、コーヒー豆の供給は潤沢なのだろう。価格が下がるのはそのためであって、投機家の貪欲のせいに帰することはできない。映画の中で、世界でのコーヒー豆の消費量・生産量・価格の推移について、なにがしかの言及があるべきだった。

  仮にコーヒー豆の供給が十分であることが正しいとしたら、エチオピア農家は、コーヒーの価格上昇に期待するよりも、別の稀少な商品作物を作ることで貧困から脱出できる。先進国の農業保護政策が問題となるのはこの段階だろう。途上国の商品作物が輸出先で作られる農産物とバッティングする場合、政治的に輸入されなかったり、補助金によって価格を押し下げられた輸出先の農産物との価格競争によって十分な利益がでなかったりするかもしれない。そこで、途上国の農家はコーヒー豆のような熱帯の特産品に頼らざるをえないということになるのだろう。映画はこうしたまわりくどい解説をせずに先進国の農業保護政策を非難しており、コーヒー豆の輸入を規制しようとする先進国の利益団体があるのかと観客に勘違いさせてしまう。

  そういうわけで、途上国の貧困に心を痛める先進国の住人は、フェアトレードとか言ってコーヒーにちょっと高めの価格を支払うよりは、途上国が多様な産品を先進国に輸出できるように、農業関連の規制の撤廃を主張をするべきだと感じる。農民にコーヒー豆農家を続けさせてもそんなに未来は無いだろう、きっと。



  
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新しい司書資格教育の科目の案らしい

2009-07-16 09:07:47 | 図書館・情報学
  JLAから短大の図書館に「これからの図書館の在り方検討協力者会議」による『司書資格取得のために大学において履修すべき図書館に関する科目の在り方について(報告)』が届いた。一昨年から議論されている新しい司書資格課程の科目について提案されている。

  昨年の今頃の段階では、司書課程の選択科目は全部無くなるという話だった(ただし上記とは別団体の報告書にもとづく)し、新カリキュラムは平成22年度からの実施ということだった。しかし、昨年度末の段階になっても、文科省がまだヒアリングを行っていたところを見ると、結局意見はまとまらなかったのだろう。実施がいつになるのかはまだよくわからない。

  今回の案は、そんなに大きな変更があるわけではないが、名称変更も含めて、司書=情報の探索屋・検索屋という路線をこっそりとおしすすめた印象だ。機械が苦手で読書好きの文系学生に対して、パソコン操作を叩き込むことに苦労する日々が思い浮かぶ。下記に今回の案と現行科目の対応させてみた。

   案(単位数)      現行(単位数)
 生涯学習概論(2) ← 生涯学習概論(1) / 半期に
 図書館概論(2) ← 図書館概論(2) / そのまま
 図書館情報技術論(2) ← 該当なし / まったくの新科目
 図書館制度・経営論(2) ← 図書館経営論(1)+ / 内容を追加して半期に
 図書館サービス論(2) ← 図書館サービス論(2) / そのまま
 情報サービス概説(2) ← 情報サービス論(2) / 名称変更
 児童サービス論(2) ← 児童サービス論(1) / 半期に
 情報サービス演習(2) ← レファレンス・サービス演習(1)+情報検索演習(1) / 足して通年
 図書館情報資源概論(2) ← 図書館資料論(2) / 名称変更
 情報資源組織論(2) ← 資料組織概説(2) / 名称変更
 情報資源組織演習(2) ← 資料組織演習(2) / 名称変更
 該当ナシ ← 専門資料論(1) / 廃止
 選択科目2×(1) ← 選択科目2×(1) / 科目数増えるも要求される単位変わらず

 計算すると、三つの1単位の講義が軒並み2単位に変更、2単位の新講義科目が追加、1単位の講義科目が減ることになり、全体として半期2コマ分講義数が増えることになる。講師の確保を考えなくてはならなくなるようだ。

 全体としては大胆さの少ない、マイナーチェンジに留まった印象があるが、こうなった経緯を想像すると委員の皆様の苦労がしのばれます。もうもめないかなあ。

  
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コルトレーンバンドを数ケ月でクビになったはずのピアニストによる

2009-07-14 16:22:47 | 音盤ノート
Steve Kuhn "Mostly Coltrane " ECM, 2009.

  "Remembering Tomorrow"(ECM / 1995)のトリオにJoe Lovano(ts)を加えた編成によるコルトレーン・トリビュート。ECMでの前作"Promises Kept"(2004)が気に入らなかったのであまり期待していなかったのだが、これはけっこういい。

  Joe Lovanoは上手いがクセの無い演奏を聴かせる。彼がゲスト参加したアルバムを何枚か聞いたことがあるはずなのだけれども印象に残っていない。この録音でも同様で、唯一の管楽器として前面に出てプレイをしているのに、ピアノのサポートをしているかような錯覚におそわれる。Joey Baronのドラムは"Remembering Tomorrow"にくらべて静かめだ。Kuhnの演奏はモーダルでドラマチックな曲によく合っており、コルトレーンのレパートリーとの相性はかなり良いように思える。CDの収録時間めいいっぱいに収録されているが、"Remembering Tomorrow"ほど退屈な曲が多くないのもよろしい。


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日本語接続詞概説

2009-07-13 13:54:47 | 読書ノート
石黒圭『文章は接続詞で決まる』光文社新書, 光文社, 2008.

  日本語の接続詞の用法を検討した書籍。この本で言う「接続詞」は、書き言葉で使う接続詞だけでなく、話し言葉で頻繁に使われる接続詞や、接続詞的な機能を果たす文末表現などを含み、広い。接続表現に関する教科書と言っていいかもしれない。読んで面白いというものではないけど、ためにはなる。

  
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もっと酷い録音をCD化しているのになぜこの作品は・・・

2009-07-08 23:02:02 | 音盤ノート
Jack DeJohnette's Special Edition "Inflation Blues" ECM, 1983.

  DeJohnetteのバンドSpecial EditionのECMでの録音中、唯一CD化されていない作品。Keith Jarrett TrioのメンバーとしてECMに多大に貢献をしているというのにだ。

  このバンドでの最初の録音"Special Edition"(1980)は、David MurrayとArthur Blytheのスリリングな掛け合いが聴ける傑作だった。ECMでの最後の録音"Album Album"(1984)は、管楽器バトルの面白さは無いものの、祝祭的な曲が魅力的でアレンジもよく練られたこれまた傑作だった。この二つの間に録音されているのが、"Tin Can Alley"(1981)とこの"Inflation Blues"である。

  "Inflation Blues"の冒頭の曲は1stを思い出させる緊張感の高い曲だが、"Tin Can Alley"での演奏ほど活き活きとしていない。この曲以降はアレンジ重視で、渋くなった"Album Album"のようだ。B面に出てくるタイトル曲はレゲエ。地味だという印象を残したままレコードが終わってしまう。それでもカタログから抹殺してしまうほど酷い出来とも思えないのだが。
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