29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

複雑に見える日本語を整理してその規則性を浮き彫りにする

2016-11-30 19:35:26 | 読書ノート
橋本陽介『日本語の謎を解く:最新言語学Q&A』新潮選書, 新潮社, 2016.

  高校生(といっても慶應志木高)から出された日本語についての疑問を整理して、著者が言語学の知識をもとにQ&A方式で回答するというもの。著者には『7カ国語をモノにした人の勉強法』(祥伝社, 2013.)なる著書もあって、外国語にも精通しているらしい。本書は、複雑で扱いにくい言語のように見える日本語だが、ちゃんと規則性とロジックがあるということを明らかにしている。

  その内容について説明抜きにいくつか結論だけを挙げる。「ハ行のもともとの音はパピプペポだった」「五七五がリズムが良いと感じるのは、四拍だから」「"あたらしい"は"あらたし"の誤用」「ら抜き言葉は文法体系の合理化である」「"わ"と読む助詞"は"が残されたのは昭和21年の国語審議会のせい」「助詞"が"は主格を示す一方で、"は"は主題を明示する機能を持つ」「新情報を示す際には"が"を、既知の事柄には"は"を用いる」などなど。特に「日本語による叙述は、英語のように客観的な描写とはならず、語り手の視点がどうしても入ってしまう」という指摘はなるほどと思わされた。すべての疑問がきれいに解決されているわけではないが、そうした場合には参考文献が掲げられて深入りできるようになっている。

  以上、知らないことだらけで面白かった。本書では著者の外国語知識によって日本語がうまく相対化されており、「言語学の専門書籍を読むほどではないけれども、安易な日本語論も好まない」という読者には、ちょうど良い知的な読み物になっていると思う。なお「私はラーメン」という言い方は間違いではないらしい。
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マルチ楽器奏者二人によるカラフルなブラジル産フュージョン

2016-11-28 21:57:50 | 音盤ノート
Andre Mehmari / Antonio Loureiro "MehmariLoureiro Duo" NRT, 2016.

  ジャズ寄りのMPB。アンドレ・メーマリとアントニオ・ロウレイロとのデュオ作品である。ただし、二つの楽器による静謐な室内楽というわけではなく、双方がさまざまな楽器を操るうえに曲によっては多重録音されており、予想されるよりは厚くて賑やかな音になっている。ロウレイロはドラムとヴィブラフォンにボーカル、メーマリはピアノ、ギター、フルート、シンセサイザー、アコーディオン、ボーカルなどをこなしている。

  前半と後半ではコンセプトが異なる。前半はお互いの曲を持ち寄っての、編曲重視での演奏である。ただし、対等なデュオというわけではなく、メーマリが主導しているように聴こえる。収録曲のうち、メーマリ作のほうが厚く音が重ねられており、賑やかである。ロウレイロ作もオーバーダブされているが、二桁の数の楽器を使っているメーマリ作の半分ほどの楽器数でしかない。後半は、多重録音を使わないピアノと打楽器の二つ楽器による演奏で、基本的に即興のようである。

  前半は"The Way Up"の頃のパット・メセニーを思い起こさせるような曲もあって楽しい。後半は二人の名人芸を聴くのが主になり、凄みもあるが疲れるところもある。前半と後半で別にしたほうが良かったとも言えなくもない。だが、全体的には抒情的な装いでまとめられており、難しいことをやっているのに「難解」な印象を与えないところはさすが。日本盤しか発行されていないのがもったいないくらい。
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通勤は自由をもたらし、かつ人間の本性も満足させる、と

2016-11-25 21:07:17 | 読書ノート
イアン・ゲートリー『通勤の社会史:毎日5億人が通勤する理由』黒川由美訳, 太田出版, 2016.

  通勤をテーマにした一般書籍で、都市論の一断面という位置がふさわしい。著者は英国のジャーナリスト兼ライターで、記述はアカデミックではなく、考察の付いたエッセイという赴きである。取り上げるトピックもアドホックだ。原書はRush hour: How 500 million commuters survive the daily journey to work (Head of Zeus, 2014.)。

  鉄道による毎日の通勤という現象が生まれた19世紀から説き起こして、通勤者の社会階層の変化、英国と米国のほか日本・ソ連・インドの通勤事情、自動車通勤、自転車およびバイク、ロードレイジ(Road Rage:車での割り込み対する運転者の逆上現象を指す。あちらでは殺人に発展したりすることもあって問題となっているらしい)、在宅勤務、自動運転車について扱っている。日本の話においては満員電車での痴漢が大きく扱われており、もっと他に語るべきトピックがあったのではないだろうかと思わないでもない。

  著者は「都市は不潔かつ不衛生であり、緑のある都市郊外に居を構えて街中に通勤するというのは合理的である。また、移動は狩猟本能に根差しており通勤はそうした人間の本質を満たすことができる。さらに通勤者が独りになる時間を確保できることもメリットである」と主張している。

  だが、このような論陣を張るならば、人口密度の高さを評価する論者(例えばグレイザー)と対決してほしかった。渋滞や満員電車は郊外からの通勤の帰結だし、20世紀後半の都市は19世紀のそれとは異なって衛生的にもなっている。なにより人口密度の低さは生産性を低めると言われている。なので、著者のいう通勤のメリットは相殺されてしまっているのではないかと疑問に思わなくもないからだ。いずれにせよ、軽く読める本である。
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保育サービスの拡充は経済成長に貢献するとのこと

2016-11-23 14:22:47 | 読書ノート
柴田悠『子育て支援が日本を救う:政策効果の統計分析』勁草書房, 2016.

  社会学ということになっているが、マクロ経済学でもある。タイトルで「子育て支援」が強調されているが、それは福祉、すなわち厚生を高めるからよいという理由からではなく、あくまでも経済成長と財政余裕(税と社会保険料による収入から社会保障支出を引いた額)を改善するから良いという理由で肯定されている。

  OECD28ヵ国のパネルデータを用いての統計分析で、期間は1980-2009年。採りあげられている変数は、一人当たりGDPから離婚率、開業奨励金のGDP比率など60以上にのぼる。このうちいくつかの政策の支出を要因として、政策実施の一年後の財政余裕、労働生産性の上昇率、女性の労働力率、合計特殊出生率、自殺率、子どもの貧困率などにどの程度影響するのかを探ったものである。一階階差一般化積率法推定なる分析手法を用いているが、僕にはよくわからない。いちおう図表は重回帰分析の結果のように読むことができる。

  結論は公共事業を行うより保育サービスのほうが経済成長に対して効果的だということ。保育サービスは女性労働力率と合計特殊出生率を高め、それらが労働生産性を上昇させ、最終的には経済成長率が高まり財政余裕が改善されるという。財源の議論もあって、特定の税ではなく、所得税・相続税・消費税ほかいくつかの税を世論の反発を買わない程度に上げたほうがよいという現実的な提案がなされている。

  政府も女性労働力率を高める方向で取り組んでいるわけで、結論に大きな驚きがあるわけではない(もちろん、まだまだ不十分という批判もありうるが)。本書のメリットは、それがどの程度の政策効果が見込めるのか、その程度を数値で示しているところだろう。ただし、仮説を立てて統計分析して数値の解釈をするという硬い記述が続き、読み物として気軽に手にとれるというものではない。一般向けではなく、まったき研究書である。
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とある「博士号をもった司書」を偲んで

2016-11-21 22:18:01 | 図書館・情報学
  去る11月8日に気谷陽子先生が亡くなられた。享年64歳。僕は彼女の生前の最後の3年半ほどを仕事を通じて知っているだけで、このような話をネットで告知するようなかたちとなることには少々ためらいはあるのだが、彼女の講義を受けた人も多くいるはずであり、追悼の意味でここに記しておきたい。

  気谷先生は長らく筑波大学図書館に勤務し、その間に図書館情報学の博士号も得ている。実務経験と研究業績を兼ね備えた図書館の専門家だった。定年退職の前後から南関東のいくつかの大学で非常勤講師をはじめ、獨協大学、専修大学、聖学院大学など司書資格課程を置く大学で教鞭をとった。もっとも目立った仕事は、放送大学での講義「情報メディアの活用」の講師だろう。同タイトルの教科書では山本順一先生との共編著者として名を連ねている。放送大学での講義は今年7月末にも放映されており、それを見た知人は「おそらく撮影時期はずっと以前だろうが」と断ったうえで「お元気そうだった」と述べていた。このときはもうすでに体調を崩されていたのだ。

  文教大学では非常勤ながら2013年に司書資格課程を設置した時からの講師で、半期の授業を5コマ持って頂いていた。授業では大学図書館とコンピュータ教室を使ってベテラン司書のノウハウを学生に伝えていた。僕の母ほどの年齢だったが、受講生からは「かわいい」と評判だった。彼女も文教大の受講生の真面目な雰囲気を教えやすいと気に入ってくれていた。今年度初めの4月にガンで闘病中であることを僕に知らせてくれたが、投薬治療しながら日常生活を送り、前期は予定通り出講もするとのことだった。その際は血色もよく見え、いつもと変わりない印象だった。後期も1コマだけ出講していただいていたのだけれども、9月にお会いしたときは体調の悪い様子だった。そして10月に緊急入院した後に亡くなられた。

  文教大学でもうあと5—6年は一緒に働けると考えていただけに、とても残念である。始まったばかりで伝統も実績もこれからという本校の司書資格課程だったが、その船出に協力していただいたこともあって、僕としては感謝の言葉しかない。気谷先生、ご冥福をお祈り申し上げます。そして、ありがとうございます。
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男女の性的魅力の非対称性を精神分析を使って説明

2016-11-18 15:54:47 | 読書ノート
山田昌弘『モテる構造: 男と女の社会学』ちくま新書, 筑摩書房, 2016.

  ジェンダー論。性的魅力に関しては男女の非対称性があって、男は仕事ができればモテるが、女は稼得能力と性的魅力は無関係である。ではなぜ現代社会においても性的規範が強固なのか、その理由を精神分析を使って説明するというもの。

  率直に言って、いまいちだった。性的魅力の非対称性について頁が費やされているが、イデオロギーに染まっていないならば今さら驚くようなことではないだろう、現状の話はもう少し端折ってもよい気がする。興味があったのは、性規範が現代のような平等主義的・能力主義的社会にも強固に存在し続ける理由の分析のほう。だが、用いられるのがフロイトとナンシー・チョドロウ。ちょっと説得力がないというか、説明が複雑なわりには十分な量がないというのが感想である。著者は社会学者として敢えて進化生物学・進化心理学による説明を避けたのだと予想する。そのために環境要因を重視する立場なのだが、そのわりには性規範が強固となってしまうスパイラルを描いていている。

  本来、性規範が強固であるにしても、それでも先進国間ではその強度に差があり、日本ではなぜ特に強いのか、と問うべきではなかっただろうか。その方が社会学らしくなったと思う。チョドロウ説では一般的すぎて日本特有の現象・原因をあぶりだせない。これでは処方箋も描けないし、社会は男女差の存在をどの程度受け入れるべきなのかもわからないだろう。2000年頃のパラサイトシングル論の頃と変わらぬ冷徹なトーンで著者は書いてはいるが、本書はあまり衝撃はない。すでに、読者は描かれた現実を分かっているだろうから。また、21世紀にもなって精神分析に説明を頼らないだろう。若いころは著者の家族論に感心したので、ひさびさの新書版の登場に読む前には期待したんだけどなあ。
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英国マイナー映画のサントラ。暗い情念を室内楽風に聴かせる

2016-11-16 23:07:03 | 音盤ノート
Simon Fisher Turner "Caravaggio 1610" El, 1986.

  英国の映画監督デレク・ジャーマン作品に付されたサウンドトラック。ジャーマンとターナーが組んでの最初の作品である。映画は中世イタリアの画家ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオを主人公としたもので、1986年に公開されている。ただし、個人的には今に至るまで未見。

  サントラはクラシックの室内楽風の楽曲集となっており、暗い情念をたたえた美しく短い曲が並ぶ。曲によって、弦楽四重奏、聖歌風合唱、クラシックギターのソロあるいはチェロ、チェンバロ、リコーダー、ゴングといろいろ楽器や編成が変わる。背後には映画から録られたと思われる物音やセリフが配され、また隠し味的にシンセサイザーも加えられて、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。少々緊張感があって、心地のよい環境音楽という感じではない。最後の弦楽四重奏など「ロマンティシズムのこぼれ落ち方」がベタすぎるとはいえ、そういう部分を楽しむものだろう。

  サイモン・ターナーはジャーマンが亡くなってから勢いが落ちてしまったように思う。20年ぐらい昔に渋谷のUPLINKだかで灰野敬二とのセッションを見たことがあるが、まだ活動しているのね。なお2005年のEl再発盤には4曲のボートラが付いているとのこと。

  
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ご当地ラーメンを求めて、ついでに日本図書館情報学会の集会に

2016-11-14 15:40:41 | 図書館・情報学
  先日、奈良にある宗教都市・天理市にご当地ラーメンがあると聞いたので、さいたま市からわざわざ食べに出かけた。ついでに天理大学で開催される日本図書館情報学会の研究集会にも顔を出した。

  さて、今回の日本図書館情報学会の研究集会は発表数こそ多かったものの、僕が見たかぎりでは質疑応答が低調で、議論が盛り上がっていなかった。会場から質問が出ないので、司会者が無理矢理尋ねたいことをひねりだす、というシーンをしばしば目撃した。これは、発表者が多くて会場が三つに分散してしまったため、一会場における聴講者数が少なくなったせいだと思う。やはり一会場にある程度の人数が集まるようしたほうがいいんじゃないかな。あと、巨大な研究テーマの一部分を切り取っての発表というのがけっこうあって、その切り取った範囲ではコンパクトにまとまった発表であるものの、発表者の全体的な研究計画やコンセプトがわからなくて、聴く方の関心に訴えてこないというケースも少々あった。「その研究にどういう意義があるんですか」(悪意なし)とわざわざ説明を求めるのも野暮に感じてしまうのだが、尋ねたほうがいいのかな。だが、そもそも発表者が発表の中できちんと説明すべきことだとも思う。

  以下、印象に残ったものをあげる(敬称略)。まず、長谷川哲也(静岡大学)と内田良(名古屋大学)の「国立大学図書館における図書資料費の変動に関する社会学的研究」。ミーハーなので、発表者の片方は組体操批判の茶髪の先生だ、と思いながら聴いた。教育社会学分野から越境してきての発表であり、資料費の経年変化を示すデータの解釈についてアドバイスを求めに来たというスタンスだった。国立大を3ランクに分け、ランクの高い大学の資料費は維持されているが、低い大学ではそうではなく、格差が広がっているという。うーむ、ここで格差か。文科省がよこす国立大学関連予算の総額ではなくて、大学間格差を問題とするとなると、高ランク大の予算を削って低ランク大に渡して平準化したほうが良いという話に向かうように思える(もちろん発表者はそんなことは言っていない)。危機感は伝わったので、大学間格差についての説明があればもっとよかっただろう。

  次に、宮本剛志(日本大学)の「国立国会図書館における資料利用制限措置」。発表者はかつて国会議員の秘書だったとのこと。その立場で国立国会図書館に通ううちに閲覧制限の存在を知ってしまったという。現在、児童ポルノに該当する「おそれ」のある本は、閲覧制限がかかっていて、一般利用はできない。さらに、そうした本の書誌も目録から抹消されており、存在自体を確認できないようになっている。発表者が情報公開の手続きを経て該当文献のリストを求めても、タイトルを特定できないよう黒塗りで書類がでてきたという。この児童ポルノに該当する「おそれ」の判断は館長の名の下、国立国会図書館内で行われている。この処置は妥当か、またこうした処置を判断する手続き自体が妥当なのかと、二つのレベルで問いを投げかけるものだった。国立国会図書館側にも言い分はあるだろう。しかし、そんなことがあったんだということを示してくれた点で興味深い内容だった。

  三つ目は手前味噌だが、安形輝(亜細亜大学)ほか「公立図書館における図書購入の実態」。焼肉図書館研究会案件である。全国の公立図書館中央館に、どこから資料を買っているか、割引率はいくらか、装備付きでの納入か、などについて尋ねたものである。結果、8割の図書館が、装備有定価、または割引のみ、装備有でかつ割引有など、なんらかの割引を受けていた。割引率はばらついており、20%を超えるところもある。割引率の高い図書館は、規模の大きい南関東圏の図書館であり、地方の小規模な図書館は装備無の定価で買わされている。こうしたシビアな現実が明らかになった。会場から、そんなの当たり前だというコメントも出た。そうかもしれない。公共図書館も資本主義の秩序にまきこまれており、出版社のある東京に近い地域の図書館は割引を受け、遠い地域の図書館は輸送コスト分を負担する。大口顧客は安く買える一方、小口の顧客は定価購入だ。しようがないね、というわけだ。その妥当性について判断するつもりはないのだけれども、図書館関係者はもう少し「金の話」をしてもいいのではないかと思う次第。

  あと、今回の旅のメインだった天理ラーメンの件。天理スタミナラーメン本店に行って食べてきた写真が下。チャーシューメンである。とんこつと鶏がらを出汁にした辛口のスープに、白菜とチャーシューという構成。同席した「ラーメン二郎派」の重鎮と、いったいどちらが健康的なラーメンかを巡って論争となった。


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米国企業において出世するタイプはナルシストでかつ不誠実

2016-11-11 08:32:53 | 読書ノート
ジェフリー・フェファー『悪いヤツほど出世する』村井章子訳, 日本経済新聞出版, 2016.

  リーダー論を扱ったビジネス書である。著者のフェファーはスタンフォード大学のビジネススクールの教授で、『「権力」を握る人の法則』(日本経済新聞出版, 2011)なるベストセラーがすでにあるそうだが未読である。この邦訳は、Leadership BS: Fixing workplaces and careers one truth at a time (Harper Business, 2015)を元にしている。なお、典型的なリーダーの性格の持ち主として、ドナルド・トランプについての言及も少々ある。

  リーダーについての理想論ではなく、データに基づいて実際に出世する人間の姿を描くというのが本書のウリ。ただし、データそれ自体を見せてくれるわけではなく、あくまでも「基づいて」語っているだけで、そこを物足りないと思う向きがいるかもしれない。その分一般書籍としては読みやすくはなっている。

  米国企業の管理職研修において、謙虚で誠実で思いやりがあって頼れるリーダーが望ましい、と研修コンサルタントが受講者に吹き込んでいるらしい。しかし、出世する人間の典型は、自己顕示欲の旺盛なナルシストで、嘘つきで責任もとらず、他人を顧みず、自己保身に長けているという。しかも権力を握った人間は多少デタラメなことをしても罰されることは少ないのだ、と。だから、平社員の君も上司と距離を置いて保身に走れ、出世したいなら政治的駆け引きを恐れるな、謙虚な奴は上にはいけないぞ、とアドバイスしている。

  アメリカではそうなんだろう、というのが感想。あちらでは履歴書においても多少「盛る」らしく、もともと保有していないはず自信や能力を演出し続けないと職を維持できないし、そもそも職に就けないと聞いたことがある。日本企業だとどうなんだろう。自己顕示欲の強いタイプは、うさん臭いかまたはゲーテのいう「活動的なバカ」だと思われて嫌われるように思える。このあたり、米国と日本の出世するタイプに違いがあるのかどうか、誰かすでに検証していないものだろうか。ありそうだよね。

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暗くてメランコリックな米国産欧風ボサノバ

2016-11-09 10:19:07 | 音盤ノート
Thievery Corporation "Saudade" Eighteenth Street Lounge Music, 2014.

  ボサノバ。シーベリー・コーポレーションについてはよく知らないが、米国ワシントンD.C.を本拠とする男二人組とのこと。1990年代半ばからコンスタントにアルバムを発表しているようだが、いくつか聴いた限りではいわゆるトリップホップ(trip hop)にカテゴライズできる。打込みではあるがあまりダンサブルではなく、楽曲はいずれもスローテンポからミドルテンポで、ゲストボーカルがじっくり歌を聴かせるというスタイル。本作においても、オーケストラをバックに女声が悲しげに歌唱する最後の曲なんかはPortisheadを思い起こさせる。

  このデュオは、これまでレゲエありジャズありのノンジャンルの上物の楽曲を揃えてアルバムを作ってきたようだが、このアルバムはアコギが目立つボサノバ曲とストリングス中心のラテン・ラウンジ曲で統一している。しかもクレジットを見る限りでは、打込みではなく人力演奏のようである。曲毎に五人の女性がボーカルが入れ替わるが、エリス・レジーナ風からフレンチロリータ風まで取り揃えている。タイトルにある「サウダージ」という語からイメージする「爽やかな郷愁感」はあまりなくて、パリ時代のナラ・レオンのような暗くメランコリーな印象が強い。ボサノバと言っても、ブラジル直輸入ではなく、欧州解釈が施されたそれをわざわざ米国人が採りいれた、というひねりのある作品である。

  トリップホップの陰鬱な感覚で演奏するボサノバと言われればそうなのだが、これまでこういうのはあったのだろうか。もしかしたらあるのかもしれないが、これはこれで統一感があってなかなか完成度が高いアルバムだと思う。かなり気に入った。新作がそろそろ出るようだが、この路線を続けてほしいな。
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