4月11日付けで、出版関連団体が提供している「出版社―小売書店」間で結ぶ契約書のひな型から、官公庁に対する割引販売を認める文言を削除したというニュースがあった1。公立図書館では納入業者を決める際に競争入札を行うことが多いが、その際に争点となるのが割引率である。すなわち図書館は定価で書籍を購入しておらず、数パーセント引いた価格で購入している。契約書の文言削除はこのような割引販売を認めることを止めるという話である。その影響について以下で考えてみたい。なお、教科書や参考書を大量に購入する学校にも影響があると予想されるが、ここでは触れない。
結論を先に述べると、定価購入は納入業者となる小売書店にはメリットがあるが、取次会社や出版社にとっては(図書館購入分に限れば)マイナスとなる可能性が高い、ということになる。なぜか。
一冊の書籍の利益分配は再販の慣行によって決まっている。定価に対しておよそ7割が出版社に、1割が取次会社に、2割が小売書店に分配される。ならば「官公庁への割引販売」によってどこの利益が削られることになるかというと、それは納入業者となる小売書店である。2000円の本を5%引きで図書館に売ったとき、出版社と取次会社の利益の割り当てが変わらない一方、小売書店は定価販売ならば400円得られたところを割引のため300円得るだけとなる。それでも、納入業者にとって図書館は年間数千~百万円の取引が見込める大口顧客であり、割引価格でも引き合うと考えられてきた。しかし、肝心の店頭での書籍販売の利益が縮小しているため、そうではなくなってきたというのが近年の状況である。(なお装備や図書館流通センター絡みの話も重要なのだが、ややこしくなるので今回は触れないでおく)。
これが定価での納入となれば、納入業者の利益率が改善されることは明らかである。年間1000万円の納入契約で5%引きが条件とならば、150万円が書店に入るだけである。これが定価となれば200万円である。しかし割引が無くなれば、図書館が購入できる点数は減る。そこで次に問題となるのが、図書館の資料費も増額されるのか、である。昨今の自治体の財政状況を踏まえれば、図書館側が資料費の増額によって定価購入に対応するという可能性は低く、資料費の額を維持したまま購入点数の縮小を受け容れるというシナリオとなることが予想される。購入点数が減るとどうなるか。取次会社と出版社の取り分が減ることになる。
簡単な計算をしてみよう。5%割引の場合、1000万円の納入契約によって定価2000円の本を一点1900円で約5263冊購入できる。全出版社の合計の利益は5263冊×定価2000円×70%なので736.8万円となる。だが、資料費が1000万円のまま定価購入となるならば、5000冊×定価2000円×70%=700万円となり、出版社の利益は5%割引の時より約36.8万円の減少となる。同様に、図書館の購入点数が減れば取次会社の収入も減ることになる。
では、取次と出版社は損するだけなのか、というとそうとも断言できない。これは減った資料点数の枠内で図書館が何を購入し続けるかに依存する。本には二種類ある。小売書店での売上が重要となる本(かつ図書館で提供されると売上の伸びが抑制されるような本)と、図書館が買い支えているような本(小売書店での店頭で見ることがまれであるような本)である。前者は図書館に数点買われるよりも店頭で多く売れることが望ましい。もし定価販売となっても、図書館が前者の購入点数を抑制しかつ後者の購入を継続するならば、後者を扱う出版社へのダメージはほとんどなく、さらに前者を扱う出版社は増収が見込めるかもしれない。一方で、図書館が前者の購入点数を維持しかつ後者の購入を控えるならば、前者を扱う出版社は売上を伸ばすことができず、また後者を扱う出版社は減収となる。このように、図書館への定価販売の影響は出版社によって変わってくると予想される。
ただし、契約書の文言の変更の影響がどの程度となるのかについては別に議論すべきことだろう。出版ジャーナリストの飯田一史は、再販契約は民間契約に過ぎず、官公庁や自治体が定価納入に応じるとは限らないと見ている2。また、われらが焼肉図書館研究会の2016年の調査でも、装備込み定価購入を除けば、割引を受けている図書館は1/3館ほどにすぎなかった3。残りの2/3の図書館はすでに定価で購入しているのである。割引館ほど都会にあって規模が大きく、定価購入館の設置自治体は小規模であった。したがって、もし図書館の定価購入が普及しても、都市の大規模図書館の蔵書数が減少する一方で、地方の図書館の蔵書はあまり変わらないと予想できる。また、小売書店の利益率が改善されるとしても、一息つけるという程度であって、起死回生の策だというわけではないだろう。業界関係者もそんなことはわかっていると思うが。
1) 新文化(2025.4.10)「再販契約書ひな型、第六条2項「官公庁等の入札に応じて〜」を削除へ」
2) 飯田一史(2025.4.11)「出版業界団体は再販の意味をまったく理解していない(かもしれない)」 yahoo.co.jp
3) 安形輝researchmap (2016) 「公立図書館における図書購入の実態」 第64回日本図書館情報学会研究大会.
結論を先に述べると、定価購入は納入業者となる小売書店にはメリットがあるが、取次会社や出版社にとっては(図書館購入分に限れば)マイナスとなる可能性が高い、ということになる。なぜか。
一冊の書籍の利益分配は再販の慣行によって決まっている。定価に対しておよそ7割が出版社に、1割が取次会社に、2割が小売書店に分配される。ならば「官公庁への割引販売」によってどこの利益が削られることになるかというと、それは納入業者となる小売書店である。2000円の本を5%引きで図書館に売ったとき、出版社と取次会社の利益の割り当てが変わらない一方、小売書店は定価販売ならば400円得られたところを割引のため300円得るだけとなる。それでも、納入業者にとって図書館は年間数千~百万円の取引が見込める大口顧客であり、割引価格でも引き合うと考えられてきた。しかし、肝心の店頭での書籍販売の利益が縮小しているため、そうではなくなってきたというのが近年の状況である。(なお装備や図書館流通センター絡みの話も重要なのだが、ややこしくなるので今回は触れないでおく)。
これが定価での納入となれば、納入業者の利益率が改善されることは明らかである。年間1000万円の納入契約で5%引きが条件とならば、150万円が書店に入るだけである。これが定価となれば200万円である。しかし割引が無くなれば、図書館が購入できる点数は減る。そこで次に問題となるのが、図書館の資料費も増額されるのか、である。昨今の自治体の財政状況を踏まえれば、図書館側が資料費の増額によって定価購入に対応するという可能性は低く、資料費の額を維持したまま購入点数の縮小を受け容れるというシナリオとなることが予想される。購入点数が減るとどうなるか。取次会社と出版社の取り分が減ることになる。
簡単な計算をしてみよう。5%割引の場合、1000万円の納入契約によって定価2000円の本を一点1900円で約5263冊購入できる。全出版社の合計の利益は5263冊×定価2000円×70%なので736.8万円となる。だが、資料費が1000万円のまま定価購入となるならば、5000冊×定価2000円×70%=700万円となり、出版社の利益は5%割引の時より約36.8万円の減少となる。同様に、図書館の購入点数が減れば取次会社の収入も減ることになる。
では、取次と出版社は損するだけなのか、というとそうとも断言できない。これは減った資料点数の枠内で図書館が何を購入し続けるかに依存する。本には二種類ある。小売書店での売上が重要となる本(かつ図書館で提供されると売上の伸びが抑制されるような本)と、図書館が買い支えているような本(小売書店での店頭で見ることがまれであるような本)である。前者は図書館に数点買われるよりも店頭で多く売れることが望ましい。もし定価販売となっても、図書館が前者の購入点数を抑制しかつ後者の購入を継続するならば、後者を扱う出版社へのダメージはほとんどなく、さらに前者を扱う出版社は増収が見込めるかもしれない。一方で、図書館が前者の購入点数を維持しかつ後者の購入を控えるならば、前者を扱う出版社は売上を伸ばすことができず、また後者を扱う出版社は減収となる。このように、図書館への定価販売の影響は出版社によって変わってくると予想される。
ただし、契約書の文言の変更の影響がどの程度となるのかについては別に議論すべきことだろう。出版ジャーナリストの飯田一史は、再販契約は民間契約に過ぎず、官公庁や自治体が定価納入に応じるとは限らないと見ている2。また、われらが焼肉図書館研究会の2016年の調査でも、装備込み定価購入を除けば、割引を受けている図書館は1/3館ほどにすぎなかった3。残りの2/3の図書館はすでに定価で購入しているのである。割引館ほど都会にあって規模が大きく、定価購入館の設置自治体は小規模であった。したがって、もし図書館の定価購入が普及しても、都市の大規模図書館の蔵書数が減少する一方で、地方の図書館の蔵書はあまり変わらないと予想できる。また、小売書店の利益率が改善されるとしても、一息つけるという程度であって、起死回生の策だというわけではないだろう。業界関係者もそんなことはわかっていると思うが。
1) 新文化(2025.4.10)「再販契約書ひな型、第六条2項「官公庁等の入札に応じて〜」を削除へ」
2) 飯田一史(2025.4.11)「出版業界団体は再販の意味をまったく理解していない(かもしれない)」 yahoo.co.jp
3) 安形輝researchmap (2016) 「公立図書館における図書購入の実態」 第64回日本図書館情報学会研究大会.