アリステア・ブラック『新・イギリス公共図書館史:社会的・知的文脈1850‐1914』阪南大学翻訳叢書, 藤野寛之訳, 日外アソシエーツ, 2011.
英国の公共図書館について、成立期から第一次世界大戦までの間の、時代の雰囲気や思想的背景から、当時その意義についてどう解釈されてきたか、そして現在どう解釈されうるかを論じた内容。専門家向けではあるが、英国図書館史を主題とした日本語の書籍はありそうでいてほとんど無く、意義があるだろう。
論述の流れは次のようなものである。19世紀のイギリスでは、経済の繁栄とともに労働者階級の伸張があった。こうした背景の中、公共図書館の設立や普及に重要な影響を与えた思想として、当時流行していた功利主義をまず探っている。1850年の公共図書館法成立に尽力した議員ウィリアム・ユーワートと図書館員エドワード・エドワーズには、その影響が見られるそうだ。ただし、ここでは功利主義の功利計算云々の倫理学的側面ではなく、労働者階級の境遇を改善しようという社会改良的な意図の方がクローズアップされている。
さらに、そうした社会改良主義には、単に「革命を阻止する」というブルジョワ・イデオロギー的な意図だけが含まれていたわけではなかったという。むしろ、美的なものに接することによる人間性の向上を目指すという理想主義が、図書館の推進者の間で本気で信奉されていた。この点において、公共図書館に経済的貢献だけでなく人文学をも志向させることになった。そうした志向と、図書館での学習による優れた労働力の育成を期待した産業界の要求(一部の図書館員の要求でもある)とは、見かけ上はもつれあって展開しつつも、緊張をはらんでいた。公共図書館は、労働者を管理しようという意図だけでなく、中産階級が理想とする人間観を強く反映していたわけである。
しかし、それらの公共図書館の志向は功利主義ともに、第一次大戦前には衰退した、というのが著者の見立てのようである。その他、米国の影響、図書館員のイメージ、図書館建築についても論じられている。
翻訳は直訳調で読み難い。まったく意味がとれない文に出会うこともしょっちゅうある。原著者がカルスタ系の人のようで、原文が難解なのだろう。ただ、「ダーウィン社会主義」「ケインズの言う増殖効果」(p160)「前ラファエル派」(p238)なる見慣れない訳語も散見される。原文はチェックしていないのだが、これらはおそらく「社会ダーウィニズム」「乗数効果」「ラファエル前派」と訳されるべきものだろう。こうした瑕疵はあるが、重要な翻訳であることには変わりない。
英国の公共図書館について、成立期から第一次世界大戦までの間の、時代の雰囲気や思想的背景から、当時その意義についてどう解釈されてきたか、そして現在どう解釈されうるかを論じた内容。専門家向けではあるが、英国図書館史を主題とした日本語の書籍はありそうでいてほとんど無く、意義があるだろう。
論述の流れは次のようなものである。19世紀のイギリスでは、経済の繁栄とともに労働者階級の伸張があった。こうした背景の中、公共図書館の設立や普及に重要な影響を与えた思想として、当時流行していた功利主義をまず探っている。1850年の公共図書館法成立に尽力した議員ウィリアム・ユーワートと図書館員エドワード・エドワーズには、その影響が見られるそうだ。ただし、ここでは功利主義の功利計算云々の倫理学的側面ではなく、労働者階級の境遇を改善しようという社会改良的な意図の方がクローズアップされている。
さらに、そうした社会改良主義には、単に「革命を阻止する」というブルジョワ・イデオロギー的な意図だけが含まれていたわけではなかったという。むしろ、美的なものに接することによる人間性の向上を目指すという理想主義が、図書館の推進者の間で本気で信奉されていた。この点において、公共図書館に経済的貢献だけでなく人文学をも志向させることになった。そうした志向と、図書館での学習による優れた労働力の育成を期待した産業界の要求(一部の図書館員の要求でもある)とは、見かけ上はもつれあって展開しつつも、緊張をはらんでいた。公共図書館は、労働者を管理しようという意図だけでなく、中産階級が理想とする人間観を強く反映していたわけである。
しかし、それらの公共図書館の志向は功利主義ともに、第一次大戦前には衰退した、というのが著者の見立てのようである。その他、米国の影響、図書館員のイメージ、図書館建築についても論じられている。
翻訳は直訳調で読み難い。まったく意味がとれない文に出会うこともしょっちゅうある。原著者がカルスタ系の人のようで、原文が難解なのだろう。ただ、「ダーウィン社会主義」「ケインズの言う増殖効果」(p160)「前ラファエル派」(p238)なる見慣れない訳語も散見される。原文はチェックしていないのだが、これらはおそらく「社会ダーウィニズム」「乗数効果」「ラファエル前派」と訳されるべきものだろう。こうした瑕疵はあるが、重要な翻訳であることには変わりない。