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図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

ドリーミーなタイトルの曲がならぶ優雅で美麗な現代音楽

2021-04-17 10:07:28 | 音盤ノート
Takashi Yoshimatsu "Yoshimatsu: Piano Concerto "Memo Flora"" Chandos, 1998.

  クラシック。NHKの大河ドラマ「平清盛」のサントラで知られるようになった、現代音楽作曲家の吉松隆の作品集である。ピアノ協奏曲 ‘メモフローラ‘以下、‘鳥は静かに (And Birds Are Still …)‘ ‘天使はまどろみながら… (While an Angel Falls into a Doze...)‘ ‘夢色モビ ールⅡ(Dream Colored Mobile II)‘ ‘3つの白い風景 (White Landscapes)‘というタイトルが付けられた、オーケストラによるゆったりしたテンポの曲が多く収録されている。このアルバムは英国クラシックレーベルのChandosからで、オケはManchester Camerata、レコーディングも英マンチェスターである。日本人演奏者も参加しており、指揮者は藤岡幸夫、ピアノは田部京子となっている。日本盤はない。

  で、今さらなぜ1998年のこの録音なのかというと、最近見たYouTubeチャンネルで収録曲の‘メモフローラ‘の第一楽章終盤が紹介されていたからである。オーストラリアのTwo Set Violinというデュオによる、2020年の”5 Contemporary Composers You Should Definitely Check Out”という動画である(下記リンク参照)。そこでは「アニメのサントラっぽい」という紹介のされ方がなされており(動画ではジブリに言及している)、見ている人は久石譲に近いタイプだろうと思ったはずだ。確かにミニマルミュージックを通過した叙情性という点は共通しているけれども、久石のほうがずっと素朴で抑制が効いている。一方、吉松のほうは豪華絢爛で情動全開である。上に記した曲名からも「この乙女チックな趣味はいったいなんなんだ」と感じるだろう。そういったべたべた甘々でやりすぎなところこそが彼を抜きんでたものにしている。

  このアルバム、個々の収録曲は優雅で美しいのだけれども、CDで通して聴くと大人しめの曲ばかりでメリハリがあまりなく、少々退屈に感じなくもない。一方で、交響曲など他のオーケストラ曲で見せる過剰さや暴力性(タルカス編曲版含む)は控えめなので、通して聴きやすいとも言える(メリハリがある曲は音量が気になるんだよね)。なお、収録曲はすべてストリーミングで聴くことができる。個人的には、こぼれ落ちるような悲しみをベタに聴かせる弦楽アダージョ‘鳥は静かに‘ がいいかな。

  ちなみに下のTwo Set Violinが紹介した他の四人の作曲家は、アルヴォ・ペルト、マイケル・ナイマン、デビッド・ラング、マックス・リヒターだった。ペルトとナイマンは1980年代にはすでに注目されていたので今さら感があるのだが、若い演奏家にはあまり聴かれてこなかったということなんだろうか。デビッド・ラングについても、1990年代から評論家受けはしていたというイメージがある(最近では久石譲が日本に紹介している)が、得意の変拍子がとっつきにくいのか、大衆受けはしていない。というわけで、マックス・リヒターだけが初めて知る作曲家だった。


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精神疾患の家系に生まれた著者による、遺伝研究の問題含みの歴史

2021-04-13 20:12:12 | 読書ノート
シッダールタ・ムカジー『遺伝子:親密なる人類史』(ハヤカワ文庫NF) 仲野徹監修, 田中文訳, 早川書房, 2020.

  遺伝子研究の歴史をまとめた一般向けの書籍。邦訳は上下二巻本である。著者は著作『がん』で知られるインド系の米国人医師である。本書は、ところどころに著者の父方のおじ二人の統合失調症や双極性障害のエピソードを挟み込んでおり、遺伝的な精神疾患に対する著者自身の恐れが著述を駆動させているようだ。原著はThe gene: an intimate history (Scribner, 2016.)で、最初の邦訳は2018年に早川書房から。この文庫版は、新たに文庫版解説を加えたものである。

  全体は6部構成でできている。まずはメンデルの発見とダーウィンの理論ではじまる。しかし、遺伝をめぐる議論はその後、優生学という悲劇的な社会政策に帰結してしまう。20世紀前半においては、ナチスのそれが最悪だったというだけでなく、米国でも同様の潮流があって障害者に断種手術が行われてきたという。このように、遺伝のメカニズムの解明という輝かしさと、遺伝研究を性急に応用することへの不安や実際にあった失敗、この二つのモチーフでストーリーが進んでゆく。DNAの二重らせん構造発見の駆け引きがスリリングに描かれ、遺伝子の操作が徐々に可能になってゆくことが記される一方で、人間への応用研究が自主規制されてゆく動きも強調される、というように。

  上巻は、ところどころ聞いたことがあるような生物学上の話を一本の糸に紡いで見せたという印象である。下巻は、遺伝が関連するさまざまな病、同性愛、人種論、エピジェネティクス、IPS細胞、ゲノム編集など、関連してはいるもののまとまりのないトピックを、ひとつの器にてんこ盛りにしたという印象である。遺伝のメカニズムについては専門用語で簡単に解説したのちに大胆な比喩でパラフレーズするという説明スタイルを取っている。なんとなくわかった気になって読み進めしまうのだが、おそらく読者は正しいメカニズムを理解できていないだろう。この点はマイナスポイントではなくて、著者の技量の高さとして評価したい。

  あくまで研究史が主という記述である。遺伝と社会の関係をめぐる考察は一見重要そうに語られているが、異論をわざわざ取り上げての取り組みではなく、今後の議論に含みを持たせた通り一辺倒の言及である。研究史のほうは充実しているので、読者としてはそれでよいと思える。なお、文庫版解説にはコロナ禍で開発されたmRNAワクチンへの説明もあってためになる。
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高速インターネット回線がもたらしたエロ動画中毒の症状と克服

2021-04-09 07:00:00 | 読書ノート
ゲーリー・ウィルソン『インターネットポルノ中毒:やめられない脳と中毒の科学』山形浩生訳, DU BOOKS, 2021.

  ポルノ中毒の害と克服法を教えるまじめな心理学書籍。男性向けである。著者の経歴はよくわからない。研究者ではないようで、science teacherとのことである。サイエンスライターの奥さんと yourbrainonporn.com なるサイトを運営したことが事のはじまりで、そこに集まった読者の書き込みを大量に転載している。原書はYour Brain on Porn (Commonwealth, 2014)で、邦訳のもととなった第二版は2018年に発行されている。そのサイトにあるRマークから"Your Brain on Porn"が商標登録されていることがわかり、かつサイトのしっかりとした日本語版1)もある。これらからは、著者に商売っ気も感じる。訳者解説はない。

  その主張は単純だ。ネットのエロ動画をザッピング視聴することは精神衛生上よくない、というものだ。それは生身の女性に対する性欲を減退させる。酷い場合はEDをもたらす。神経系統からみれば、ネットポルノ中毒はヤク中やアル中と同じ状態である。それは人生に対する自信を失わせ、うつ状態に導いてゆく。特に思春期にネットのエロ動画を見続けることは危険で、さらなる刺激を求めてアブノーマルな性癖に向かうことになる。ただし、中毒者とされるポイントは、性癖のアブノーマルさではなくて、嗜癖がマイルドなものであれ何であれ、満足を感じられないままエロ動画をザッピングし続けるところにある。

  ポルノ中毒は今世紀に普及した高速インターネット回線なしにはありえなかったという。こそこそとエロVHSをビデオレンタルすることで満足していた世代(僕だ)や、ポルノ動画へのアクセスが限られていたもっと以前の世代は、思春期に大量のエロ動画にさらされた今の若年層より中毒度が低いとのことである。推奨される解決策も簡単である。ネットポルノの鑑賞を止めてオナ禁をすればよい。回復に必要な日数は中毒の程度によって異なり、数日から数か月程度である。禁断症状がなくなれば、日常生活において活力が戻り、生身の女性に対して勃起できるようになるという。

  以上のような議論を、研究論文のレビューと、運営サイトからの書き込み情報から裏付けようとしている。ただし、中毒症状に関する議論は手堅い一方で、ポルノ絶ちとオナ禁が効果的だという証拠は「回復者の報告のみ」でかなり弱い。まあ、その方法のコストが高いわけでもなく、ちゃんとした比較対照実験ができる領域でもないだろう。ということで暫定的に信用してもいいのかもしれない。

  問題はむしろ、女性とセックスする機会が無いという男性もまた、その中毒を克服したほうがいいのか、ということだ。生身の女性への性欲を抱えた非モテを誕生させることになるのだが、非モテ本人にとっても性欲を向けられた女性にとっても負担であるように思える。もちろん、中毒者とは一線を画す、節度を持って行われる健常者のマスターベーションというのがあるとは思うものの…。倫理とも宗教とも無関係なポルノ排除論は目新しく、評価されるべきだろう。

1) yourbrainonporn.com 日本語版 https://www.yourbrainonporn.com/ja/
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考古学的発見によって補う中国古代史

2021-04-05 08:46:01 | 読書ノート
佐藤信弥『戦争の中国古代史』(講談社現代新書), 講談社, 2021.

  神話の時代から殷、周、春秋戦国、秦、漢の武帝までの古代中国史。著者の専門は殷周時代とのことで、『周:理想化された古代王朝』(中公新書, 2016)、『中国古代史研究の最前線』(星海社新書, 2018)の二つの新書がすでにある。

  統一国家としての中国がどう形成されてきたかを探るのがテーマである。文献資料だけでなく、考古学的な発見も加えて過去を推論してゆく。例えば、発掘資料から、殷の時代には王妃も戦闘要員だったとか、馬にはまだ騎上していなかったなどの議論が展開されている。ただし、このようなトピックは掲げたテーマに比して細かすぎるという気もする。

  春秋時代以降はテーマに沿ったものになる。秦が成立して国土を統一した直後でも、まだ斉と楚といった地方レベルでの「国」意識が強かった。統一国家の仕組みを導入した秦が短期に崩壊したので、当初の漢は各地方に王がいるという群雄割拠状態を認める。武帝の時代になって、地方の豪族を排除し、匈奴を弱体化させることに成功して、ようやく統一中国が安定したものとなったと著者はみる。

  以上。登場人物の解説は大雑把である一方、詳しすぎる部分もある。詳しいところは中国古代史研究の到達点として紹介しておきたかったということなのだろう。とはいえ、ストーリーがあって最後まで読ませるものにはなっている。想像を控えめにした堅実な中国古代史だろう。
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エフェクトをかけたギターの音が遠くでかすかに鳴ってます

2021-04-01 07:00:00 | 音盤ノート
Jakob Bro "Uma Elmo" ECM, 2021.

  コンテンポラリー・ジャズ。デンマークのギタリスト、ヤコブ・ブロによるECM録音五作目(参考)。トランペットと打楽器とのトリオ編成で、Jorge Rossyはブラッド・メルドーとの共演で知られるスペイン人ドラマー、Arve Henriksenは尺八のような音を出すことで知られるノルウェーのトランペット奏者である(本作では普通にトランペットの音を出している)。最近のECMは、LPでの頒布を念頭においた40分前後の録音時間の作品が多かったが、本作は一時間を超える長さとなっている。

  曲はすべてブロ作。音はレーベルとメンツを見ただけで予想できる。暗く、枯れていて、哀愁に満ちた音楽である。楽曲自体は悪くなく、期待通りと言えるのだが...。リーダーのブロに自己顕示欲が欠けるのか、それともレーベルの方針なのか知らないが、ギターの音が遠くて小さい。後ろにまわって空気感を作るタイプのギタリストとはいえ、トランペットが目立ちすぎていて、録音バランスは悪い。"Streams" (ECM, 2016)でもギターの音がかなり小さめだったし、このミキシング方針には不満が残る。そもそも音数の少ないギター演奏なのだから、そのわずかな一音一音が際立つような録り方をしてほしいところだ。

  というわけで、本人がyoutubeにあげているアグレッシブなライブ演奏と比べると、少々不満が残る。ブロが本来持っているサイケデリック感や、エフェクター処理の面白さを殺してしまっている。ECMは信用あるレーベルなんだけれども、ミュージシャンを無理にレーベルカラーにはめてしまうところがあって、この作品がそうである。まあ、考え方を変えて、アルヴェ・ヘンリクセンのアルバムとして聴くならば悪くないかもしれない。
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自殺についての科学的考察だが、かなりの部分はエッセイ

2021-03-28 07:00:00 | 読書ノート
ジェシー・ベリング『ヒトはなぜ自殺するのか:死に向かう心の科学』鈴木光太郎訳, 化学同人, 2021.

  自殺をめぐる考察。いちおうポピュラーサイエンス本ではあるものの、このテーマの最新研究成果を通覧して一本のストーリーにまとめたというには内容が薄い。かなりの記述が著者の体験記と取材に基づいていて、エッセイ的である。著者は肩書としては認知心理学者であるが、実験系ではなく思弁的なタイプのようだ。原書はSuicidal: why we kill ourselves (University of Chicago Press, 2018)である。

  前半1/3ぐらいは「自殺は進化における適応の帰結か、進化の副産物でありバグにすぎないのか」という問いに取り組んでいる。それぞれを支持する現象も、否定する現象もある。明確にどっちと判定されないものの、ここまでは面白かった。中盤は、自殺に至るには六つのステップがあるという説を紹介して、自殺者の遺書を例示してその妥当性を示そうとする。だが、ステップの分け方は粗削りかつまだ検討の余地ありという印象で、遺書の分析も冗長に感じた。後半1/3は、自殺に対する社会の反応や見方で、文化論となっている。これらについて解説される間、著者自身の鬱経験や、近親者が自殺した「残された家族」への取材が入ってくる。心を揺さぶられるところはあるものの、自殺を科学的に理解するという目的からは脱線している。

  以上。全体してはエッセイ部分を削って、もっと新しい科学的情報がほしい、という印象だ。自殺の研究に興味があるならば、少々古いものの、本書でもよく引用されているジャミソンの『早すぎる夜の訪れ』(新潮文庫版では『生きるための自殺学』)のほうがいいと思う。というか、ジャミソン著の悪い部分に影響を受けすぎて上のような書き方になってしまったということなんだろう。
  
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脳の可能性と限界を見極めたうえでの学習論

2021-03-24 07:00:00 | 読書ノート
スタニスラス・ドゥアンヌ『脳はこうして学ぶ:学習の神経科学と教育の未来』松浦俊輔訳, 中村 仁洋解説, 森北出版, 2021.

  学習は、いったい脳のどのような構造を基盤としているか、およびどのような脳内プロセスで実現されているかについて論じた一般書籍。著者は『意識と脳』(紀伊國屋書店, 2015)などの邦訳のあるフランスの脳神経学者。本書のオリジナルはフランス語で書かれているが、邦訳は英語版How we learn: why brains learn better than any machine . . . for now (Viking, 2020)からである。教育関係者には超おすすめの本だ。

  脳の可塑性は強調されがちだが、数を扱う脳領域や文字を扱う領域は誰でも一緒であり、構造的に決まっている。一部機能が失われ場合に新たな領域が使われることがあると言われるものの、その移転の仕方には法則性がある。また、知られていることだが、学習効率が高まる年齢期は限られている(感受期および臨界期など)。適切な時期に適切なインプットを得られなければ、その後で学習によって多少改善することはあるものの、適切な時期に学んだ人物と同程度には到達しない。すなわち、脳には生得的な制約があり、楽天的に考えすぎてはいけないという。

  とはいえ学習に都合のよい脳構造もある。そもそも何を学習すべきか、誰の言うことを信用すべきか、個別具体例から適切に推論する能力、間違いを修正する能力などの基盤は、あらかじめ備わっている。事前にプログラムされているため、AIによる機械学習より脳はずっと効率的に学ぶことができるようになっている。加えて、生まれつきの基盤があるにしても、学習によってより高いレベルの概念獲得や理解ができるポテンシャルを脳は備えている。一方で失うものもあって、文字を覚えると同じ脳領域を使用していた顔認識機能が追い出されてしまい、顔を見分ける能力が弱まるそうだ。

  「学習者自らの興味関心に従って課題を発見し、新しい概念を身に着ける」という意味での発見学習や構成主義は明確に否定されている。最終的に正解が指示されないトライアンドエラーによって、子どもがなにか適切な概念を身に着ける可能性は低いという。子どもは大人を適切に模倣するようにできているので、大人による説明や例示は学習において効率的である。大人や先生の役割は、子どもが学ぶうえで非常に重要なのだ。ただし、大人がアホなことをすると子どももマネしてしまうので、批判的思考も育んでおくことも必要だとのこと。

   続いて、学習者向けのアドバイスである。「人によって適切な学習スタイルがある」というのはウソ、マルチタスクは効率が悪い、時間を置いた学習やエラーチェックのための頻繁なテストは効果的、ちゃんと睡眠をとれ、ということだ。『使える脳の鍛え方』や『教育効果を可視化する学習科学』とそう変わらない。本書のポイントは、なぜそうなのかについての理論的説明を展開しているところだろう。

   最後の章は、学習者ではなく先生や教育行政関係者に向けた提言もある。13ヶ条があるが、学習のための環境を整え、子どもの意欲を引き出すコミュニケーションをとれ、というものだ。学習に適した年齢についても強調されている。一昨年、フランスの義務教育開始年齢が3歳に変更されたというニュースを読んだ1)。仏政府のこの決断には、コレージュ・ド・フランスの教授という著者の影響があったということはないのだろうか。

1) Asahi Shinbun Globe + (2019.9.7)「義務教育のスタートを早めたフランス 3歳から全員に同じ教育を」
  https://globe.asahi.com/article/12688515



  
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我々は「人は騙されやすい」という言説に騙されている

2021-03-20 07:00:00 | 読書ノート
ヒューゴ・メルシエ『人は簡単には騙されない:嘘と信用の認知科学』高橋洋訳, 青土社, 2021.

  認知科学。著者は、『表象は感染する』(新曜社, 2001)のダン・スペルベルの弟子筋の研究者である。フランス人だが、原書は英語のNot born yesterday: the science of who we trust and what we believe (Princeton University Press, 2020)である。

  人は騙されやすいという流布した説とは異なって、著者はむしろ騙されにくいと主張する。サブリミナルは効かない。大半の詐欺行為は失敗している。その理由は、有益なメッセージを進んで受け入れると同時に有害なメッセージを拒否するという「開かれた警戒メカニズム」が進化によって人間に備わっているからだ。その開放性は、他の動物と比べて、多様で変化する環境に適応する能力を人間に授ける(本書では特に雑食動物であることからくるリスク対処が挙げられている)。同時にまた、行動が致命的な失敗とならないよう、自分の周囲の現実レベルを基準とした妥当性のチェックや、推論によってチェックする警戒メカニズムも作動する。

  ではなぜ、人は騙されやすいように見えるのか。その理由は次のようなものだ。嘘と関わる認知面での信念体系には二種類あって「直観的」信念と「反省的」信念とがあるという。前者は身の回りの世界で、後者は身近でない世界、すなわちテレビニュースや本の内容、ぐらいに考えればいい。開かれた警戒メカニズムは前者に関連する嘘に対してはよく機能するという。が、後者は生存に関係ないので十分にメカニズムが作用しない。それを保持していても現実からしっぺ返しを受けるわけではない。また、ケースによっては信じていないのにデマを受け入れるということもある(思いつく例だと、戦前の日本人が「天皇は現人神である」という言説を受け容れていたように)。成功しているデマは必ずしも信じられているわけではなく、別の事情で反論されない(例えば反論すると迫害されるとか、あるいはどうでもいいと思われている)だけだという。

  「そうだとしてもフェイクニュースに騙されて迷惑な行動する奴はいるじゃん」という疑問に対しては、「彼らはそもそも迷惑な行動をする動機が先行してあって、都合のよい情報を受け容れているだけ」だという。また、詐欺師がよく使う手は、とうていありえそうにない設定で網をかけて、引っかかった人間(すなわちトンデモ話に対しても警戒メカニズムが作動しない人間)をターゲットにして、後で集中的に搾取するというものだという(クヒオ大佐とかか?)。ただし、騙されやすさは必ずしも頭の悪さに対応するわけではなく、トンデモ学説を信じるインテリもいる。結局、警戒メカニズムは生得的に備わっているものの、ある情報を信用するかどうかの識別力は結局トライアンドエラーによって高めてゆくしかないとも指摘されている。

  以上。ベースとなる部分は納得するものの、個人の経験がもたらす違い(つまり、警戒メカニズムがありながらなぜ騙される人間がいるのか)についての説明はあまりない。さらなる検証待ちなのだろう。ただし、不十分な論点があるというだけであって、全体の論理展開はそれなりにまとまっている。説明のために挙げられている例もなかなか面白い。個人的には、「ちょっとした表現の変更で受け手の行動を変えられる」という慣れ親しんた選択アーキテクチャ論の認識と距離があるため、十分咀嚼できていない。著者には行動経済学と対決してほしいと思う。
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世を支配するランキングとどう付き合っていくべきかについて考える

2021-03-16 08:26:34 | 読書ノート
ペーテル・エールディ『ランキング:私たちはなぜ順位が気になるのか?』高見典和訳, 日本評論社, 2020.

  ランキングについて考察する一般向け書籍。著者は1946年生まれのハンガリーの科学者で、複雑系やコンピュータ神経科学を専門としている。2000年代からは米国の教養大学でも教えているとのことで、ハンガリーと米国を行ったり来たりしているようだ。原書は、Ranking: the unwritten rules of the social game we all play (Oxford University Press, 2019.)である。

  最初の章で「ランキングは客観的なものではない」と釘をさされる。ならばなぜランキングが気になるのか。その答えは、それが秩序を生み出すからだというものだ。にわとりのpecking orderの例が挙げられ、階層を作ることで群れの中での競争を小さく抑えることができるという。そうすると、人間社会においてはどのようなランキングが有益となるか。かつては力の強さが重要だったが、民主主義社会はそうではない。客観的に測ることのできるメリトクラティックな指標、しかも複数のものを組み合わせることが望ましい。けれども「指標の選択」と「複数の指標間の重みづけ」のところで主観的な要素が入る。また、能力や業績を比較できるような指標とするという事態にもバイアスがある。どうしても曖昧な部分は残り、そこを突いた戦略的な対応や人為的な操作が可能となってしまう。

  というので、後半の章で、信用スコア、国別の幸福度とか自由度とかのランキング、大学ランキング、科学者の評価、レコメンド、芸術界の評判メカニズムなどについて検討される。最終的に、ランキングはある程度は気にしたほうがよく、その位置を改善するための努力をしたほうがよいと著者はいう。アートの世界を分析した章では「8割の時間をマーケティングに使い、残りの2割を芸術家本来の活動に用いる」とのアドバイスがある。ランキングには問題があるが、役に立つところもある。それを捨てるわけにはいかないなら、うまく付き合っていくしかないでしょ、というスタンスである。

  以上。個別のトピックについてはあまり深掘りされていない。個人的には、取り上げた個々のランキングが使う数値指標を検討して、どのあたりに主観的な要素が入り込む余地があるのかを示してほしい、と思った。あと、さんざんランキングが信用できないという話をしておいて、上に記したスタンスで結論をまとめるのはどうかとも思う。まあ、枝葉末葉の話題を避けて、広い領域にわたるトピックをコンパクトにまとめたという評価もできなくもない。ランキング重視についての戒めの書であって、ランキングのメカニズムに詳しくなれるという本ではない、このことを心得て読むならば有益だろう。
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すでに既知なことも多い暗黒スウェーデン論、逆にその宣伝のうまさを学べ

2021-03-12 07:00:00 | 読書ノート
近藤浩一『スウェーデン 福祉大国の深層:金持ち支配の影と真実』水曜社, 2021.

  スウェーデン滞在者による内情報告。著者はエリクソン社の社員だそうで、タイトルと帯が匂わせるようにスウェーデンの否定的な面を伝える内容となっている。著者も含めて現地在住日本人には「スウェーデンは理想郷のように語られがち」という認識があるみたいだが、最近はだんだんその肯定的なイメージは薄れてきてはいる気はする。日本語のニュースを読むとスウェーデンは治安が悪化していることが伝えられているし、英語圏のニュースでも新型コロナへの対応はかなり悪く書かれていた。「図書館職員に対する暴力の増加」という報道もある1)

  というわけで、すでに知ってたという話がけっこう多い。武器輸出大国だとか、公的医療の供給をかなり絞っているとか、レイオフが頻繁だとか、移民が多いとか、暴力事件が多発しているとか。もちろん、はじめて知った話もある。潤沢な資金援助のある先端領域を除けば、教育や医療のレベルは日本ほど高くはないらしい。一般大衆はあまりいいサービスを受けられていないとのことだ。あと、平等というイメージとは裏腹に、国の資産(主に企業の株式)を握る家系というのが15家ほどあって、国内経済を支配しているとのこと。格差社会である。一方で、書かれていないこともあって、労働市場における男女の分断(公的セクターに女性の雇用が偏っていること)といった、国規模での性別役割分業については詳しくない。とはいえ、かの国が肯定的に語られやすいのは確かだろう。それは、環境保護や女性の地位向上の面でのちょっとした試みを、さも大きな前進かのように見せかけることには長けているからだという。

  以上。本書で否定的に評価されたところ──医療面での公的支出の抑制とか、レイオフが容易だとか──は、必ずしも悪とは言い切れない面もあって、その辺の分析がほしいと思った。むしろ、対外イメージ戦略の成功を考えると、逆に日本もこれくらい宣伝をうまくやれよという気持ちになる。ただ、治安の悪化は看過できない失敗だろう。報道されているほど深刻ではないという人もいるようだが、かつてと比べて悪くなっていることは確かなようだ。

1) Librarian alarm : Violence and social unrest increase - drug trafficking is open / Teller Report
https://www.tellerreport.com/life/2019-09-24---librarian-alarm--violence-and-social-unrest-increase---drug-trafficking-is-open-.SyLCTMDvr.html
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