29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

難解な証明手続きを打ち立てられた世代間倫理

2023-02-24 09:30:00 | 読書ノート
廣光俊昭『哲学と経済学から解く世代間問題:経済実験に基づく考察』日本評論社, 2022.

  経済学。将来世代のために現世代での強制貯蓄(≒増税あるいは資源保護)をしてもらうとしたら、どういうロジックを展開すればよいかについて検討している。理論レベルの議論ではあるが、世代間の合意の形成について検証するためにゲーム理論ベースの実験も行われている。数式ありの専門書で読者を選ぶ。著者は財務省所属の国家公務員である。

  世代間で協力行動(≒先行世代による資源の食い潰しを止めること)を促すには、現世代の責任感に訴えるより、将来世代との間に互恵性があることを理解させるほうがよいという。そして、世代間での「互恵性の理解」を長続きさせるには、それぞれの世代で道徳教育を実施すること、また方法としては熟議がよいとのことである。

  実験は本来ならば時代をまったく共有しない世代間で行われるべきものだが、本書では年齢は違えど同じ時代を共有している異なる世代の間の行動を観察したシミュレーション的なものとなっている。その結果について読者がどの程度説得力を感じるかであるが、反論する材料もないというところである。

  最終的な結論は難しくないが、証明方法が難しい。結論を受け容れたとしても政策に適用するにはまだ先が長いという印象で、現世代が支配する民主制にどうタガをはめるかとか、実際にどのような形で強制貯蓄するかとか、残された議論は多い。その前段階にあたる理論構築のための作業という位置付けだ。 
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不合理の侵入と熟議の有害性を批判する反民主主義論

2023-02-18 09:44:01 | 読書ノート
ジェイソン・ブレナン『アゲインスト・デモクラシー』井上彰ほか訳, 勁草書房, 2022.

  民主主義反対論。民主主義は十分に上手く機能しないので、知者の統治(epistocracy)に替えるべきだと説く。著者は(訳者解説によれば)リバタリアン寄りの米国の政治学者であり、原書はAgainst Democracy (Princeton University Press, 2016)で、邦訳にはペーパーバック版(2017)の序文が付されている。邦訳は上下二冊組みだが、論理展開はわかりやすく、一般の人にも読みやすいだろう。

  民主主義の問題は、愚かな意思決定がなされてもその決定が及ぶ範囲から離脱することが困難であり、強制的に甘受せざるを得ないことだという。民主主義国は歴史的には非民主主義の国より優れたパフォーマンスをあげているとはいえ、「慈悲深い独裁者」によるより優れた統治の可能性もあったりして、もっとマシな体制はないのだろうか、というのが著者の疑問である。

  まずは民主主義への批判である。米国の調査では、大半の有権者は無知で、自らが支持しているはずの共和党または民主党がどのような政策を実施したのか、あるいはどのような政治思想を持っているのかわかっていないという。一方で、政治的知識をある程度有する社会層は、イデオロギーに基づいたバイアスに汚染されていて、ある政策がどのような帰結をもたらすのかについて都合のよい解釈をしがちである。ごく一部の者だけが公正でかつ政策の帰結を理解したうえの投票ができるという。

  このほかの民主主義擁護論も批判される。誰にでも一人一票というのは社会の平等の指標となるのか?いいえ、医師免許のように能力主義に基づいてある種の活動を有資格者に限るということは普通に行われており、統治の領域でも有能な者に投票資格を限定することは無資格者への差別とはならない、と答える。熟議などのプロセス重視に意味はあるか?いいえ、議論は参加者の党派性をより高める、かつ最終的には話し合いへの忌避を生むという実証研究が蓄積されており、むしろ市民間の協力行動を阻害するので有害である、と答える。

  以上のように、民主主義へ批判部分に関しては、予想される民主主義擁護論に対して実証研究を用いて説得力のある回答をしており、かなり強力な議論となっている。しかし、知者の統治(epistocracy)を肯定するくだりは示唆的なレベルにとどまっていて、具体的にどういう制度になるのかはわからない。これからの検討課題ということになるのだろう。知者の統治への賛否についてはさておき、民主主義に侵入してくる愚かさをどう防ぐのかというのが今世紀の大きな課題であることはわかった。
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ソフトウェア購入やデータベース購入の際の注意書きとして

2023-02-08 10:15:13 | 読書ノート
カール・シャピロ, ハル・ヴァリアン『情報経済の鉄則:ネットワーク型経済を生き抜くための戦略ガイド』 (日経BPクラシックス), 大野一訳, 日経BP, 2018.

  経済学。情報機器産業・コンテンツ産業も視野に入れているが、主にソフトウェア産業を対象としている。1990年代後半のインターネット黎明期の事例を多く扱っている。著者二人は米国の経済学者で、原書はInformation rules: a strategic guide to the network economy (Harvard Business School Press, 1999)である。最初の邦訳として千本倖生・宮本喜一訳『「ネットワーク経済」の法則:アトム型産業からビット型産業へ…変革期を生き抜く72の指針』(IDGコミュニケーションズ, 1999)がある。

  情報経済の特徴は以下のように描かれている。製品を作る側にとっては、製品化までのコストはかかるものの、それをコピーするコストは低い。消費者にとっては、一部の製品については使い方を学習するのに時間と労力がかかり、使い勝手を覚えた製品から別の製品に乗り換えることにコストがかかる。こうした状況をロックイン(囲い込み)という。製品にはネットワーク外部性が働き、周囲の人が使っているものほど求められる。このため、普及している製品はさらに普及するという正のフィードバックが働く。

  というわけで、まずは顧客をヘヴィユーザーか、ライトユーザーか、または製品未使用の新規開拓層なのかを識別し、セグメント毎の価格付けをすべしと説く。ただし、製品のタイプや市場動向も関係するので、バージョンアップで価格差別をするかバンドル売りで利益を得るかはよく考えるべし、と。また、囲い込み戦略も度を越すと、消費者から嫌悪されたり、独禁法違反の指定を受けたりするので気をつけるべし、と。このほか、標準化のための合従連衡に際して採るべき態度、ライバル企業との関係についてアドバイスがある。

  以上。ネットスケープがやたら登場して事例の古さは感じるものの、中身は現在でも参考になる。図書館関係者としては、データベース業者が大学図書館をロックインして高額でバンドル売りをしてきたことが思いだされる。この本に書いているそのままのことをやられて、大学はカモられてきたのだった。今から手にとっても遅くはない。消費者の側も自衛目的でタメになる。
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