29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

暗黒音楽研究・その2

2008-10-31 16:20:03 | 音盤ノート
Terry Riley "Poppy Nogood and the Phantom Band: All Night Flight" Cortical, rec.1968

 ミニマル・ミュージック初期の代表曲として知られる"In C"の作曲者、Terry Rileyの1968年のライブ録音。収録曲"Poppy Nogood and the Phantom Band"はCBS盤"Terry Riley / A Rainbow In Curved Air"のカップリング曲として収録されており、そちらの方が入手しやすい。ここで紹介するCortical盤は現時点で品切れである。だが、出来はこちらの方が数段良いので、中古盤を見つけてなんとか聴く機会を持つことをおすすめする。(2006年にElision Fieldsから再発されているようだ)。

 同曲は、ソプラノサックスとオルガンの多重録音(当時は磁気テープ)で構成される。オルガンでドローンを作り、その上にサックスによる短いフレーズが現われては消えるという趣向。この録音はNew Yorkでの徹夜のライブ演奏を40分程度にまとめたもので、CBS盤以上にトリップ感があり、暗くかつ重たい。CBS盤はソプラノサックスの展開をスムーズに聞かせようとする編集になっているが、この録音はオルガンの重低音を強調し、サックス演奏はより混沌とした編集となっている。1960年代のアメリカで流行したドラッグ体験を音にしたらこんな感覚だろうと思わせる(僕はやったことありません、念のため)。

 ちなみにorgan of CortiのRileyのシリーズは全部で5枚あるが、聴いて楽しめるはこれとNo.2だけ。他の3枚は習作・実験作というレベルである。名高いテープループを使った諸作品も、Reichの作品を聴いた後ではスピード感もなく野暮ったい印象だ。もちろん、オリジネイターとしての名誉は称えなければならないが。そうした出来不出来のあるシリーズの中で、この"Poppy Nogood"は飛びぬけて素晴らしいことは確かだ。
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2008-10-29 18:14:56 | 読書ノート
松下圭一『社会教育の終焉』筑摩書房, 1986.

 1980年代に登場した、公民館を通した社会教育の活動を批判した書籍としてよく知られている。僕が持っているのは2003年に公人の友社から出た新版の方で、旧版との異同はチェックしていない。

 著者は次のように問いかける。戦後40年近く経て、1980年代に「市民」は成熟し、独自の学習ニーズをもつようになった。これらのニーズには民間でも対応できる。また、「市民」は要求するものを得るのに主体的に行動できる。であるのに、公務員がわざわざ「市民」のために教育プログラムをつくる必要があるのか? 公務員が成人した者を教えようというのは傲慢な態度ではないか? したがって税金を投じる社会教育活動はもう一線から引いてもいいのではないか?

 著者は生涯学習または社会教育に反対しているのではなく、行政が社会教育に関与するのに反対しているのである。確かに、公民館で主催される社会教育の関係プログラムを見ると、「これを税金でやらなくてもなあ」と思わされることは今でも多い。その印象の多くは、興味を持つだろう層または参加できる層が限定されすぎていて、特定層の優遇のように見えてしまうところから来る。平等を損ねているように見えるのである。

 ただ「成人教育のたぐいは一切民間で」というわけにもいかないだろう。社会の諸活動を円滑にするような知識や技能であるが、その効果が個人の利益に限定されないというものがある。その利益に他人がただ乗りしやすいならば、そのような知識や技能を、個人が十分な額のお金を払って獲得しようとする動機は減少する。結果として、そうした知識や技能は社会で必要とされる水準よりも低いものになる。いわゆる正の外部効果論である。そのような知識と技能を修得する機会は、公的に提供されることが望ましい。

 とはいえ、それがどのような知識であり技能なのか、また公的に提供される学習機会が現在の社会教育行政の枠に収まるかどうか、これらについては議論の余地がある。しかし、1990年代、議論はそのような方向に進まず、社会教育への税金の投入は残したまま、「公務員による価値判断を避ける」という方向に向った──公共図書館を通してみた話だが。そのツケはまだ残っているように思う。
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興味深いテーマを、精神分析でデコレーション

2008-10-27 15:31:40 | 読書ノート
斎藤環『母は娘の人生を支配する:なぜ「母殺し」は難しいのか』NHKブックス, NHK出版, 2008.

 成人した娘が反発しながらも母親の言いなりになり続けるという現象について扱った書籍。この著者の著作は個人的に初めてだったが、ある事情で興味の湧いたテーマなので手にとってみた。

 人によってはこのテーマが切実な問題であるのはわかる。なので、そういう人には「この問題を取り上げた」重要な作品となるだろう点は評価できる。ただし、現象が発生するメカニズムについての説明はかなり疑問だった。

 第一に、精神分析の枠組みを使っている。現在の科学界で、この理論を科学に値すると思う者は多くいるのだろうか? 結果、ジャーゴンだらけの説得力の無い分析になってしまっているように見える。吉本隆明による「対幻想」概念も精神医学界で受け入れられているのか? 素人なのでよくわからない。

 第二に、期待したより臨床事例が少ない。事例は少女漫画に頼りがちである。ここから、このテーマはそんなに広がりが無いか、または医者に診てもらうほど深刻でない、という印象がもたらされる。

 第三に、重要である(と思われる)概念を説明せず、「ほのめかし」──“この本では深く立ち入ることはできないが”式の──の多様で済ませていて、読んでいてフラストレーションがたまる。ただ、「性差は社会的に構成される」というジェンダー論に依拠していることが記述から明らかなので、話を展開しても結局「男社会が悪い」式の紋切り型に落ちつくだろうことが予想されるのだが。

 著者は生物学による説明を好まないようだ。しかし、性差が明確に現れる領域(だと著者が認める)ならば、生物学的な理論も踏まえておくことは、必要な科学的手続きだと思われる。やおい文化のような女性特有の文化についても生物学にもとづいた分析がある1)。親が子の配偶行動をコントロールしようとする話は別に近代特有ってわけでもないだろうから、そこからのアプローチが大枠として避けられないだろう。順序として、精神分析はその後でいい。

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1) キャスリン・サーモン『女だけが楽しむ「ポルノ」の秘密:進化論の現在』新潮社, 2004.


 
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アイヒャーの好み

2008-10-17 08:54:18 | 音盤ノート
Steve Kuhn and Ecstacy "Motility" ECM, 1977

 昨日のエントリと同じく、Steve Kuhnの""Life's Backward Glances"収録作品に対するコメント。"Playground"と同様にレコードに基づいて記述する。

 編成は、SaxとFluteをこなすSteve Slagleを加えたカルテット編成。レパートリーとなった、"The Rain Forest"と"Oceans in the Sky "が初録音されたアルバムである。このドラマチックな二曲は盛り上がるが、あとは淡々とすすみ、タイトル曲で琴線に触れる瞬間が再び訪れる。全体としてSlagleのソロもKuhnのソロもほとんど印象に残らない。

 という内容で、ファンならともかく万人に薦められる内容ではない。ただ、同じ編成の"Non-Fiction"よりは「聴かせる」。というかECMらしい冷たく乾いた演奏となっている。

 "Non-Fiction"は単に出来が悪く、"Last Year's Waltz"は激しい演奏──といってもこの時代のKuhnの録音に比べての話──が展開されているが、それらを外した今回収録の三枚は、ECMの総帥Manfred Eicherの好みが分かるチョイスである。
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抱き合わせでやっとCD化される良作品

2008-10-16 13:26:24 | 音盤ノート
Steve Kuhn / Sheila Jordan Band "Playground" ECM, 1979

 今年秋に"Life's Backward Glances: Solo & Quartets"(ECM)なる三枚組ボックスセットが発売されるらしい。ただ、Kuhnの1974-82年までの6枚のECM録音のうち、3枚だけボックスにしてCD化というのはなんとも中途半端だ。"Last Year's Waltz"と"Non-Fiction"も即刻CD化を望みたい。(あと一枚の"Trance"は既にCD化されている)。

 このボックスセットに収録の"Playground" は初CD化作品である。まだCDは聴いていないので、レコード盤に基づいたコメントを記したい。

 これは1979年の録音で、次作の"Last Year's Waltz"(1981)と同様に、ピアノトリオにボーカルがのる四人編成である。ライブ録音の"Last Year's Waltz"は、ECMを離れて以降のスタンダード中心の活動を予感させる、かなりエネルギッシュな演奏だった。この"Playground" は、それとは雰囲気が異なり、静謐で耽美的な作品である。

 ジャズとはいうものの、この作品においてはスイング感が皆無。豪華な和音で装飾されているが、熱気は欠けている。ソロ部分も、とてもアドリブとは思えない練られたメロディで聴く者に迫る。Jordanのボーカルは余計だが、これが無ければ遅れがちのピアノがだらだら続く、緊張感を欠いた作品になっただろうとも思わせる。

 おそらく、"Remembering Tomorrow"(ECM,1995)が気に入った層にはストライクゾーンど真ん中の演奏だろう。Venus盤の愛好家にはダルいかもしれない。ちなみに、僕は前者の方だ。
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最近の運動会のBGM

2008-10-15 08:35:27 | チラシの裏
 日曜に、娘が通う保育園の運動会へ行った。運動会の競技中にかかるBGMが、ブリトニー・スピアーズ、スティーヴィー・ワンダー、ミスター・チルドレン、ゆずなど。バンド名はわからなかったが、競走時のBGMはこてこてのパンクだった。これらは単なる担当者の趣味なのか? それとも親御さんの世代を狙った周到なマーケティングの結果なのか? あるいは全国的に運動会の定番BGMが滅びてしまったのだろうか? 保育園らしからぬと思った僕は古いのか? よくわからないことだらけだ。
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新居での生活

2008-10-14 17:02:09 | チラシの裏
 先週も山のような仕事で疲労している。だが、引越しの荷解きは終わったので、家に帰ればぼちぼち自分の時間が採れそうだ。新居でテレビを繋げたが、山あいにあるせいか地上波が映らない。プロバイダーと契約していないので、インターネットも繋がらない。ラジオも持っていない。そういうわけで本を読むだけだが。
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電子レンジから「休め」のメッセージ

2008-10-03 10:23:10 | チラシの裏
先週から今週にかけて、土日とも休日出勤で、家に帰ったら引越し後の荷物整理。疲労してます。昨日、冷凍したご飯を温めようと電子レンジを空けたら、中から別のご飯がでてきた。一日前は外食だったし、二日前は新たに米を炊いたから、三日前のもののようだ。たぶん、夕食にしようと温めておきながら、食べるのを忘れてしまったのだろう。覚えていない。こりゃかなり疲れてるよ。
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