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図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

読書研究によって図書館学は科学になった、と

2023-10-28 09:53:17 | 読書ノート
Stephen Karetzky Reading Research and Librarianship : A history and analysis Praeger, 1982.

  米国における20世紀前半の読書研究史。図書館情報学の領域にも「シカゴ学派」なるものがあってかつて影響力を持っていたのだが、その勃興史でもある。著者はユダヤ系らしく、イスラエルに関する著書も二冊書いている。個人的な事情を記すと、大学院に進学した25年ほど前に古本で購入したが、一行も読まないまま積読になっていた。今年サバティカルを得たおかげでようやく読了できた。

  20世紀前半の中でも、特に1930年代のダグラス・ウェイプルズの業績に焦点が当てられている。もともと彼は教育学者だったが、シカゴ大に図書館学の大学院ができるとそこに移動し、読書研究を開始する。図書館員による読書研究は1920年代にも存在していたが、統計学的に未熟で、また読者や読書対象を分類するカテゴリも十分検討されたものではなかったらしい。そうした難点を克服した成果がウェイプルズの研究だった。彼はよく計画された調査と洗練された統計によって、読者の属性別の読書傾向について明らかにした。彼によって図書館学は科学となり、社会学のメディア研究と成果が共有されることになったと評価される。ただし、統計の導入は現場の図書館員の反発を招き──数字で読者を判断してはいけないという雰囲気があったらしい──、彼の知見が現場で活用されることを妨げたともしている。

  このほか、ウェイプルズの上司にあたるルイス・ウィルソン、英国からシカゴ大学にきたジェームズ・ウェラード、価値論要求論の概念化で知られるレオン・カーノフスキーなど、シカゴ学派に属する人物の関連業績について詳しくも紹介されている。また、bibliopsychologyなる学問を提唱したロシア人ニコラス・ルバキン、要求論の理論家として知られる英国人マッコルヴィンについてもそこそこの言及がある。

  以上。図書館情報学史に興味ある人向けかな。読書研究のレビューだと思って読むと、それぞれの研究の調査結果についてはあまり詳しい説明が無かったりして、肩透かしを食らう。
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社会教育関連書籍の書評集、紹介数は少ないが内容は濃密

2023-10-19 20:09:14 | 読書ノート
野島正也『社会教育の魅力を伝える読書案内:好著を読み解く』樹村房, 2023.

  書評集。2007年から発行されている『生涯学習・社会教育研究ジャーナル』に掲載された14編の書評を、一冊にまとめたものである。著者は社会教育の専門家であり特に公民館を主な対象としてきた。文教大学で2013年から2017年まで学長を務め、2016年から同大学の学園の理事長をしている人である。僕が文教大学に在籍した五年間(2012年4月~2018年3月)と重なる。ただし、遠くから見かけたことはあるが、お話ししたことはない。

  取り上げられるのは、2005年から2020年までに発行された生涯教育・社会教育領域の書籍である。書評集なのに紹介されるのが14点だけというのは少なく感じるが、これは各一冊の中身をじっくり紹介しているためである。各章の構成は次のとおり。大部分は各書籍の詳しい要約で、ところどころで著者(すなわち評者)によるコメントが添えられる。そして章の最後にコンセプトや構成などの面からの全体的な評価を加えられる。面白いのが、全体を読み進めてゆくうちに著者の経歴が分かってくるところ。1960年代、工業高校に通ったのちに自動車工場で働いていた(大学に行ったのはその後らしい)とのことで、学長時代しか知らない人間なので驚かされた。

  脱線してしまった。社会教育領域の書籍はたくさん発行されているものの、地味な領域なので言及されることも少なく、どれを読めばいいのかわからないことが多い。本書では、公民館だけでなく、博物館、図書館、独学、ラジオ講座、通信教育、大学の出張講座、座談などを調べた優れた書籍が紹介されており、ブックガイドとして使える。紹介された書籍のうち、佐藤卓己・井上義和『ラーニング・アロン』と金山喜昭『博物館と地方再生』に対して個人的に興味を持った。
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英国の学歴事情の書、職人とケア労働の復権を訴える

2023-10-16 10:42:05 | 読書ノート
デイヴィッド・グッドハート『頭 手 心:偏った能力主義への挑戦と必要不可欠な仕事の未来』実業之日本社, 2022.

  英国社会論。大卒者の過剰と、職人やケア労働者の不足と低賃金を批判する内容である。著者はパブリックスクールを出た大卒者で、労働党寄りの左派ジャーナリストとしてキャリアを積んできたとのこと。原書はHead Hand Heart : The struggle for dignity and status in the 21st century (Penguin, 2020)である。

  英国では20世紀末あたりから、人間の評価が大卒歴で表される認知能力の高さのみに偏り、一方で熟練を要する仕事の地位が低下した。また、ケア労働はもともと高い評価を得てこなかったが、かつてはそれに従事してきた能力ある女性が大卒者となって別の賃労働に就くことによって、より軽視されるようになっているという。

  とはいえ、この傾向が長く続くはずはないというのが著者の見立て。もうすでに過剰となった大卒者たちの一部は期待したような職に就くことはできなくなった。彼らはかつて中等教育修了者が従事していた仕事に就くようになっている。そのような大卒者は、自分の仕事に誇りを持たずかつ熱心でもないが自分を正当化する弁舌だけは一丁前で、一方で学歴はないけれども技能も熱意もある年配の労働者を追い出してゆく。このため有害だという。

  このような認知能力に傾き過ぎた社会の風向きを変えて、ケア労働や熟練労働者にも十分報いる社会を再建しようというのが著者の提言となる。

  以上。どのような方法で著者の理想の社会を実現するのかについては議論されていない。推定すれば、政策的にはダニ・ロドリックの言うようなグルーバル化を止める方向になる(参照)と考えられる。ある程度の豊かさや便利さを捨てて、国民国家を守るというような。一方で、英国の金融エリートはそのような政策を支持しないだろう。というわけでなかなか実現は難しいように思える。

  なお、邦訳で異様に感じたのは、表紙にも標題紙にも訳者の名前が表示されていないこと。奥付を見てやっと「外村次郎」という人が訳者であることを確認できる。

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良い評判を維持することで生き残れという図書館経営論

2023-10-13 21:09:40 | 読書ノート
Gary L. Shaffer Creating The Sustainable Public Library : The triple bottom line approach Libraries Unlimited, 2018.

  図書館経営論。副題にあるtriple bottom line approach (以下TBLと略記) を取り入れることによって、公共図書館は長期に持続可能となり、かつ繫栄するはずだと説く内容である。著者は現在、グレンデール市図書館・芸術文化局局長かつカリフォルニア図書館協会会長を務めているとのこと(本人HP)。

  TBLとは、経済、自然環境、社会的関係性の三つの面での持続可能性を追求する経営である。20世紀末に誕生した概念で、国連環境計画(UNEP)による事業所向けの報告書記載事項の基準を示したGrobal Reporting Initiative (GRI)中に取り入れられており、私企業ではすでに採用しているところがあるらしい。公共図書館もこのコンセプトを受け入れて経営に励めば「持続可能」となるという。

  図書館におけるTBLの経済の章では、資金集めと財務状況のモニタリング、集客について議論されている。図書館は集客のために新しいサービスを次々と起ち上げ、一方で古くなったサービスは廃止してゆけと説く。自然環境の章では、館の建築時にLEEDなる環境に配慮した建築であることの認証を受けることや、車両の代替エネルギー使用、リサイクルが勧められている。

  社会的関係性の章は二つに分かれていて、前半は対外的な関係についてである。取引先が法令遵守しているかきちんと監視すること、ネガティブな評判が立たないよう外向けのアピールを欠かしてはいけない、顧客管理システムを導入せよ、などと説かれる。社会的関係性の後半は対内的関係すなわち人事および労務管理についてで、簡単にまとめれば従業員の士気を低下させないようにせよということだ。

  以上。読んでみると「良い評価の持続」=「長期に持続可能」という印象がもたらされる。図書館サービスの質を高める話はない。それよりは道徳的な面での評判の管理が重要だということのようだ。21世紀の図書館はそうやって生き残るしかないのだろうか。
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公職者の道徳としての功利主義擁護論

2023-10-06 22:06:29 | 読書ノート
Robert E. Goodin Utilitarianism as a Public Philosophy Cambridge University Press, 1995.

  政治哲学。新手の功利主義論としてしばしば政治哲学系の書籍で言及されているのを見かけるものの、未邦訳のままとなっている。著者は英国人(?)のようだが、1980年代にはオーストラリアの大学で教えていたとのこと。現代の功利主義の代表的論者と言えばメルボルン出身のピーター・シンガー(参考)であるが、序文によれば酒の席で彼が著者を焚きつけてできあがったのが本書であるという。

  個人道徳として採用するには欠陥があるとして1970年代頃から批判されがちな功利主義であるが、政府および公務員の道徳としてみると義務論より優れている、と著者は主張する。推奨されるのは公職者に適用される政府功利主義(government house utilitarianism)で、その中身は規則功利主義と福祉(welfare)の最大化を要素としている。政府が考えるべきは帰結であって、動機は重視しなくてよい。また、個人の選択能力を過剰に信用してはならず、パターナリスティックな介入は認められる(関連してけっこうな頻度で行動経済学の研究が参照されている)。

  弱者を特定する形での現状の社会保障制度は、不平等や不効率をもたらす。それは時代の変化、特に労働市場や家族形態の変化に対応できない。したがって、社会の全構成員を対象とするベーシックインカムという形での社会保障が望ましい。また、消費における奢侈となる部分──広すぎる住居やより高い学歴──は、政府による供給を拡充するよりも、供給を制限したほうが社会全体の福祉を高めるかもしれない。福祉の実現のために国が国民に対して義務を負うのは当然だが、道徳的には外国人に対しても同様の福祉が適用されるべきである。

  などなど。最初のほうと最後のほうはなんとなく理解できたが、中盤の責任と補償についての議論は功利主義という立場とどう関連しているのかがよくわからなかった。あと、トピックによって説得力があったりなかったりである(例えば、核兵器保有が安全をもたらすわけではないと著者は主張しているが、ロシアや北朝鮮のことを考えると核保有は防衛のために有効だと思える)。個人的には20年ほど前に最初の章だけ読んで積読本となっていたのを、やっと通読できて肩の荷が下りた。
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2023年7月~9月に読んだ本についての短いコメント

2023-10-01 20:44:06 | 読書ノート
氷川竜介『日本アニメの革新:歴史の転換点となった変化の構造分析』(角川新書), KADOKAWA, 2023.

  日本アニメ史であるが、通史をあきらめ転換点となる数個の作品だけとりあげ、その制作体制とプロモーションを中心にまとめている。取り上げられているのは『宇宙戦艦ヤマト』、『機動戦士ガンダム』、ジブリ作品、『AKIRA』と『Ghost in the Shell』、『新世紀エヴァンゲリオン』、『君の名は。』。著者は宇宙戦艦ヤマトのファンジンを作っていた人とのことで、関連した世代論もある。津堅信之の『日本アニメ史』ほどバランスはとれていないけれども、同時代の受け手の反応についてはこちらのほうが詳しい。

コルナイ・ヤーノシュ 『資本主義の本質について:イノベーションと余剰経済』(講談社学術文庫), 溝端佐登史ほか訳, 講談社, 2023.

  経済思想。著者は1928年ハンガリー生まれのユダヤ系経済学者で、2021年に亡くなっている。父親をアウシュビッツで亡くし、共産党系の団体に所属するも実証主義的な経済分析をした記事を発表しただけで追い出されたなどエピソードのある人である。シュンペーターを評価し、反均衡を掲げて反主流派の立場を採る。本書は資本主義と社会主義を「余剰と欠乏」の概念で比較しているが、とっかかりとなるアイデアをまとめた入門編という印象で、もっと議論が欲しいなあ、と感じてしまった。

安藤寿康 『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新書), 朝日新聞出版, 2023.

  ブルーバックスの『能力はどのように遺伝するのか』の姉妹編、と言っていいのか。あちらがデータで説明するものだとしたら、こちらはエピソードで説明する試みである。著者が研究に使った一卵性双生児のインタビューを用いて、「遺伝的に似ている」というのはどういうことかを理解させようとする。単純化すれば感じ方や好みが類似するということになるだろう。『能力はどのように遺伝するのか』の説明のほうが優れているが、あれが難しいという人にはこちらのほうがわかりやすいはず。

三浦展『再考ファスト風土化する日本:変貌する地方と郊外の未来』(光文社新書), 光文社, 2023.

  洋泉社新書yから発行されていた『ファスト風土化する日本:郊外化とその病理』(2004)と『脱ファスト風土宣言:商店街を救え!』(2006)のその後。著者は、幹線道路沿いに全国チェーンのお店が並ぶ風景を「ファスト風土」と定義して、その無個性さ、地域性や歴史性を欠いたさまを批判してきた。およそ20年を経てのこの続編では、13人の寄稿者によって、ファスト風土論の現在(郊外論と同一視さることが多い)あるいは脱ファスト風土のための取り組みが紹介されている。後者の成功事例は大都市(特に東京)が多く、個性ある街を取り戻すにも人口集積が条件となることは明らかだ。すでにファスト風土になってしまった地方はもう手遅れなんだろう。

ジェーン・マウント 『世界の本好きたちが教えてくれた人生を変えた本と本屋さん』清水玲奈訳, エクスナレッジ, 2019.

  背表紙のイラストを並べるブックガイドで、英米の作品を主に紹介している。日本人作家としては村上春樹作品が数点採りあげられていて、ページをめくっていると近藤麻理恵の『人生がときめく片づけの魔法』(もちろん英訳版)にも出くわしたりする。このほか、世界の図書館や書店の紹介もあって、日本からは蔦屋書店の代官山店と金沢海みらい図書館が言及されている。フルカラーであり、読むというより眺めて楽しむもの。原書はBibliophile: an Illustrated Miscellany(Chronicle Books, 2018.)。

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