ロバート・P. マージェス『知財の正義』山根崇邦, 前田健, 泉卓也訳, 勁草書房, 2017.
知的財産権を根拠づけ、今後の方針を示すという著作。インターネットの興隆以降、特許保護や著作権保護の主張は劣勢になってしまった。保護強化や権利行使の動きに対して呪詛が投げかけられる光景を目にすることも多い。こうした状勢に反して、著者はプロパテントとプロライツを呼びかける。すなわち、ローレンス・レッシグを批判し、権利強化を肯定するという珍しい立場を採っている。著者は米国の法学者で、原書はJustifying intellectual property (Harvard University Press, 2011)である。専門家向けではあるが、議論は平明であり難しくはない。翻訳が良いのだろう。
全体は三部構成で、第一部は理論編。現在主流の知財の基盤理論は、創造と利用を調整する功利主義である。これに対して著者は、労働が所有権をもたらすというロック(Lockeね)、所有とは自律・コントロールであるというカント、ただし所有権優先ながら最も恵まれない人の自由のために権利制限がありうるというロールズを並べて、義務論的な知的財産権像を描いてみせる。知的財産権は単なるインセンティヴではなくて、「労働の果実は労働者に」という倫理的直観こそ根拠となるべきというわけである。
第二部では、もう少し議論が具体的になり、知的財産権には非専有性、効率性、比例性、尊厳性の四つの原理があることを示している。非専有性とはパブリックドメインの保護、効率性とは理論レベルでは退けた功利主義原理、尊厳性は著作者人格権の話である。このうち、一つの作品・発明に貢献した複数の権利者を調整する比例性の原理が特に重要だという。すなわち、集団による発明や創作の報償は貢献度に応じて決まるべきであり、部分的な権利者が過大な要求をするのを裁判所は退けるべきだということだ。
第三部はいくつか事例を挙げながら、知的財産権保護の有効性を説くという内容である。著者はアンチコピーライトやアンチパテントの議論をやり玉にあげ、結局そのような方向は職業的作家や発明家、中小企業の存立を不可能にし、皆をアマチュアにしてしまうという。それは質の低い創作物や発明を蔓延させる結果をもたらすだけで、消費者にとっても望ましくないはずだ、と。必要なのは権利を弱めることではなく、権利者と利用者の間の取引コストを下げる仕組みを整備することだという。
以上。JASRACは正当かとか、著作権保護期間延長は正しいかとか、そういう問いに対する実践的なレベルの答えは用意していない。だが、著者が権利強化を訴えているのは明らかであり、面白い。近年、著作権が主張される範囲は拡大しているように見えるが、大半の権利者は権利を行使しておらず、違反を黙認している現状がある。このため著作権産業は栄えていないのだというのだ。個人的に本書の論証が必ずしもうまくいっているとは思わないが、問題作であることは確かだ。
知的財産権を根拠づけ、今後の方針を示すという著作。インターネットの興隆以降、特許保護や著作権保護の主張は劣勢になってしまった。保護強化や権利行使の動きに対して呪詛が投げかけられる光景を目にすることも多い。こうした状勢に反して、著者はプロパテントとプロライツを呼びかける。すなわち、ローレンス・レッシグを批判し、権利強化を肯定するという珍しい立場を採っている。著者は米国の法学者で、原書はJustifying intellectual property (Harvard University Press, 2011)である。専門家向けではあるが、議論は平明であり難しくはない。翻訳が良いのだろう。
全体は三部構成で、第一部は理論編。現在主流の知財の基盤理論は、創造と利用を調整する功利主義である。これに対して著者は、労働が所有権をもたらすというロック(Lockeね)、所有とは自律・コントロールであるというカント、ただし所有権優先ながら最も恵まれない人の自由のために権利制限がありうるというロールズを並べて、義務論的な知的財産権像を描いてみせる。知的財産権は単なるインセンティヴではなくて、「労働の果実は労働者に」という倫理的直観こそ根拠となるべきというわけである。
第二部では、もう少し議論が具体的になり、知的財産権には非専有性、効率性、比例性、尊厳性の四つの原理があることを示している。非専有性とはパブリックドメインの保護、効率性とは理論レベルでは退けた功利主義原理、尊厳性は著作者人格権の話である。このうち、一つの作品・発明に貢献した複数の権利者を調整する比例性の原理が特に重要だという。すなわち、集団による発明や創作の報償は貢献度に応じて決まるべきであり、部分的な権利者が過大な要求をするのを裁判所は退けるべきだということだ。
第三部はいくつか事例を挙げながら、知的財産権保護の有効性を説くという内容である。著者はアンチコピーライトやアンチパテントの議論をやり玉にあげ、結局そのような方向は職業的作家や発明家、中小企業の存立を不可能にし、皆をアマチュアにしてしまうという。それは質の低い創作物や発明を蔓延させる結果をもたらすだけで、消費者にとっても望ましくないはずだ、と。必要なのは権利を弱めることではなく、権利者と利用者の間の取引コストを下げる仕組みを整備することだという。
以上。JASRACは正当かとか、著作権保護期間延長は正しいかとか、そういう問いに対する実践的なレベルの答えは用意していない。だが、著者が権利強化を訴えているのは明らかであり、面白い。近年、著作権が主張される範囲は拡大しているように見えるが、大半の権利者は権利を行使しておらず、違反を黙認している現状がある。このため著作権産業は栄えていないのだというのだ。個人的に本書の論証が必ずしもうまくいっているとは思わないが、問題作であることは確かだ。