29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

商業雑誌に需要があって面白く感じられた時代

2019-04-30 15:40:31 | 読書ノート
吉田則昭, 岡田章子編『雑誌メディアの文化史:変貌する戦後パラダイム』森話社, 2012.

  10人の著者による商業雑誌の研究書だが、一般の人でも読める。取り上げられているのは以下の雑誌。前半は『週刊朝日』ほか総合週刊誌、『婦人公論』と『暮らしの手帖』などで、これらは1940年代~50年代の動向が主。『non・no』『anan』を筆頭とする女性誌については1970年代~00年代の変遷が扱われている。この他『popeye』の全盛期、台湾における日本情報誌、海外雑誌ビジネスについての各論がある。

  総合週刊誌については、よく知っているというほどではないけれども、(中年男性ならば)なんとなく勘があるので、確認するように読む感じだった。一方、女性誌については未知の領域であるために面白く読めた。『婦人公論』と『暮らしの手帖』が、主婦の扱いを巡って一時期ライバル関係にあったとは知らなかった。また、1980—90年代の女性誌を、対象読者の年齢層や未婚・既婚か、働いているか主婦かで細かく分けて、系譜も含めて解説してくれているのは有難い。

  なお、2017年に「増補版」も発行されていて、マガジンハウス論とニューミュージック・マガジン論が追加されているらしいが、未読である。読んでみて、「戦後」というのは1945年以降の「昭和」限定の話だという思いを強くした次第。本書を読むと、雑誌への高い需要もあって、出版社がニッチを突くことで新たな読者層を獲得できた幸福な時代だったことがわかる。
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かつては退廃的だったのに今作では健康かつ清廉に

2019-04-25 21:42:51 | 音盤ノート
Giovanni Guidi "Avec Le Temps" ECM, 2019.

  ジャズ。イタリアの若手ピアニスト、ジョバンニ・グイディ(参考)のECMでのリーダー録音三作目。Thomas Morgan(bass)とJoao Labo(drums)は前作から引き続きで、今作ではFrancesco Bearzatti(tenor sax)とRoberto Cecchetto(guitar)の二人が新たに参加している。

  全8曲中クインテット編成での演奏はtrack 2からtrack 7まである。最初と最後の曲はピアノトリオでの演奏である。だが、新しく加わった二人のイタリア人奏者(ともに50代のベテランだ)は、頑張ってはいるのだけれども強烈な個性に欠ける。これなら全曲ピアノトリオ演奏にしたほうが良かったと感じる。それと、前二作で目立った退嬰的かつ耽溺的な曲が無くなってしまった。つまり、己の不幸を大量のアルコールで紛らわせているかのような感覚が後退した。ピアノは相変わらずのアルペジオを奏でているのにも関わらず、なんだか清廉である。

  というわけ気に入らなかった。イタリアでは知られていたベテラン奏者に世界でスポットライトを浴びる機会を与えたということなのだろうけれども、そうした配慮やバランス感覚が、音楽を小さくまとめさせてしまったという気がする。アーティストならば、衝動をコントロールすることなど考えずに「やり過ぎ」てほしい。次作ではトリオ演奏を望む。
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効率よく仕事をしても生産性が低いことはありうる、と

2019-04-21 23:26:49 | 読書ノート
デービッド・アトキンソン『新・生産性立国論』東洋経済新報, 2018.

  日本経済論。著者は英国出身のビジネスマンで、ゴールドマン・サックスを辞めた後、日本の文化財を補修する会社の経営をしているとのこと。すでに東洋経済新報から『新・観光立国論』『国宝消滅』『新・所得倍増論』『世界一訪れたい日本のつくりかた』の四冊の著作を発行しており、本書は五作目でとなる(すでに六作目も出ている)。個人的には著者の本を初めて読んだ。

  その主張はこう。人口が減少する将来の日本においては、労働者一人当たりの生産性を、維持するだけでなく向上させていく必要がある。なぜなら、生産性の向上無くして、社会保障制度を維持できないし、国際的なプレゼンスも失われるからだ。このため日本企業の経営者は、労働分配率を高め(すなわち内部留保を削って給料を上げ)、女性を活用し(働く女性および子どもがいる女性を優遇し)、高付加価値の製品やサービスに資源を特化せよ、政府は生産性の低い中小企業を保護なんかするな、と説く。

  日本の労働者の質は高いが経営者は無能、という指摘はそうなんだろう。したがって、駄目な経営者に代わって政府が改革を主導することが肯定される。うーむ、資本主義社会としてそれでいいのだろうか。経営者が無能であることを許す制度的な問題──おそらく労働者も「共犯」している──もあると思うのだが、そのあたりの分析がないのが瑕疵である。このため処方箋も十分なようには思えない。
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人口の2%に達するという、日本に存在する移民を可視化する

2019-04-17 12:27:09 | 読書ノート
望月優大『ふたつの日本:「移民国家」の建前と現実』講談社現代新書, 講談社, 2019.

  日本の「移民」の現状について伝える新書。移民の概念と人数、対応する日本の法制度と問題を一気に通覧できる。著者は東大院を出たのち経産省、Google、スマートニュースと渡り歩いて、現在は株式会社コモンセンス代表兼「ニッポン複雑紀行」編集長とのこと。社会企業家というやつか、と思ってコモンセンス社のHPをのぞいたら酒類販売が主な事業のようだ。

  「移民」の定義は定まっていないとのことだが、永住者だとすると109万人、在留外国人とすると264万人、帰化者なども含めると400万人となるという。移民輩出国には時代の変化があり、1990年代までは韓国が圧倒的で、今世紀では中国が激増している。1990年代に目立ったブラジルからの移民はリーマンショック以降減少し、近年はベトナム出身者が増えているという。滞在資格にも、永住権などの資格と期間限定の就労・留学・技能実習などの資格がある。技能実習はブラック労働であり問題が多いというのは周知のとおり。このほか、非正規滞在者の収監と強制送還や、昨年事実上の移民受け容れ政策だとして論争になった「特定技能」などについて議論されている。

  まずは現状、日本には多数の移民が滞在しており、彼らが存在することを認めようという主旨である。そのうえで社会的包摂について考える必要がでてくるのだが、それは本書の先の話だ。また、移民を認知することとは無関係に、外国人の人権及び労働者としての権利は守られるべきである。だが、日本政府の解決への意欲は疑わしい本書はいう。まあ、安い労働力であるということ以外、何も考えていないだろうな。

  愛知県のような工場地帯の出身者としては、1990年代のブラジル人労働者の大量流入は身近な出来事だった。浪人時代に、予備校の河合塾で外国人労働者問題がディスカッションの議題となったことを覚えている。1997年には、小牧市でブラジル人労働者の子どもが地元の日本人不良少年のグループに殺害されるという事件もあった。現在住んでいるさいたま市の南の蕨市や川口市にも外国人住民が目立つし、大学で指導する学生が外国出身者あるいは親の出身が中国・フィリピン・マレーシアだということも毎年少数あった。英文科に所属したこともあるので、専門職の外国人あるいは帰化者も知っている。個人的には、そういう経験や日常を整理して理解させてくれる好著であった。
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税収減の中で公共施設をどう維持してゆくか

2019-04-13 13:39:37 | 読書ノート
南学編著『先進事例から学ぶ成功する公共施設マネジメント:校舎・体育館・プール、図書館、公民館、文化施設、庁舎の統廃合と利活用の計画から実践まで』学陽書房, 2016.

  公民館や公営体育館などの施設経営についてノウハウを集めた一般向け書籍で、読者対象は地方公務員である。タイトルには誤解を招くところがあり、「地方自治体の予算減少を前提として、効率よく施設を運営するにはどうしたらよいか」を論ずる内容であり、集客方法の話ではないことに注意されたい。全体の2/3以上を東洋大学教授の南学が、残り1/3以下を寺澤弘樹・堤洋樹・松村俊英の3人で章を分けて執筆している。

  予算減が見込まれるなかでの施設運営に対する回答は以下のようなもの。まずは公会計についての見直しで、人件費や減価償却費などを可視化せよという。次に、図書館、体育館、公民館などはできるだけ複合施設化して管理コストを下げよ、というもの。これに抵抗する部局といった縦割り行政問題や、既存利用者の反発などについても言及がある。続いて、民間企業の積極活用で、指定管理や、その逆に民間オフィスを役所が借りるなどの事例が紹介されている。さらに、稼働率の低い公営施設(学校のプールなど)の有効活用が挙げられ、うまく使えば収入源になるというアドバイスがある。このほか、さまざまなケースが紹介されている。

  武雄市図書館と伊万里市民図書館の事例が挙げられていたので読んでみた。本書ではどちらも成功事例扱いである。ただ、どちらも「予算の減少と施設維持の困難」という本書の文脈とは異なった意味での「成功」であり、話としては全体から浮いているように感じる。それよりも、複合施設化やら、社会教育施設という建前から敢えて離れての「首長主導の」公共施設の振興といった話のほうが、図書館関係者には参考になると思う。「地方自治の世界においては図書館は単なる一施設にすぎない」という視線での議論は、個人的には新鮮だった。自治体自体の存続のほうが重要というわけで、やっぱ金だよね。
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茫漠とした電子ノイズ音の美

2019-04-09 22:05:26 | 音盤ノート
Fennesz "Agora" Touch, 2019.

  エレクトロニカ。「グリッチ系ノイズ音を配した叙情派ドローン・アンビエント」と記しても何が何やらだが、音のうねりを聴かせる静かだがザラついた感覚のあるインスト音楽だと思ってもらえればよい。"Becs"以来5年ぶりのソロでのスタジオ録音作品である。

  10分以上の曲を4 track収録している。エレクトリックギターの音を電子的に加工して重ね、さらにシンセサイザーも使っているようだ。クレジットにはボーカルも記載されているが、レイヤー的に使用されており歌はない。特定の楽器音がメロディラインを独占するわけではなく、サウンド全体で曲をゆったりと展開させてゆく。本作は派手で分かりやすい奇矯な電子音ではなく、天から降り注ぐような残響音と心地よいノイズ音を聴かせるものである。そこに美を感じられるかどうかで好みが分かれるだろう。なお、P-Vineからの日本盤にはボーナストラックが付いていて、オリジナル収録曲の雰囲気を壊さない程度のクオリティとなっている。

  相変わらずの叙情感で神々しい。けれども、個人的にはフェネスのスタイルに慣れてしまったこともあって、何か新機軸がほしいとも感じている。十分に質の高い作品ではあるが、"Endless Summer"ほどではないと思う。
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日本列島形成のメカニズムとその将来

2019-04-05 14:21:26 | 読書ノート
山崎晴雄, 久保純子『日本列島100万年史:大地に刻まれた壮大な物語』ブルーバックス, 講談社, 2017.

  日本の地形と地質について、プレートテクトニクス理論に基づいて解説する内容である。1章だけ日本列島形成についての総論で、2章以降で北海道、東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州、と各地方の目立った地質学的特徴について解説している。

  各地方の地形形成の説明がいちいち面白い。「石狩川はかつて苫小牧方面に向かって太平洋側に河口があったが、火山噴火によってせき止められ、日本海側に注ぐようになった」「三陸リアス式海岸の将来だが、岬が削られて砂州ができ、土砂が溜まって最終的には平野になる」「関東平野の真ん中あたり(行田など)は沈降している」などなど。地形形成にはメカニズムがあってある程度将来を予測できることと、現在ある地形が長い地球の時間の中の一時的な姿にすぎないことの二つを理解させてくれる。

  なお「おわりに」によれば、5刷において専門家からの指摘を反映させたと記載しているが、どの程度の変更だったかはよくわからない。新たに購入する場合は奥付の刷数を気にしたほうがいいだろう。
  
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能力があるなら組織に属さないでフリーで働け、と

2019-04-01 21:42:24 | 読書ノート
橘玲『働き方2.0 vs 4.0:不条理な会社人生から自由になれる』PHP研究所, 2019.

  キャリア論。タイトルにある働き方のヴァージョンは次のようになっている。1.0というのは年功序列と終身雇用の日本型雇用のこと。2.0は成果主義と同一労働同一賃金のグローバル・スタンダード。3.0はプロジェクト単位でスペシャリストらが共働し、終わったら解散するというシリコン・バレーでみられる就労形態らしい。4.0はフリーエージェント制で、得意な領域で評判をこつこつ築きあげつつ、会社に所属せずに世をわたっていくという働き方である。いちおう、5.0というのもあって、機械がすべての仕事をこなすというAI支配の未来図だ。

  現在の安倍政権は、日本の雇用を1.0から2.0にバージョンアップしようとしている。1.0は、非正規雇用者、女性、老人、外国人などを排除した、能力にもとづかない待遇や昇進が跋扈する差別的な雇用慣行(著者は「グロテスク」を連呼している)で、グローバルスタンダードから乖離しているというだけでなく、合理性もないとみている(だから日本企業は世界で敗北する、と)。したがって、2.0に移行するのは望ましい。のだけれども、すでに2.0は、他の福祉国家において能力ある移民と無能な自国民という対立を引き起こして問題含みとなっており、著者はこれから世に出る若者に4.0の働き方を推奨している。ただし、個人的には3.0と4.0は同じようなものに見え、その違いはよくわからなかった。

  しかしながら、学卒者にいきなり起業せよと言っているわけではなく、提示されるのは人的資本を高め、評判と人脈を培って仕事を請け負えという、長期間の継続的努力が必要な生き方である。最初は会社員からスタートすることもあるだろう。ただし、バックオフィスの仕事(すなわち事務)には将来性があまりないので、スペシャリストとなるキャリアが勧められる。才能があれば、クリエイターになればよい。女性には専業主婦なんかにはなるな、老人には定年後も経験を生かして働き続けろ、とアドバイスしている。このほか、世界的IT企業の雇用方針などの情報も興味深い。

  というわけで、僕のように40代も後半に入った身には今更なところもあるのだが、日本の雇用の未来を考えるうえでは示唆の多い内容だった。もちろん、終身雇用制が日本から今後消えてなくなるとは考えられず、誇張されているところはある。だが、組織の中で疲弊したくないという層もかなりの数がいるはずであり、そういう層には会社員とは別の生き方を提示してくれる本書がある程度参考になるだろう。
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