29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

「見知らぬ他者との協力」の偉大さとそれがもたらす不安定

2014-01-31 10:50:36 | 読書ノート
ポール・シーブライト『殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?:ヒトの進化からみた経済学』山形浩生, 森本正史訳, みすず書房, 2014.

  進化論における人間観と経済学的な社会観を繋げようとする論考。原題は"The company of strangers : A natural history of economic life"で、初版が2004年、邦訳の元となった増補版が2010年に発行されている。著者はフランスの経済学者だとのこと。

  非血縁個体間の協力行動が進化論的にみて不合理であり説明の必要な現象である、という前提を理解していないと、本書の意義はわかりにくいかもしれない。現在の支配的なパラダイムである利己的な遺伝子説を徹底すれば「稀にしか顔を会せない、属する集団の異なる、非血縁の個体」とは資源を争う敵であり、殺害してしまったほうがよい。なのになぜ、人類はそうした関係の相手と取引をするようになったのか──裏切られて搾取される可能性もあるのに、というわけである。

  著者によれば、「強力な返報者」──コストと引き合わないほど過剰に報恩する、あるいは過剰に制裁する個体──が集団内にわずかながら存在すれば、その集団外にいる取引相手にとっても、制裁されるリスクのために裏切ることのコストが上昇し、協力関係の維持の方が利にかなうようになるという。そのような返報者は集団「内」で搾取されて淘汰されないのだろうかと個人的に疑問を感じたが、著者は群淘汰を肯定する(正確には遺伝子淘汰説とそれは両立すると主張する)ことで解決している。

  以上のことが全体の1/4程度で説明される。残りのページは、安定した協力関係の成立が個体の専門・分業化とともに視野狭窄を生み出してきたことの帰結についてである。視野狭窄は社会を発展させてきたが、同時に社会を不安定にしてきた(恐慌や戦争など)。また人類は、社会の危機に対抗する制度──家族・都市・国家・経済──を生み出してきたが、それぞれに不完全さもある。これらが歴史学や人類学などさまざまな領域を動員して説明されるが、冒頭にあった進化論的な説明は後景に引いてしまっている。

  全体としては大風呂敷すぎる感もあり、十分まとまっているという印象はないのだが、個々のトピックの分析は面白く、発見もある。ただ、読み進めるのに多少の前提知識が必要であり、やや難の部類に入るだろう。出版社が軟派な邦題にして大向うを狙ったのは分かるが、一般の人にはハードルが高いかもしれない。
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天上系女性ボーカルを中心に据えた牧歌的ヒーリング音楽

2014-01-29 12:22:49 | 音盤ノート
Yeahwon Shin "Lua Ya" ECM, 2013.

  ジャズ、というとかなり違うが、CDショップで置かれるとしたらそこだろう。ゆったりとしたピアノの演奏をバックに女性ボーカルがのるという内容。Yeahwon Shinはニュヨーク在住の韓国系シンガー。ヴォカリーズを多用しながら、童謡を歌うような感じで、透明感あふれる歌を聴かせる。ピアノは注目若手のAaron Parksだが、音数控えめでサイドに徹しており、これといった才気は見せない。アコーディオンが曲によって加わるが、奏者のRob Curtoについてはよく知ない。

  ボーカルは清らかで、楽器もあまり自己主張しない。全体の印象としてはヒーリング系音楽である。日常の疲れを癒すように、聴き手を優しく慰撫する。ただ、一本調子の感があるのも確かで、収録曲にバリエーションや演奏スタイルの変化があってもよかったとも思う。また、個人的には毒気が少しあったほうが好みである。とはいえコンセプトは明確である。しょっちゅう聴くというものでもないだろうが、たまに取り出して聴きたくなるような音楽だろう。
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教育論だけは読む価値ありだが、重要な情報が欠けている

2014-01-27 10:06:45 | 読書ノート
芦田宏直『努力する人間になってはいけない:学校と仕事と社会の新人論』ロゼッタストーン, 2013.

  副題に「新人論」とあるが、一貫したテーマがあるわけではなく、雑文集である。著者がブログやツイッターなどに書き散らしたものをまとめたものらしい。著者は哲学研究者でかつ、専門学校の校長も経験したという人物とのこと、本書でも二つの顔を見せるが…。僕は本書で初めて知った名前だが、ネットの世界では有名なのか?

  内容は玉石混交、というかその落差が激しい。フロイトやハイデガーを使った女性論やツイッター社会論は、哲学的思惟だけで物事を把握しようとすることの限界を強く感じてしまう。「ヘーゲルによれば~」という言い換えの連続は今どき衒学趣味にしか見えない。こういうのが大半で読むのを投げ出してしまいたくなる。

  一方、7-8章やあとがきの教育論は、専門学校経営者の視点からみた日本の教育制度全体の優れた考察となっている。大学が専門教育に失敗しているから、企業は学生にコミュニケーション能力のようなポテンシャルだけを求めることになる。ニーズはあるのだから、日本でも東大に行くような層が受けることのできる高度な職業教育が必要だ、とのこと。ここ10年ぐらいの文科省設置の委員会が出す報告書も踏まえており、「キャリア教育~職業教育」行政の変遷も把握できる。

  以上のように、教育論の箇所だけ読めば十分な本だろう。トータルではそんなに良いとはいえない本書が目につくようになったのはネット・マーケティングの上手さのゆえ。あと、とても重要なことが書かれていないことが気になった。いったいどうやって著者のような哲学研究者が学校経営者になったのか。食うや食わずの哲学徒が知りたい最重要情報ではないだろうか。
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カテゴリとしては現代音楽だが、敢えてジャズとみなしたい

2014-01-24 08:24:43 | 音盤ノート
Patrick Zimmerli, Brad Mehldau and Kevin Hays "Modern Music" Nonesuch, 2011.

  現代音楽。パトリック・ジメルリなる若手作曲家をプロデューサーにして、二人のジャズ・ピアニスト、ブラッド・メルドーとケヴィン・ヘイズが共演するという内容。曲はジメルリ作4曲、メルドー作とヘイズ作がそれぞれ1曲ずつ、他はスティーヴ・ライヒとフィリップ・グラス、オーネット・コールマンという構成。いずれもジメルリのアレンジが施されている。

  ジメルリについてはよく知らないが、ジャズミュージシャンとの共演が多いところを見ると、即興のスペースを多く残した曲を書くのだろうと推測される。このアルバムでも即興演奏らしい部分が目立つ。一方で、採りあげた曲からわかるように、ミニマル・ミュージックからの影響も顕著である。メカニカルな自作のタイトル曲はけっこう面白い。しかし、特に素晴らしい曲は録音参加者以外の他人の曲である。"Music for 18 Musicians"や"Lonely Woman"はその逸脱っぷりがスリリングで、こんな解釈もあるのかと唸らせる。この在り方は現代音楽というよりジャズである。

  というわけで作曲家としてよりも、優秀なプロデューサーとしての才能を強く感じる。特に"Lonely Woman"の二人の硬質なソロはとても素晴らしく、こういう演奏を引き出せる能力は貴重である。似たような企画を今後も期待したい。
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自立支援のための障害者制度設計の入門書

2014-01-22 11:54:15 | 読書ノート
中島隆信『障害者の経済学 / 増補改訂版』東洋経済新報, 2011.

  障害者論。タイトルから数式満載のいかめしい内容かと思ってしまうが、ソフトカバーの平易な一般書籍であり、社会設計や福祉制度の話が中心となっている。初版は2006年だが、以降に障害者に関連する福祉政策の変更がいくつかあったので改訂版を上梓したとのことである。

  議論の詳細は本文にゆずるが、その方向は明確。障害者が労働に参加しやすい制度をつくり、自立を促そうというものである。こう記すと即座に「新自由主義!!」という批判が飛んできそうだが、著者は国家財政を憂えてそう提言しているのではない。障害者の子を持った父として、自由な意思決定のしにくい、消費も限られてしまう障害者の現状を望ましくないとみているのである。現在の制度では、障害者のニーズは、親や施設など奉仕してくれる人、あるいはその資金を提供する国家が決めてしまっている。これに代わって、障害者がもう少し自分のことをコントロールできる制度を作ろうというわけである。

  障害者について個人的には真剣に考えたことは無かったが、よくよく周囲を見回せば僕の大学にも僕の親族にも普通にいた。他のタイプの議論を知らないのでどの程度首肯していいのかわからないが、あまり細かい制度論に立ち入らずに大枠を示している点は入門書として良いのではないだろうか。
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キャリア初期と似た編成だが、かつてより神経質な感覚が減退

2014-01-20 10:33:51 | 音盤ノート
John Abercrombie Quartet "39 Steps" ECM, 2013.

  ジャズ。ギターのアバクロンビーをリーダーとした、Marc Copland(p), Drew Gress(b), Joey Baron(d)の四重奏団。この編成から、"Arcade"カルテット(参考)の頃のような耽美サウンドを期待したくなるのは避けられない。そして実際、そのような要求を十分に満たす良質な内容である。

  ただし、メンバーを見て予想がつく音の範囲内だといえばそうである。エフェクトを一切かけない線の細いエレクトリックギターと、かすかに不協和を散りばめた叙情的なピアノ。ゆったりとして幽玄なコープランドの演奏は、"Arcade"の頃のバイラークのように才気走ったところがなく、あまり緊張感を高めない。全体としては、すでに地歩を築いたベテランたちによる、冒険や無茶のない、余裕のセッションという印象である。

  個人的にはもっと張りつめた空気の中での演奏を期待したが、そうするにはメンバーのキャリアがありすぎて手練れすぎているということか。素晴らしい作品ではあるが、地味さもある。
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20世紀法思想史のわかりやすい教科書だが、古さもある

2014-01-17 11:54:06 | 読書ノート
中山竜一『二十世紀の法思想』岩波書店, 2000.

  タイトル通り20世紀の法思想史の教科書。ネットで評判が良いので読んでみたが…。僕には著者が筋の通ったストーリーを作るために導入した「言語論的展開」の重みが今一つよくわからなかった。法実証主義vs.自然法(or正義論)という通常の仕立て方では20世紀の展開を説明できなかったのだろうか。ポストモダン思想に稿を割いているのでそうなってしまうのかもしれない。

  とはいえ、評判通り個々の理論家の解説はとてもわかりやすい。ケルゼン、ハート、ドゥオーキン、ポストモダン法学を主に据えて説明し、その時代背景、および思想的影響源となるロールズ、ハバーマス、ルーマン、デリダなどもについて言及されている。読みながら気づいたのは、法の外にある「原理」を重視するドゥオーキンが自然法的なのはまあいいとして、ポストモダン法学も法超越的な地点に正義を求めてしまい意外にも「構築主義的でない」ように見えること。これって理論的な矛盾じゃないのか?

  以上のように、平易な説明がある点で優れた書籍ではある。だが、倫理分野との関連付けはあまりなされておらず、2010年以降のサンデルのブームの後で日本人が興味を持って読むにはややアクセントが違うような気もするのも確か。
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「幸せ」ではなく「なぜ期待どおりの満足を得られないのか」がテーマ

2014-01-15 18:28:34 | 読書ノート
ダニエル・ギルバート『明日の幸せを科学する』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫), 熊谷淳子訳, 早川書房, 2013.

  人間の認識や思考にはバイアスがあるため未来を正しく予測できない、と結論する行動経済学~心理学分野の一般書籍。原著は"Stumbling on Happiness"(2006)で、邦訳は2007年に『幸せはいつもちょっと先にある:期待と妄想の心理学』というタイトルで早川書房から発行されている。本書はその改題文庫版である。

  原著タイトルと邦訳タイトルから「幸福」をテーマにした著作かと勘違いするが、それよりは「見込み違い」を引き起こす人間の認知システムについて詳しく述べる内容である。結論として、そうしたバイアスを克服して正しい予測をするには、これから行おうとする行為を今まさに経験している他者の意見を参考にせよ、というのだが…。うーんこのアドバイスはあまり使える気がしない。

  本書の議論の前提として、行為の価値はその行為を実践している最中の満足感(または不満感)と等価であるという認識があるようなのだが、そもそもこれに同意できない。やってる最中はつまらなくても終わってみると満足感の高まる行為や、その逆もある。本書で矯正すべきとされたバイアスにも、進化論的なメリットがあったからこそ現在の人類に備わっているのではないだろうか。そういうわけで、行為中の満足感を正確に予測することにどれだけの意義があるのか疑問が湧き起ってしまう。

  以上のようにベースとなる認識に個人的に同意できなかったものの、博学でユーモア満載の文体で書かれており面白く読めることは確かである。
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トレードオフを踏まえたまっとうな「図書館と法」論

2014-01-13 14:57:17 | 読書ノート
鑓水三千男『図書館と法:図書館の諸問題への法的アプローチ』(JLA図書館実践シリーズ 12)日本図書館協会, 2009.

  公立図書館サービスと、図書館法や地方自治法など関連法規との関係について論じた図書館関係者向けの書籍。似たようなテーマで塩見昇・山口源治郎編『新図書館法と現代の図書館』(日本図書館協会, 2010)があるが、論文集で視点が統一されていないそれに比べて、本書は一貫性のある議論を展開している。

  冒頭で図書館と憲法との絡みが論じられているが、以降は地方自治制度における行政組織であるという点にアクセントが置かれている。そのため前半では、関連法規の網の目から筋の通った結論をひきだすべく、図書館運営における責任と意思決定の権限が段階的に議論されている。この点は話がやや細かく感じられるかもしれない。しかしそこは重要なところで、管理者の裁量が及ぶ範囲の確定や、指定管理者制度に対する批判はこの分析から展開する。

  利用者の権利に対しても甘くはない。「図書館の自由」重視の論者ならば「利用者のすることは何でも認めてしまおう」という単純な議論に走りがちであるが、著者は特定の利用者を優先することが他の利用者の権利とトレードオフになるケースがあることをきちんと踏まえており、限られた資源配分の中でやりくりしなければならない公立図書館の現実と整合的である。こうした立場から、船橋市西図書館問題に対する最高裁判決や、熊取図書館事件に対する地裁判決に対しても批判的であり、その論理もかなり説得的である。

  というわけで、あまり期待せずに読み始めたが、けっこう良い本だった。悪く言えば「管理者目線」なところはあるが、批判する側に立つならば本書に匹敵するぐらいの法的整合性のある公立図書館像を提示しなければならないだろう。個人的には、松井著(参考)よりも納得できるところが多かった。
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フォークロック的な編成で奏でるプログレ風ジャズ

2014-01-09 10:59:51 | 音盤ノート
Ben Monder "Hydra" Sunnyside, 2013.

  ジャズ。カルテットとしては"Oceana"(参考)以来の8年ぶりの新作。ただし、曲によって録音時期が違うようで、メンバーに入れ替わりがある。ドラムはTed Poor一人だが、ベースはJohn PatitucchiとSkuli Sverrissonが曲によって入れ替わる。ボーカルもTheo Bleckmannがほとんどの曲で担当しているが、別の二人のボーカリストを加えたりする曲もある。

  一曲目‘Elysium’は、天から降り注ぐようなハープ風のギター音と祈るようなヴォカリーズによる清涼感あふれる作品。こういう曲もできるじゃん、と思わせておきながら、以降はいつもの鬱々としたモンダー節になる。二曲目のアルバムタイトル曲は24分の長尺。四曲目はこれまであまり使用してこなかったアコースティックギターを導入、六曲目はディストーションギターをかけたへヴィメタ風だが、それぞれ「多彩で楽しい」感じにはならず、変拍子かつ構成が複雑かつ重たい曲をなんとかして聴かせようと努力しているかのよう。通して聴くと疲れる。

  とはいえ、以前の作品に比べればスリリングな曲が多く、聴きやすくなったように感じる。そのスリルはアドリブからくるものではなく、曲展開からくるもので、ジャズというよりはプログレッシブ・ロックに近い。R.E.Mがプログレに手をだしたらこんな音をだすのではないだろうか。
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