29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

今更ながら静岡は暖かいと再確認

2010-12-30 19:26:36 | チラシの裏
  新幹線で横浜・小牧・静岡と行き来しているが、寒暖の差を感じる。緯度的には小牧と横浜はそう変わらないが、海に近いか内陸かで違うのか、それとも北風が日本海側から入ってくるかどうかで違うのかよくわからないが、小牧の方が寒い。その二都市に比べれば、静岡は緯度も低く、北風も入ってこないので、とても暖かい。小牧から静岡に帰ってくると、着ているものが一枚余計に感じられるほど。Weather News社の報告を見ると、静岡>横浜>小牧の順で、平均してちょうど2℃ずつ暖かいようだ。わかっていることとはいえ、静岡の気候はすごしやすい。
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初耳・ドーナツが横浜名物

2010-12-27 09:01:35 | チラシの裏
  岐阜のとある観光地に行ったら、次のようなのぼりを見た。ドーナツ発祥の地・横浜 / 横浜ドーナツ。横浜生まれで現在も横浜在住の妻が「初耳」と驚いていた。いや、意外な事実に驚いたというわけではない。知らない土地で自分の住んでいる県のマイナー知識に遭遇し、それがまた名物にされてしまっていることに驚いたのだ。

  「発祥」という表現は大げさだとはいえ、横浜がドーナツ伝来の地だった可能性はおおいにありうる。日本のドーナツの歴史について、ネットで探してもよくわからなかったが、日本のパンの歴史は横浜に始まるようなので、ドーナツも同様だろう。特に意外という感じのない結論である。

  しかし、横浜の人はそんなことを気にしていない。パンやドーナツの伝来の地が横浜だろうが、それを商売用文句に使用するつもりは無いようである。また、他県とは異なる横浜特有のドーナツというのも存在しない。つまり、ドーナツに「横浜」をつけても何も特徴のあるメニューは出てこない。

  というわけで、是非確認してみたい商品だったのだが、残念ながら店が開いていなかった。のぼりを残したまま、潰れていたのかもしれない。

  
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19年ぶり(ぐらい)に名古屋・鶴舞中央図書館へ

2010-12-23 19:44:18 | 図書館・情報学
  たぶん高校時代以来だと思うが、私用で名古屋市の鶴舞中央図書館へ行った。かつてどうだったかの記憶がほとんどないのだが、19年前はウラジミール・ナボコフの邦訳を探すのが目的だった。

  久々に訪れて驚いたのが、まだカード目録を使っているということ。OPACの普及でとっくの昔に滅びたと想像していたのだが、鶴舞では1995年以前の資料はカード目録で探せということだった。蔵書の多い大図書館ほど目録記述の電子化が難しいということか。それとも予算がつかなかったと解釈するほうが正しいのか。

  また、暖房を使ってないのか、中はけっこう寒かった。冬用の上着を脱ぐのがはばかられる室温だった。これもお金の問題?
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機知とユーモアを楽しむための軽めの人生相談

2010-12-21 09:20:05 | 読書ノート
ティム・ハーフォード『まっとうな経済学者の「お悩み相談室」』遠藤真美訳, ランダムハウスジャパン, 2010.

  処女作が邦訳された時のマーケットの事情で「まっとうな経済学者」にされてしまった(推定)ティム・ハーフォードの邦訳三作目(参考)。ただし「まっとうな」の称号が与えらえているのはタイトルまでで、文中では原書の"undercover economist"に近い「覆面経済学者」という語が使われている。実名を明かしている著者を「覆面」にしてしまうのはどうかなというところだが、邦題よりは救われるだろう。「隠密経済学者」「潜航経済学者」うーん難しいと言えば難しい。

  この本はフィナンシャル・タイムス・マガジンのお悩み相談コーナーからの選りすぐり。相談内容は、「アル中の継父を殺してやりたい」という個人的な悩みから「お金で幸福を買えるか?」といった抽象的なものまで雑多である。また、著者も、経済学理論または実証研究をもとに「経済学的にはこう考えます」と提示する以上のことはせず、相談者の悩みに真剣に向き合ったりしない。そういうわけで、日本の新聞の人生相談のように、相談者から寄せられた個人的で深刻な悩みを、回答者が真面目に考えて誠意あふれる回答をするというものではない。著者のウィットを楽しむべき内容だと言えるだろう。

  このように軽めの内容なので、参考文献などは付けられていない。しかし、挙げられている研究に興味がわくこともある。(例えばジョゼフ・サピアという人の「性交経験が早いと男子の成績は数パーセント下がるが、女子ではそうではない」ことを明らかにした論文)。残念ながら、研究者名もカタカナ表記であり論文名も日本語訳されて提示され、探しようが無かったりする。せめて研究者名のアルファベット表記を付してくれればありがたかった。まあ、まったく手がかりが無いということも無いんだが。
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対人折衡業務に耐えられない層が非正規雇用になっていると

2010-12-19 20:13:58 | 読書ノート
海老原嗣生『「若者はかわいそう」論のウソ:データで暴く「雇用不安」の正体』扶桑社新書, 扶桑社, 2010.

  若年雇用に関する通説を論駁する内容。ここ数年、玄田有史が『仕事の中の曖昧な不安』(中央公論, 2001)で示した「中高年の正規雇用を守るために、若年雇用が抑えられ、結果若者の非正規雇用者数が増えている」という見解が支配的だった。著者は、こうした認識とは反対の事実を明らかにする。日本における大学新卒者の募集は減っておらず、また入ってからの待遇もそれほど変わっていない。就職氷河期が続いているように見えるのは、大学の数が増えて大卒者の数が増えたからである。この事実を、多くのデータを使って丁寧に説明している。

  しかし、著者は日本の労働市場に何も問題がないと言っているわけではない。第一に、機械やモノを相手に黙々と作業するような高卒ブルーカラーの仕事が円高で壊滅し、日本に残されたのは、そのような層が苦手としていそうな対人折衡業務ばかりであるという。結果、そうした層が正規雇用に就けなくなっている。第二に、増えた大卒者は高卒相当の仕事を避けるようになり、中小企業への関心も薄い。その結果として、中小企業で人手不足が起こっているという。著者によれば、上の二つの問題を解決するのが、派遣労働のような「解雇しやすい」=「辞めやすい」雇用形態でのジョブ・マッチングだという。その他にも、労働市場改善の提案をいくつか行っている。

  リクルート社に所属して多くの企業を取材してきた著者の情報量が示された好著だろう。これまでの議論に一石を投じる内容である。ただし、タイトルは中高年によるアンチ若者論ととられてしまう可能性があり、ややもったいない。「別の角度から若年雇用の問題を明らかにした」書籍ということが分かるようなタイトルの方が良かった。ちなみにこのブログでは、前著にも言及したことがある。
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聴衆のニーズ無視の効用

2010-12-17 21:41:05 | チラシの裏
  昨日、僕の所属する短大の音楽科生による定期演奏会を観にいった。短大に赴任してから毎年この企画の無料招待券をもらっていたのだが、僕はクラシック音楽には全然興味がなくて、いつも観に行かずじまいだった。ところが今年は、前日夜に音楽科教員から電話がかかってきて来場を催促され、圧力に屈したわけである。

  あまり期待していなかったせいもあって、それなりに楽しめた。わが短大の音楽科は、誰も知らない作曲家の曲、あるいは著名な作曲家の誰も知らない曲をプログラムによく採りあげるのだが、今回も同様。ラヴェルの「夜のガスパール」以外は、聴いたことのない9曲が並ぶ。演奏する学生がなんとか弾けてかつ楽しめる曲を選んでいるのだろうが、一方で聴衆のニーズなんかまったく考慮していないのがわかる。一応有料コンサートなのだが、チラシに印刷された演目を見て「観に行こう」と誰も思わないだろう。これまでの僕がそうだったように。

  しかし、そうした姿勢のおかげでマイナーながら面白い曲が発掘されることもあるようだ。昨日披露された、ピアノ、フルート、サックスによる阿部清美“エターナル・ブルー”は、ミニマルミュージック以後の音楽らしく、一聴して最近の曲だとわかるリズムと和声感覚で個人的にツボだった。早いテンポのライヒ風のユニゾンの後に、ECMやWindham Hillなどで録音されそうな清涼でアクの無いメロディが展開するという曲である。クラシックファンはこういうのをどう評価するのだろうか?

  あと、低音女声ファンとして、ソプラノ歌手だけではなくアルト歌手もステージに上げてほしいところ。声の低い女性歌手がマイクを使って囁くように歌うクラシックのレパートリーがもし存在するならば、それを探してきて聴かせてくれることを期待している。
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一見淡泊な分析ながらよく読むと使えるアドバイスあり

2010-12-14 15:36:44 | 読書ノート
佐藤博樹, 永井暁子, 三輪哲編集『結婚の壁:非婚・晩婚の構造』勁草書房, 2010.

  日本で非婚化・晩婚化が進む理由について分析した論文集。いくつかの研究機関やシンクタンクによるアンケート調査をもとに、手堅い実証分析をおこなう学術書である。各論文の問題意識や結論自体は難しいわけではないものの、分析に使われている統計についてある程度の知識が必要になるかもしれない。

  各論文を読んでいて、面白い知見に出会う──「結婚仲介サービスは婚活のうち成果が得られにくい活動である」「20歳代のときだけ友人の数は結婚に影響する」などなど──ことはしばしばある。しかし、全体として留保条件が多く、すっきりと納得させられた印象は少ない。実のところ各論者は、地味ながら思い切ったアドバイスをしばしばしている(例えば“対人関係が不器用で女性とうまくつきあえない男性は、まず男同士の友人つきあいで対人関係能力を鍛えるのも良いかもしれない”p.69)。それらは役に立ちそうなものだが、大きく採りあげるとアカデミックな印象が薄れるかもしれず、編集者としては悩ましいところだっただろう。

  全体として、婚活の提唱者で家族社会学者の山田昌弘の認識「現代日本社会で出会いが自動的にセッティングされることは無くなった。パートナーと出会うためには個人がコストを負担しなければならない」が通底しており、彼の名前が参考文献にもしばしば登場する。このような角度からの関心には、十分応える内容になっている。
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我慢して聴かなくてよいというのが不満だったりする微妙さ

2010-12-12 22:41:47 | 音盤ノート
Ricardo Villalobos "Fabric 36" Fabric, 2007.

  エレクトロニカ。いわゆるミニマル・ハウス。FabricのDJシリーズ中の一作という設定だが、曲は全てオリジナルで、かつ初めて披露されるものばかりである(共作も含む)。

  Villalobosの他のオリジナルアルバムで聴かせるストイックで淡々とした印象は、この企画盤ではやや薄れる。音数も多い(もちろん他のアーティストに比べれば少ないが)。何よりも、聴き手を単調さの中で我慢させながら、少しずつ表情を変化させてゆくという、あの感覚が薄い。むしろ、耳を澄ませていなくても聞き分けられる、明らかな変化を伴って全体が進行してゆく。後半では民族音楽風のコーラスもかぶさり、お祭り的に盛り上がる場面まである。そういう点では、Villalobosの魅力を伝えているとは言いがたいが、起承転結があって聴きやすい作品とは言える。

  問題が一つ。パッケージが缶ケース仕様で、CDを中でしっかり止める構造になっておらず、中でCDが転がってカンカン音が鳴る。CDに傷がつかないかどうか心配だ。独創的なデザインというのもやっかいなものである。
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リベラルアプローチによる価値相対主義の不可能さ

2010-12-09 21:08:48 | 読書ノート
マイケル・J. サンデル『民主政の不満:公共哲学を求めるアメリカ〈上〉/ 手続き的共和国の憲法』金原恭子, 小林正弥監訳, 勁草書房, 2010.

  ハーバード大学での講義のTV中継で有名になったサンデルの主著。個人的には初めて読む著者だが、「コミュニタリアン」というキーワード付きで紹介されている文章を他で読んだことがある。この本の原著は1996年発行で、邦訳は現時点では上巻しか発行されていない。

  上巻は、米国における憲法解釈の変化を批判する内容である。20世紀半ばまで、裁判所は公共的な「善」を基準に判断した。ところが、20世紀後半になると、「個人の選択」であることが最大の価値とされるようになり、何が善であるかは裁判所では判断されなくなった。この、民族・人種・宗教・性別ほかさまざまな属性に先行し・価値の源泉たる「個人」を、著者は「負荷なき自己」と呼んでいる。こうした個人主義の優先と、「個人をとりまく諸属性こそが源泉となっている諸価値」に対する政治的判断の回避こそが、アメリカの民主制におけるロールズ的なリベラリズムの勝利を表しているというわけである。

  ところが、個人主義を徹底することは完全な価値相対主義をもたらさなかった。その結果は、これまで個人に尊厳を与えてきた諸属性──「黒人である」「女性である」など──から来る価値を、政治的に貶めて冷遇することになっている。結局、現在の米国に蔓延するリベラリズムは、さまざまな価値を守ることができていないのではないか、というのである。

  以上が上巻の簡単な要約である。ここまででは、リベラル批判はあるものの、代わりにどのような概念を提出して上の問題を解決するのかは不明である。それは下巻でということになるのだろうか? 早く読みたいところである。

  また、訳がいいのか原文がそうなのか知らないが、この種の哲学的な内容の書籍にしては非常に平明で分かりやすい。一方で、邦訳付録のインタビューの方が、予備知識の要求される難解な内容になっている。
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ボーカルラインはオリジナルそのままのリミックス

2010-12-07 20:33:43 | 音盤ノート
Bebel Gilberto "Bebel Gilberto Remixed" Ziriguiboom, 2005.

  MPB。2004年発表のセルフタイトル作"Bebel Gilberto"(Ziriguiboom)のリミックス集。リミックスといっても、曲をズタズタにしてしまうような過激なものはない。ボーカルラインは原曲そのままで、ビートを強調したり、和声を変えてしまったり、他の楽器演奏を足してみたりというのが、その全てである。

  Global Communication(参考)のTom Middletonを除けば、リミキサーは僕の知らない人ばかりである。このうち、Telefon Tel Avivによる"All Around"は名リミックス。原曲は暖かみを感じさせる地味な曲だったが、リミックスではマイナーコードによるギターのアルペジオが全面的に配され、冷たく悲しいバラードに変貌している。その他、原曲よりも打ち込みを強調した作品が多く、ボサノバ的な繊細さは失われているが、ノリは良いものになっている。

  Bebel Gilbertoは、すでに2009年に大手のVerveから最新作"All in One"を出しているが、サウンド面に冒険が見られず、不満が残る。歌が巧く器用なので、いろいろなスタイルをこなせるところを聴かせようしすぎる。結果としてアルバム全体が散漫になるという罠にはまっている。この作品のように、打ち込みボサのスタイルで、低音で歌うというスタイルに集中してほしいところだ。
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