29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

貧乏無職引きこもりを歌にする耽美なギターポップ

2014-08-25 22:05:24 | 音盤ノート
The Smiths "The Smiths" Rough Trade, 1984.

  ロック。5年前にベスト盤についてコメントした(参考)が、このバンドのボーカリストだったMorrisseyの新作の秀逸なタイトル"World Peace is None of Your Business"(Harvest, 2014)を見て、思い出して久々聴いてみた。本作は以降の全盛期の名作群ほど完成度が高くない。だが、貧乏無職の非モテ引き込もり青年の自虐ソングというこれまでに存在しなかったコンセプトを大衆音楽の世界に導入し、そして(英国内だけとはいえ)それなりのセールスを上げたという記念すべきデビュー作である。

  サウンドは、しつこいギターのアルペジオを中心とするあまり展開の少ないバンド演奏の上に、憂いを含んだゆったりとした男性ボーカルがのるといもの。当時からバーズ(The Byrds)が引き合いに出されてきたが、似ているのはギターサウンドだけで、全体を貫く憂鬱な感覚は1980年代前半の英国ニューウェーブのそのものである。この作品に限っては、スローでまどろむような優しい曲が多く収録されており、同時期にデビューしたEverything But the Girlに通じるおしゃれなカフェBGM路線の可能性があったことをうかがわせる。しかしその後はもっと自虐の度を高めて攻撃的になるのだが。

  自虐ソングがウリとはいえ、この作品の収録曲の歌詞は見慣れない英単語ともったいぶった言い回しがあって、ややとっつきにくいかもしれない。同年の編集盤"Hatful of Hollow"以降の作品の方が、詞の語り手のキモくて情けない姿がわかりやすい。とはいえ、フォークシンガーのように社会にプロテストするわけでもなく、またロックらしく駄目さをカッコ良さに反転させてみせるわけでもなく、自分の救いようのなさをそのまま提示してみせるというリアリズムはすでに健在である。中二病のこじらせ方としては洗練されている、と当時(初めて聴いたのは86年頃)中坊だった僕はひどく感動したものだ。

  なおtrack 6の'This Charming Man'はオリジナルのRough Trade盤にはもともと未収録だったが、米国Sire盤以降、再発wea盤、再発Rhino盤と必ず付されるようになった。貧乏な美少年が自転車がパンクして困っていたところに、かっこいい車に乗った紳士がやってきてナンパされるという情景を描写した、彼らの代表曲である。もう30年になるのか。
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国内の各社会勢力の入替りをうまく調整できる制度が勝つ

2014-08-23 10:09:46 | 読書ノート
フランシス・フクヤマ『政治の起源:人類以前からフランス革命まで(下)』会田弘継訳, 講談社, 2013.

  前回の続き。上巻は「国家」すなわち能力主義的な中央集権国家と、血縁的な登用システムおよび地方分権体制との相克を描いていた。下巻は「法の支配」と「政府の説明責任」の歴史的展開についてである。

  「法の支配」とは世俗的権力をも拘束する法概念のことである。これは宗教の存在で説明がつくという。西洋では、カトリック教会と王権が分離していた中世において発展した。特に、聖職者の独身と教皇の聖職者の任免権がカトリック教会の能力主義的な官僚システム化を促し、これが該当地域の近代的政府のモデルになったという。インドやイスラムでも世俗超越的な宗教が法の支配を促したが、他の二つの要素が揃わなかった。中国ではそのような宗教は存在せず、法の支配は伝統的に、そして現在でも存在しないという。

  「政府の説明責任」として、そのものズバリの発展史ではなく、国内にあるグループ──王、貴族、中産階級(都市住民)、農民──との勢力バランスが語られる。絶対王政を確立したかのように見えたフランスやスペインは、官職の売買を通じて「家産制」が入り込んだために効率的な行政システムを発展させられなかった。ハンガリーは、英国のように権利の章典で王権を制限するのに成功したが、土地貴族が強すぎて統率のとれた防衛を採ることができずにオスマン・トルコに滅ぼされる。ロシアは王権が強すぎて貴族にとっては恐怖政治の世界だった。英国だけが、国内グループの対立をうまく均衡させて経済発展の軌道に載せたというのだが、中世の司法権から清教徒革命、名誉革命と細かく辿るので複雑な論証となっている。

  全体としては経路依存的な説明で、多くの変数が結果に影響するということである。その中で特に行政制度に着目してみるというのが狙いなのだろう。ただ「考えながら書いた」ような内容で、明快な論理展開にはなってはいない。また、重要だとされる三つの要素のラベリングは適切ではなく、説明される内容を十分表していない。さらに、近年の中国の発展を根拠に所有権は「ほどほどに保護されればよい」とダグラス・ノース(参考)および制度派経済学者を批判するのだが、それを言ったら「法の支配」も「政府の説明責任」も現中国の「近代性」の必要条件ではないのでは、と反論したくなる。とはいえ、そもそも中国やロシアの非近代性を指摘する意図があるようなのだが、では著者の定義する三要素が「近代」の条件としてどれほど説得力があるかという議論に返ってくる。

  以上のように、大枠の議論に荒っぽさがあるという印象は拭えない。が、細かく各国の歴史の特に制度部分に立ち入ってその結果を検証・比較するという記述の面白さはある。個人的には特にハンガリーの盛衰史は興味深った。政府の専制をふせぐ憲法的な抑えは出来た。だが、それは上流層の既得権益に結び付き、都市中流階級の成長を抑え込んだ。結果として「軍事的に弱い国」になってしまった。こうした細かいところに多くのヒントがある著作である。
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相手にするのも疲れるような議論を名指しと出典付で具体的に批判

2014-08-21 16:51:16 | 読書ノート
NATROM『「ニセ医学」に騙されないために:危険な反医療論や治療法、健康法から身を守る! 』メタモル出版, 2014.

  疑似科学批判本。同様の中身を持つブログですでに知られている著者は、九州在住の医師らしいが、本名を明かさない。疑似科学の領域では頭のおかしい人が絡んでくることがよくあるので、身の安全を考えて筆名を使うのはありだろう。だが、もうちょい人名っぽい筆名だったならば引用とかしやすくなってよかった。「ナトロム」だとウルトラセブンで出てくる異星人みたいではないか。

  荻上チキや山形浩生が推薦しているように、論理的で説得力がある内容である。論拠を挙げての自説展開と、特に批判の対象となる相手の名(および出典)を具体的に挙げているところが良い。「名指し批判」を避けるような議論は、わら人形論法であるかのように見えることもあるからだ。また、俎上に載せられたがんの放置治療やホメオパシー、デトックスなどはもうお馴染みのものだが、聴いたこともないマイナーな代替医療もたくさんでてきていちいち反駁しているところには感心する。雑魚の相手は面倒だけれど、誰かがやらないと被害者が増えるからね。

  個人的には、読みながら知人(♂)の家庭の話を思い出した。そこの専業主婦の奥さんは、『長生きしたけりゃ肉は食べるな』という本を信じてしまい、食事に肉類を出さなくなってしまった。結果、奥さんの体力が落ちて怪我がち・病気がちになってしまったという。夫と子どもは日中は別の食事で、おまけに隠れてサラミソーセージを食べていたために難を逃れたとか。たいした実害はないケースでも、「ニセ医学」の信奉は「生活の質」を落とすことになるという警告も本書には含まれている。
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官僚制度に縁故主義が侵入するのをどう防ぐか、中印イスラムの比較

2014-08-19 21:42:30 | 読書ノート
フランシス・フクヤマ『政治の起源:人類以前からフランス革命まで(上)』会田弘継訳, 講談社, 2013.

  比較政治学による近代化論。といってもスケールの大きいもので、国家以前の部族社会から話が始まり、その後も西洋だけでなく、中国、インド、イスラムの国家体制まで細かに辿る。今のところ上巻のみ読了。著者は『歴史の終わり』(1992)で有名な米国の政治学者である。

  著者によれば、近代的な政治体制の確立には「国家」「法の支配」「政府の説明責任」の三つの条件が均衡する必要があるという。これらの三条件の提示は唐突で議論不十分な印象なのだが、我慢して読み進めてみよう。著者のいう「国家」とは、中央集権的でかつ官僚の配置・登用が能力主義的であるような統治機構を意味する。こうした意味での国家は、中国古代の秦が最初であるとのこと。そして中国の王朝は、貴族や地主らの「血のつながった跡取りに財産・地位を継承させたい」という欲望と抗争し続けてきたという。こうした親族あるいば部族を優先する態度は、古代中国だけでなく現代でも世界的に観察できる人間の本性であり、生物学的な基盤がある。これに対し、縁故主義を克服して、支配地域全域で公平で統一的な行政の運営を実施できる国家こそが「近代国家」の名に相応しいというわけである。

  中国の場合、秦漢の後に揺り戻しはあったものの、唐宋明と下って科挙による選抜を洗練させることで土地貴族の台頭を抑えることに成功した。しかし、完全には勝利しないまま現在に至っている。イスラム国家は部族連合で始まったが、オスマン・トルコ時代に東欧から調達した奴隷を軍人および行政官にすることで、国家運営に縁故主義が入り込むのを抑えた。だが、時代が下ると官僚の地位の継承が見られるようになりオスマン帝国は衰退してしまった。インドの場合はそもそも中央集権体制が確立されず、部族社会のままに留まったとの評価である。対照的なのがヨーロッパのカトリック地域である。平等な夫婦による一夫一婦制という家族制度は、部族社会を解体して核家族化を促進した。加えて、跡継ぎのいない夫婦の財産や土地を教会に寄進させることで、中世のカトリック教会の経済力を高めたという。

  以上のように上巻は、国家の腐敗の温床たる縁故主義(本書ではウェーバーを意識して「家産制」という語を使っているが、ニュアンスが違う)を克服するための、各地域での試行錯誤について論じている。結局、親族・部族社会を潰すには権力を使って正面からアプローチするのではなく、宗教によるイデオロギー的洗脳が効果的だということなのだろうか。法と説明責任がどう絡むのかについては下巻の話のようである。
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ポルトガルの民族楽器とジャズベースによる二重奏

2014-08-13 12:03:18 | 音盤ノート
Charlie Haden, Carlos Paredes "Dialogues" Antilles, 1990.

  ジャズと民族音楽の混交作品。ギターとベースのデュオだが、ポルトガルの民族楽器である「ギターラ」という、復弦6コースの玉ねぎ型の楽器が用いられている。通常のギター音よりも高くて繊細である。奏者のカルロス・パレデス(1925-2004)はその名手らしいが、他の作品は聴いたことがない。ヘイデンはご存じのとおり(参考)の米国の名ベーシストである。

  ヘイデン作の'Song For Che'以外の収録曲はパレデス側のレパートリーだと推測される。ギターラのサステインは短く、かわりに速いテンポでのピッキングで和音とメロディを紡ぎだしている。音色はどこか可愛げだし、哀愁もある。演奏も巧い。がしかし、同じくギターラを使うポルトガルの民族音楽にファドがあるが、その女王アマリア・ロドリゲスの歌唱を聴いたときと比べると、胸に迫るような感覚に欠ける。僕の中でこの楽器に対し歌伴のイメージが強烈にあるため、何となく物足りない気がしている。

  民族音楽寄りの演奏で、ヘイデン側の自己主張に欠けるという点も理由にあるかもしれない。女性ボーカルを入れて、米国人プロデューサーにお願いしたら、"Getz/Gilberto"のようなローカルな音楽をモダンに解釈した新しい音楽が出来たのではないかと想像する。が、売れたら売れたで文化植民地主義だと批判も呼びそうだ。
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諜報活動をいかに統制・活用するかについての入門書

2014-08-11 22:15:33 | 読書ノート
小谷賢『インテリジェンス:国家・組織は情報をいかに扱うべきか』ちくま学芸文庫, 筑摩書房, 2012.

  インテリジェンス領域の概説書。国家機関による外交・治安に関する非公式の情報収集・分析活動についての教科書である。当該領域を通覧し、関連概念についていろいろと教えてくれるが、説明は論理的というより事例中心である。CIA、KGB、モサドなどの活動例がいろいろ出てくるが、世界史の裏側を見るようでなかなか楽しい。「イラク大量破壊兵器保有情報の出所と誤解が広がった理由」「キューバ危機におけるキューバ国内のソ連製弾道ミサイルの存在の確証」など。だが全体としては、インテリジェンス組織のガバナンスにアクセントがある。収集・分析した情報の精査、および情報の有効活用はやはりいつの時代のどんな国でも問題であるようだ。使う側の能力が試されるところなのだろう。

  ちょっと気になったのは、出版の経緯。本書は、発行された翌年に成立した「特定秘密保護法」を支持する内容で、文春とか小学館からの出版ならばわかる。それがなぜ筑摩書房から発行されたのか?しかも珍しい文庫版の書下ろしで。受講生に購入させることを条件に複数の研究者の執筆で教科書を作るという企画は中小出版社がよくやる手であるが、筑摩はそういうところではないしなあ。

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第三の場を公立図書館で、あるいは書架併設の多目的空間

2014-08-08 15:22:14 | 読書ノート
猪谷千香『つながる図書館:コミュニティの核をめざす試み』ちくま新書, 筑摩書房, 2014.

  日本国内の先進的な図書館の取組みのレポート。武蔵野プレイス、千代田図書館、小布施町まちとしょテラソ、鳥取県立図書館、神奈川県立図書館、伊万里市民図書館、武雄市図書館、船橋市や島根県海士町のマイクロライブラリーなどが紹介されている。そのほか指定管理者をめぐって図書館流通センター(TRC)に取材したり、電子図書館の動向なども伝えてくれる。旧来のイメージとは異なる、新しい図書館像を接することができる優れた著作である。

  紹介されている図書館の方向性は大ざっぱにいって三つ分けられる。一応「無料貸本屋批判を受けて課題解決型図書館が目指された」というストーリーがベースとしてあるが、ビジネス支援や調査研究支援に通常より多く資源配分する図書館の例として挙げられているのは上記の二つの県立図書館であり、鳥取は成功例として、神奈川は理解を得られなかった例としてである。千代田図書館もこの系統に入れることができるだろう。一方、伊万里市民図書館は人的資本を充実させた正統派の公立図書館のように見える。これら以外の事例は「ついでに本もある住民の人的交流の場」が目指されているようであり、ケースによっては「域外からの集客」への色気もあるというものである。

  個人的には、三つ目の「つながりの場」としての事例の方が興味深かった。アンニョリの言う「知の広場」(参考)やオルデンバーグの「サードプレイス」(参考)が基本コンセプトになるのだろうか。ただ、そういう場所がアメニティの良さだけで上手く維持できるとも思えないから、ファシリテーター的役割をこなす人物の関与は必要になるだろう。だが、そういう人にどのような知識やスキルが必要なのかよく分からない(人脈か?)。また、運営側は地域に人材が現れてボランティア的に施設に貢献してくれるのと考えているのだろうか。あるいはクリエイティブな交流は不要であり、カフェ的なたまり場というささやかな目標でよいのか。
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2000年頃とそれほど変わらない無料貸本屋事情

2014-08-06 08:16:39 | 読書ノート
宮田昇『図書館に通う:当世「公立無料貸本屋」事情』みすず書房, 2013.

  公共図書館に関するエッセイで、もとは『みすず』の連載。著者は1928年生まれ。早川書房に勤務し、のち独立して翻訳エージェントとなる。内田庶というペンネームで、ミステリーやSF小説などを児童向けにリライトしたりもしている。本書は、著者が引退後に居住する市の公共図書館(おそらく藤沢市)の利用者となって感じたことや思い出話をまとめたものである。17章あるが、どれも前半に一つの小説作品・作家・出版界の話題をおき、後半に図書館の話というパターンで書かれている。

  余暇に小説の読書を楽しむ読者として、「公立図書館が無料貸本屋であることはありがたい」というのが著者の基本的な立場。ただ、説得力のある理由が披露されているわけではなく、へヴィユーザーとしてそう願うという私的利益の話の域を出ていない。こうした主張よりも、編集者としての著者の思い出話や、公共図書館事情(「図書館の本は汚い」などの指摘)を知って楽しむべき本なのだろう。

  著者は、発売直後の東野圭吾『マスカレード・ホテル』(複本9冊)を予約して8ヶ月後もまだ待つこと64人、おなじく池井戸潤の『下町ロケット』(複本11冊)は113人待ち。前者は11ヶ月後、後者は12ヶ月半後に借りることができたという。供給の制約を長蛇の列で解決するというのは末期のソ連のようだ。このように、貸出批判が起こった2000年ごろと変わらない状況が今も続いていることがわかって興味深い。
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道徳は6次元あり、リベラルはうち3つにしかコミットできていないと批判

2014-08-04 10:38:52 | 読書ノート
ジョナサン・ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか:対立を超えるための道徳心理学』高橋洋訳, 紀伊國屋書店, 2014.

  道徳の起源について進化心理学的に考察する書籍。オビには「リベラルはなぜ勝てないのか?」とある。著者は米国の社会心理学者で、本書でユダヤ人であることと、かつてリベラル(しかもかなり熱心な)であったことを告白している。原著は"The Righteous Mind: Why Good People are Divided by Politics and Religion"で2014年の発行。

  著者によれば、哲学および心理学の主流において、善悪の感覚は発達段階とともに理性的に獲得するものだと考えられてきたという。しかし、近年の諸研究に従うと、それは生まれつき備わっているものである可能性が高い(もちろん学習によって変化する部分もある)。すなわち、道徳は理性的である以上に直観的なものである。このような議論は今では特に目新しくないかもしれない。けれども、著者は進化学者の間で主流の「利己的遺伝子」仮説を取らず、群淘汰を支持する立場を採っている。「利己的」であっても人間の協力関係を説明する学説はあるのだから、わざわざ群淘汰と関連付ける必要は無かったように思える(詳細はshorebirdの書評参照1))。

  一方、どのよう道徳が存在するのかについての議論は興味深い。著者は、アンケート調査を繰り返しながら次の六つの次元があると考えるようになったという。<ケア/危害>、<自由/抑圧>、<公正/欺瞞>、<忠誠/背信>、<権威/転覆>、<神聖/堕落>である。スラッシュの前部分が善で後ろが悪、各々の詳細は本書を参照。<公正/欺瞞>だけ解説すると、それは単純な結果の平等ではなく、「働きに相応する分け前を預かる」という比例配分原理的な考え方である。<忠誠/背信>以下の後半の三つは、所属集団の秩序に関連する道徳であるとされる。これらは、近代社会(の特にエリート層の世界)では無視されており、道徳の範囲外すなわち個人の信条の問題とされがちである。しかしながら、それ以外の多くの社会──近代社会の下層の間でも──で普遍的に見られる道徳次元であるという。

  米国のリベラルたちは、上の六つのうち<自由/抑圧>と<公正/欺瞞>、特に<ケア/危害>を重視する。しかし、彼らは後半三つの道徳にコミットしないために、米国の一般の人にとっては欠陥があるように感じられているという。一方、保守主義者(リバタリアンは除く)は六つの道徳次元すべてに対して訴えかける。この点、選挙においては保守主義者のほうが有権者のニーズを広く押さえることができ、優位にあるという。ただし、その優位は規範理論として正しいということではなく、現状認識における優位にすぎないと断っている。著者は、あくまでも、統治は功利主義的に、すなわち生得的な直観ではなく理性的に行われるべきであると述べている。

  以上がその要旨。面白いことは面白いのだが、最後には大卒リベラル層に対して、政策目標ではなく選挙戦略上におけるリベラル派の盲点を教えるというニュアンスになってしまっているのは、結論の広がりを欠くような気がする。現在の民主主義=資本主義社会では、直観的な共同体優先の道徳を肯定するのははばかられるということなのだろう。ただ、著者のようにせっかく明らかにした道徳の6次元を、個人主義と共同体主義との二項対立に還元する必要もないはずだ。そういう意味で、途中の部分にたくさんのヒントがあるように思う。

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1) shorebird 進化心理学中心の書評など /「社会はなぜ左と右にわかれるのか」
  http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140622
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アルゼンチン発のアコギ音楽その2

2014-08-01 14:32:10 | 音盤ノート
Quique Sinesi "Danza Sin Fin" Epsa, 1998.

  ワールドミュージック。ただし、どちらかと言えばフォルクローレの影響を少々感じさせる「クラシック」系のギターである。前回紹介したキケ・シネシの1998年のソロ作で、Ahoraというレーベルから日本盤も発売されている。日本盤といっても、輸入盤に日本語解説と帯を付しただけのものだけれども。

  12曲収録で、ほとんどが7弦ギター一本による演奏だが、いくつかの曲でゲストを迎えている。4曲目は別のギタリストとのデュオ。2曲目と12曲目はカルロス・アギーレによるピアノとのデュオ。7曲目はベースとバンドネオンとのトリオ。これら共演曲はいずれも美しく、出来が良い。独演曲では超絶技巧を披露して飽きさせないのだが、曲によっては叙情感がやや薄れる。が、全体的には一本調子にならず、静かながら50分強を一気に聴かせる。

  たいていのアコギ演奏は清涼感と孤独感を感じさせるものだが、シネシの演奏は孤独感低めで清涼感高めなのが特徴。情感を湛えているのに、聴いていても寂しくならないのが面白い。
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