29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

実現しないからこそ美しい、理想の労働組合像

2021-06-30 13:16:13 | 読書ノート
木下武男『労働組合とは何か』(岩波新書), 岩波書店, 2021.

  労働組合論。歴史編と分析編が交互に来る構成となっている。日本では歴史的に企業別の組合が定着したというのが事実だが、本書は企業横断的な組合を理想として掲げている。横断的な組合を実現することによって労働供給をコントロールできるようになり、労働者の厚生が高まるという。

  率直なところ、説得力を感じなかった。全体として、克服すべき問題が十分指摘されていないきらいがある。労働組合の肯定的な面ばかりを描いており、組合が20世紀後半に支持を失っていった経緯の分析がない。また、グローバル化と資本移動の影響についてもあまり考えられていない。仮に日本国内で労働供給がコントロールできたとしても、個別業界の労働者の待遇の改善だけでなく、マクロ経済にどう影響してくるのかの議論がほしいところだ。海外への資本逃避が起こったり、国内全体の生産性が落ちることが予想されるのだが、「それでもよい」というスタンスなのか否かについて明確にしておくべきだろう。

  なお、評者は所属する大学の労働組合員やっている。日大特有の事情ももちろんあるが、そもそも待遇は悪くないので、組合の組織率は低い。多くの教職員は競争社会の勝者(相対的にみての話)として、労働組合にシニカルな視線を向けている。本書は、こういう「労働貴族」に対してあまり期待しておらず、その外にいる層の連帯に期待を寄せるものだ。僕のような正規雇用者は、理想の労働組合に対する「敵」ということになるんだろうな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

少子化をめぐる地に足の着いた分析と、処方箋の悲しき方向性

2021-06-25 07:00:00 | 読書ノート
松田茂樹『[続]少子化論:出生率回復と<自由な社会>』学文社, 2021.

  日本の少子化の原因と対策について。学術書の体裁だが、データの議論の部分を飛ばして文字面だけを追うならば、一般の人にも論旨は分かると思う。「続」となっているが、正編に当たるのは『少子化論:なぜまだ結婚、出産しやすい国にならないのか』(勁草書房, 2013)である。著者は中京大学の教授である。

  著者の議論はこう。福祉国家を維持したいならば、日本の人口数を維持する必要がある。移民による解決は社会に大きなストレスをもたらすので、現国民の出生数を増やす方向が良い。少子化の原因としては、未婚化と夫婦間の出生数の低下の二つが挙げられる。未婚化は、若年層の経済力の低下のためである。特に非正規雇用者の場合、正規雇用者と比べて出会いの機会もまた少ないため、結婚に至る確率が低くなっているという。

  夫婦間の出生数の低下については、1990年代末から政府によって政策ターゲットとされ、共働き夫婦への支援となってさまざまなキャンペーンと施策がなされてきた。しかし、女性の就業率を高めても(同時に職場や育児環境の改善をすすめても)出生率は大きく回復することはなく、低下するのがトレンドとなってきた。夫婦間の子供数は夫が長く働く(おそらく専業主婦を持つ)家庭で多く、夫が家事育児に多くの時間を割いても出生数には大きな変化はみられないという。

  後半は地域間比較である、まず国内の地方間の比較が行われている。国内の出生率が高い地域は、保守的な規範意識を持ち、女性の労働力率が低く、祖父母の育児支援が期待でき、雇用状況が良い(すなわち男性の働く場がある)という地域である。続いて国際比較がなされていて、教育への私的な支出が多い国の出生率が低く(東アジア)、子どもを持つ家庭への所得支援がある国(フランスなど)は日本よりは出生率が高いとのこと。

  で解決策として提案されるのが、独身者や子無家庭から多くの子どもを持つ家庭への所得移転である。3人の子供を持つ家庭を全世帯の4割まで、二子の家庭を4割弱となるぐらいまで優遇すれば、出生率2.0に近づく。残りの2割となる独身者や無子世帯は多く税金を払う側で、彼らが求める生活水準および社会保障を長期に維持するうえで高い負担を求められるのは致し方ないというスタンスである。

  すなわち、女性の社会進出と少子化対策は矛盾しており、後者を重視するならば専業主婦家庭を支援したほうがマシで、かつ支援をおこなうときそれは東京から地方への所得移転や移動の制限となる、こういうことだ。これはリベラルな立場からは後退に思える。個人主義と福祉国家が対立するというだけでなく、個人主義のためには福祉国家が必要だという見解が突きつけられるのだ。こういうわけで、まっとうな分析と提言ながら、明るい気分になれるものでもない。個人主義を重視すべく、福祉国家をやめるという立場はあるのだろうか。それは新自由主義というしろものになってしまうのか…。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校における探求型学習の指南書。考え方について厚い記述でかつ倫理的

2021-06-21 10:37:52 | 読書ノート
河野哲也『問う方法・考える方法:「探究型の学習」のために』(ちくまプリマー新書), 筑摩書房, 2021.

  高校生を対象として調べ学習の考え方・やり方を教えるという新書版。彼らを指導する高校の先生にとっても役に立つだろう。これと似たような主題の書籍に小笠原喜康・片岡則夫 『中高生からの論文入門』(講談社現代新書, 2019)がある。小笠原・片岡著が形から入る入門書だとすれば、この河野著は本質から入ろうとする内容である。著者は立教大学の哲学研究者で、著作も多い。

  探究型学習とは何か、なぜ必要なのかという話から始まり、次に学習をどのように進めてゆけばよいか、さらに上手く考えてゆくにはどうしたらよいか、という順序で展開する。ここまでが全体の半分。残りの半分は、文献収集やプレゼンの仕方、レポートの書き方である。本書のオリジナリティは前半部分にあり、特に三章の「探求型の授業と哲学対話」が特徴的である。プレゼンやレポートを通じて探求を試みる主題について、どのように設定し・掘り下げ、かつどう論理展開をしたらよいか、あるいはどのような態度で挑むべきかについて、一通りのことが書かれている。一部を紹介すれば、ルールに従った対話を積み上げることが効果的となるとのことだ。

  本書では、探求型学習というのが単に学習者の興味を埋めるだけの作業ではなくて、他者と情報共有を効果的に行うための作法を身に着ける目的もあるというメッセージが色濃くでている。この点で非常に倫理的である。本書で提示された心がけを授業内で守らせようとすると「小うるさい」感じになる恐れもあって、指導する教員側は生徒がアイデアを抑制したり発言に躊躇してしまわないよう気を付ける必要があるだろう。最初は形から入ったほうがよくて、生徒のスキルが上がってきたらこの河野著の段階かな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ストリーミング時代の音楽産業は勝者総取り、ロングテール論は夢物語

2021-06-17 22:00:00 | 読書ノート
アラン・B.クルーガー『ROCKONOMICS 経済はロックに学べ!』望月衛訳, ダイヤモンド社, 2021.

  大衆音楽産業についての経済学。著者は1960年生まれの米国の著名な経済学者で、最低賃金を引き上げると雇用が本当に減少するのかどうかを調べた実証研究で知られている。オバマ政権時に政府顧問も務めた。本書のオリジナルはRockonomics: a backstage tour of what the music industry can teach us about economics and life (Currency, 2019)で、邦訳としては『テロの経済学』(2008)に続く二冊目となる。なお、著者は原著が出版される三か月前に自殺しているが、理由はわかっていない。

  ストリーミングとライブコンサートの時代の大衆音楽を俎上にのせている。「ネットビジネスにおいてはロングテール領域でも収益になる」なんて話がかつてあったが、全然そういうことにはなってはおらず、ストリーミングでもライブでも上位の一握りのアーティストに人気が集中し、寡占化が進んでいるという。レコードやCDが主力だった時代に存在していた中堅どころのアーティストは食っていけなくなり、ビッグネームとその他大勢というように分化しているとのこと(ただしパイの大きさは拡大しているからその他大勢の側にあっても楽観していい、とも)。このほか、バンド内の収益配分、コンサートツアーやストリーミングにおける関係者のそれぞれの取り分、ヒットは運次第、アーティストの平均的な収入は低い、中国の動向、人はローティーンの時にハマった音楽を一生聴き続ける、などのトピックが並んでている。

  著者がビッグネームにしか関心を寄せていないのは気にかかった。レディオヘッドとかテイラースウィフトの動向が音楽産業に大きな影響を与えることはもちろんわかる。が、報道ですでに知ってたという話も多い。むしろ、副業で音楽やっている人と、プロとしてなんとか食っていける人の境界を教えてくれたほうが後学になっただろう。インディーズ好きとしては、好みのアーティストをどう支援したら効果的か、たまに考えることがあるからだ。そもそも著者の好みはブルース・スプリングスティーンとかアバのようで、「ああ1960年生まれにもかかわらずパンクを聴いてこなかった人なんだ」という感慨がある。パンクの洗礼を受けた人間なら、リスナーも含めて雇用や学歴との関連をみた文化資本論的なトピックも加えるだろう。

  というわけで、面白くないとは言わないけれども、痒いところを掻いてもらったという感覚もない。「ウィナー・テイクス・オール」が実態で、たぶん今後もそれが続くことが暗に示されている。これを踏まえて考えるべきことがある(多様性の維持とか)と思うのだが、「音楽は人を幸せにする」という話で終わってしまう。そうじゃなくてさあ、と言いたいところだが、著者はもうおらず次の展開はないのか。音楽産業の話は参考になるので、日本の出版関係者の方々にはお勧めしたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

音源がぽつぽつとストリーミング公開されつつある模様

2021-06-13 07:00:00 | 音盤ノート
Laura Watling "Songs from Dreams" Shelflife, 2012.

  米ギタポ。ローラ・ワトリングは、個人名義で"Early Morning Walk"なるオリジナル作を一つだけ発表しているが、これは2000年から2003年に発表されたシングル曲等の編集盤である。オーソドックスなフォークロックバンド編成ながら暗めの内省的な曲が並んでいる。ただし癒し系というほどフォーク感はなく、静かめだけれどもそれなりに音の密度はある(ボーカルがオーバーダブされていることは多い)。編集盤ながらそこそこ統一感があって、’Good Times Never Last’と’Oldselves’のような琴線に触れる優れた曲もある。現在のところCDの入手は困難だが、ストリーミング配信で全曲聴ける。

  この他のワトリング歌唱作品も聴きたいのであれこれ探しているのだが、"Early Morning Walk"と本作とEP "What's Your Favorite Color ?"が公式に配信されているだけである。このほかソロになる前に在籍したThe AutocollantsとThe Casino Ashtraysの編集盤の曲も聴くことができるようになっている。けれども、本作に収録されなかったシングル曲や、トリビュート盤に提供したいくつかのカバー曲、カセットテープで発表した作品、単発プロジェクトの曲などいろいろあって、これらの音源を見つけることは難しい。これらを収録したコンプリートな編集作品を作ってほしいのだが、需要はないですかね。

  非公式ながらyoutubeにアップされているThe Evening Lightsの 'Telephones & Traffic Lights'のリンクを下に貼っておく。ワトリング参加の単発プロジェクトのようで、"Landscape"(Shelflife, 2003.)なる5曲入りのEPを発表している。この曲以外の他の曲については聴いたことがなく、情報が欲しい。マイナーなアーティストを気に入ってしまうと苦労するなあ。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

幸福感が常に高い人の稼ぎは少ない、だって

2021-06-09 07:00:00 | 読書ノート
ウィリアム・フォン・ヒッペル『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか:進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略』 濱野大道訳, ハーパーコリンズ・ ジャパン, 2019.

  進化心理学のかなり優しい一般向け書籍。著者は米国出身でオーストラリア在住の心理学者で、ロバート・トリヴァースとの共同研究がある。原書はSocial leap : the new evolutionary science of who we are, where we come from, and what makes us happy (Harperwave, 2018.)である。

  全体は三部構成となっている。第一部では、人類の現在の姿や心理的傾向がどう形成されたのかをサバンナ仮説に従って説明している。ここにあまり目新しい話はない。第二部では、人類の社会性に焦点を充てた議論がなされている。人類にとっての「環境」とは自然環境ではなく集団内の人々であり人間関係である、というスタンスから、自制心や自信過剰傾向、技術のまたは社会制度のイノベーション、道徳性、暴力と安全について考察されている。目から鱗というほどではないものの、著者本人が行った心理学実験などが紹介されていて、ここはそこそこ面白い。第三部は幸福感をめぐる議論で、本の最後に幸せに生きるためのアドバイスもある。そこそこ幸福感があったほうがいいけれども、幸福感が高すぎる人の所得は低いとのこと。

  以上。個々のトピックは興味深い(例えば「米国では出会い系サイトで出会って結婚したほうが離婚しない」など)ものの、そういうのが進化心理学の説明だけで十分だとは思えない。まあ、著者は学者でありものすごい大風呂敷を広げているというわけでもないのだが。別の本を読んですでに知ってたという話も多くある。その説明に限界があることに留意しつつ気楽に楽しむべき内容だろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ラノベ仕立てで司書業務を紹介その2

2021-06-05 07:00:00 | 読書ノート
大橋崇行著, 小曽川真貴監修『司書のお仕事2:本との出会いを届けます』勉誠出版, 2020.

  2018年の『司書のお仕事』の続編。主要キャラはそのままに、三つの短編物語の中で、蔵書点検、郷土資料の電子化、企画展示、寄贈本の処理、採用と雇用形態、自治体との関係(主に議会と予算)などについて触れている。1巻が司書の仕事についてざっくり伝えるものだったとすれば、2巻は、図書館がどういう理念や仕組みのもとに動いているかと、1巻で触れなかった業務を伝える内容となっている。

  三つの短編のうち、一つ目は人事の話で、「図書館運営センター」なるどこを模しているかすぐわかる架空の会社が出てきたりして、読んでいてしんどい(ストーリーが問題だというのではなく、正規の図書館員となるのは狭き門で有期雇用の場合は待遇が悪いという現実が突きつけられるのが辛い)。二つ目は、図書館に理解の無い市議会議員がやっつけられる(言いすぎかもしれない)話で、公共図書館関係者は読んで留飲を下げましょう。三つ目は、図書館員の矜持というか志をしめす話で、著者の主張がよく出ているところである。

  なお、かわいらしいイラストはカバーと最初のカラーページだけである。本文中には説明用の写真も少々ある。それでももうちょっとイラストがあってももいいかな。もっと萌えたいから、というわけではなく、バックヤード系の業務についてはその様子を伝えるイラストがあったほうが読者にわかりやすいと思うからだ。3巻も出ることを期待したい。 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

金も人も増やさないけれども教育者は工夫と忍耐で危機を乗り切れ、と

2021-06-01 11:43:27 | 読書ノート
  教育関係の新書をちょこちょこ読んでいるのだが、十分な支援は与えないのに教える側に忍耐と工夫を要求するというのをよく見かける。下記がその例。下の本とは無関係に、教育の必要性を訴える文脈で社会の高度化への対応がしばしば言われるのだけれども、低いコミュニケーション能力と低度な職業スキルでも生きている社会を作る、というのは駄目なんだろうか。そっちのほうが難しい?

宮口幸治 『どうしても頑張れない人たち:ケーキの切れない非行少年たち2』(新潮新書), 新潮社, 2021.

 『ケーキの切れない非行少年たち』の続編。支援者に重点がある内容である。非行少年(あるいはそうなる可能性がある者)は「そのままでよい」わけではなく、良好な社会生活を送ることができる程度に認知機能やソーシャルスキルを向上させる必要がある。しかし、本人にそのための努力をする力がないということがしばしばだ。そこで、彼らの支援者には、発言への細心の注意と忍耐力が求められる。本書はどのような振舞えばよいかについて詳しい。しかしなあ、支援者にもリソースの限界があるからねえ、と読んでて思うところではある。堪忍袋というべきか。

妹尾昌俊『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』(PHP新書), PHP研究所, 2021.

  コロナ禍で日本の小中高等学校が柔軟な対応をできなかったことをもって、日本の教育制度の失敗と断じ、改革を訴えるという内容。一方で、現場の先生は疲弊しているという。学校には柔軟な対応ができるようなリソースがないのである。ならば教育のための予算を増やすべきという結論に必然的になるはずだ。が、その面の議論は薄い(ないわけではない)。教育委員会や校長らの権限を持っている人がなんとかしろというのが主な主張だ。しかしでも、リソースがないまま新しいことを試みても現場の先生が疲弊するんでしょ、と読んでいて思う。著者は野村総研出身の教育コンサルタントらしい。教育行政の管理職を仕事相手にしているとこういう議論になるのだろうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする