29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

元水泳部の現在の体力

2009-06-29 16:02:41 | チラシの裏
  土曜日に静岡市内のプールに泳ぎいった。中学校時代は水泳部だったが、以降はまとまった量を泳いでいない。そういうわけで久々。100mを、クロール、平泳ぎ、背泳ぎで6セットぐらい泳いでみたが、25mにつき30秒ぐらいの休みを必ず入れないととても続けて泳げないことがわかった。体力つけなくちゃなあ。
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装いに反してかなり堅実な内容

2009-06-26 09:28:41 | 読書ノート
坂口菊恵『ナンパを科学する:ヒトのふたつの性戦略』東京書籍, 2009.

  タイトルからして軟派な本かと思いきや、参考文献を満載した研究書籍。生物学・進化心理学系のアプローチを採用しており、著者は特に「短期的配偶戦略」すなわち一夜の恋あるいは浮気に関心があるようだ1)。ナンパ・痴漢に遭いやすい女性、女性の性周期によって男性的な顔と女性的な顔の好みが変わる、などのことが実験によって調べられている。説明は分かりやすいとは言えないが、面白い。

  結論は、コミュニケーション・スキルの高い者、本書でいう「セルフ・モニタリング能力の高い者」が、短期的配偶戦略において有利になるということのようだ。しかし、序章でナンパされて不快な思いをすることが多いと述べている著者が、最終章で「配偶行動にはコミュニケーションが必要だ」と述べているのは矛盾するように思える。セルフ・モニタリング能力の高い男は浮気っぽく、性的アプローチに長けていることを本書は示唆しているのだから。

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1) 人間の性行動の違いについては、次の書籍が基本。
 デヴィッド・M. バス『女と男のだましあい:ヒトの性行動の進化』狩野秀之訳, 草思社, 2002.
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リバプール即行解散物語

2009-06-22 17:11:51 | 音盤ノート
The Lotus Eaters "No Sense of Sin" Arista, 1984.

  The Beatlesで有名な英国Liverpool出身のバンド。日本でマーケティングされるときには「ネオアコ」という括りで紹介されることが多く、2008年の紙ジャケ仕様の日本盤の帯にも「ギターポップ/ネオアコ」の二語がしっかり印刷されている。

  しかし実際に聴いてみると、アルバムではシンセサイザーを前面に配置した曲が多く、ギターの音は線が細く控え目である。特にシングル曲はそうで、内省的なメロディとシンセポップの組み合わせは、Tears for Fearsの1st"Hurting"(1983)を想起させる。ギター主体の曲もあるにはあるが、かなり地味だ。シングルのB面曲や、オリジナルLP収録ながら本CDでは割愛された"When You Look at Boys"などがそう。こうした二つの傾向はバンドの方向性に迷いがあったことをうかがわせる。

  1980年代のLiverpoolのバンドと言えば「オリジナル・アルバムを1枚または2枚だけ出して解散する」という長続きしないイメージがある。The Teardrop Explodes, The Pale Fountains, Frankie Goes to Hollywood, It's Immaterial, The La's, 16 Tambourinesがこれに該当する。もちろん例外もあるが、A Flock of Seagulls, Echo & the Bunnymen, Icicle Worksだって、最初の活動停止までにせいぜい5枚のオリジナル・アルバムを出しているだけである。

  その意味でThe Lotus Eatersは典型的なLiverpoolのバンドで、このデビューアルバムを残してしばらく後に活動停止。メンバーが日本盤のライナーに寄稿してしているところによれば、1stアルバムのためにプロデューサーを4人も換えたため、録音に時間がかかり過ぎ、デビューシングル"The First Pictures of You"のヒットの勢いを活かせなかった(人気が出なくてやる気が無くなったということか?)とのことらしい。もったいない。



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すでにだまされてしまった後では・・・

2009-06-19 12:21:47 | 読書ノート
鈴木亘『だまされないための年金・医療・介護入門:社会保障改革の正しい見方・考え方』東洋経済新報, 2009.

  話題作のようなので読んでみた。日本の社会保障は賦課方式で運営されているが、少子高齢化がすすめば維持することは難しい。そこで、著者は積立方式に移行せよと主張する。僕のような団塊ジュニア世代はその主張に納得するが、世代間の不公平を論拠とするこの本のような説得方法は、現在の高齢者にアピールしないと思われる。彼らは、払ったより多く貰えるお得な世代であり、政治家も彼らの意向は無視できない。そしてたぶん、もっと後の世代で制度が行き詰まり、改革が始まることになるんだろう、手遅れともいえるような時点で。そう予想させるぐらい、日本の政治には希望が無い。
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昔ながらの女性の仕事における人材

2009-06-18 17:33:37 | 読書ノート
大竹文雄編『こんなに使える経済学:肥満から出世まで』ちくま新書, 筑摩書房, 2008.

  勤務する短大に幼稚園免許を取得できる課程がある。最近、実習生を送り出した先の幼稚園を訪問して、経営者側の意見を聞く機会があった。どこも質の高い人材を求めているのだが、その質の内容は「臨機応変に対処できる」「応用の利く」ということだ。一方で、最近の幼稚園教諭の成り手は、言われた仕事はコツコツと真面目にこなすが、仕事に対する柔軟性が無いという。

  こういうことを書くと、最近の若者を擁護する論者から「現在の中年は若い頃応用の利く人材だったのか?」と反問が投げかけられそうだ。だが、これまで女性が多く従事してきた職域に限ってはありうる。その理由が、上記の本の第二章“教師の質はなぜ低下したのか ”に書いてある。

  それによれば、現代のように女性の就業機会が開かれると、能力ある女性は高い給与や尊敬を求めて“良い”仕事に就くようになる。多くの場合、大企業でキャリアを求めるだろう。そうなると、これまで女性が多く従事してきた仕事──労力が大きいのに給与が安く、世間の尊敬も薄いことが多い──に就く、能力ある女性の数が減る。この本の例では、米国における小学校教師がそのような領域だ。看護師をやっている私の母も「最近の若い看護師は・・・」とよく愚痴っているが、同様なのだろう。

  そういうわけで、「不確実性への対処」1)ができる有能な人材の数は、看護師や幼稚園教諭のような、昔ながらの女性労働の領域でますます減るだろう。昔は、女性に対する雇用差別があったからこそ、能力ある女性がそこで働かざるをえなかったのだ。今、できる女性を採用したいならば、経営者はそれなりの待遇をする条件を提示しなければならない。

  こういう事情は、研修生を送り出す短大の側もちゃんと説明しておいたほうがいいのかもしれない。幼稚園経営者が期待するような女性は、たぶん四年制大学に行ってより良い職に就けるよう勉強しているだろう。短大に来る学生に「応用が利く」ようなタイプは少ないけれども、真面目にコツコツやるよう教育している。そこを評価し欲しい、と。

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1) 労働経済学者・小池和男の概念で、ホワイトカラーに必要な能力のこと(『仕事の経済学:第3版』東洋経済新報, 2005.)。幼稚園経営者が幼稚園教諭に期待するものがこれだと思われる。
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夏場の研究室

2009-06-12 16:42:10 | チラシの裏
  僕の研究室は北向きで、向かいに建物がある。なので暗い。さらに、建物の間に鳩が羽を休めやすい空間がある。おかげで夏場は臭い。エアコンをかけると室外機から悪臭が運ばれてくるので、ドアと窓を空けっぱなしにして外気の入れ換えをはかっているが、真夏になるとそれではやはり暑い。先日、僕のいる研究室を以前使用していたという、既に他大に転籍した人物と会った。曰く「あんなところにいるとノイローゼになるよ」だって。
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薄味で冷たい欧州ジャズの到達点

2009-06-10 08:32:29 | 音盤ノート
Jan Garbarek Group "Twelve Moons" ECM, 1993.

  ノルウェーのSax奏者Jan Garbarekの何枚目かの作品。Keith Jarrettと並ぶECMの看板アーティストで、ヨーロッパでは巨匠扱いらしいが、日本での知名度はそれほどでもない。この録音でのメンバーは、Eberhard Weber(b)、Rainer Brüninghaus(kb)、Manu Katché(d)、Marilyn Mazur(per)。それぞれ個性ある演奏家だが、やはり微妙な知名度である。欧州基準では豪華かもしれないけれども。

  アルバムを通して、熱気・ノリの良さ・4ビートなどの普通の人がjazzに期待する重要な要素を排除した、冷たい・リズミカルでない音楽が展開される。ECM的な音と言われたらまずこの作品を挙げたい。打楽器に二人も配置しておきながら、聴き手に「踊れる」とまったく思わせないのがすごい。全体として、演奏を音楽家の勘や本能にまかせず、必死に理性でコントロールしているかのようだ。録音では眉間に皺を寄せて演奏していたのだろうと想像させる。

  それでも、はかなさを感じさせるメロディーは聴きやすく美しい。Garbarekのアルバムは静かすぎる曲が多くて一枚聴き通すことがつらいときがあるが、このアルバムはひっかかるところのあるメロディーのおかげでその弊を免れている。また、演奏全体の冷たい雰囲気とは違って、Garbarek自身のSaxの音色は異様に明るく澄んでいる。しばらくの間「このアルバムではソプラノ・サックスしか吹いていない」と思い込んでいたが、あらためて注意して聴いてみるとテナーサックスも吹いていた。そのぐらいの音色。
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方向性は分かるものの現状認識に疑問

2009-06-07 20:43:02 | 読書ノート
国米欣明『その子育ては科学的に間違っています』三一書房, 2007.

  子どもが0歳児の頃から忍耐を覚える訓練をさせるべしと説く育児書。本書は、日本の現在の主流の育児思想を「子ども中心主義」と定義する。「子ども中心主義」は幼い頃の子どもの要求にできるだけ応えることを求めるもので、それが普及した結果、日本の子どもはスポイルされ、我慢のできない・キレやすい大人が増えてしまったという。これに対して著者は、脳科学の見地から、乳児の頃から耐性をつけるトレーニングを薦める。

  ただし、本書の示す現状認識は全体の説得力を損ねているように見える。過剰な甘やかしに対する批判は著者の言うとおりなのだろうけど、それが日本の育児で支配的なのだろうか? 以前のエントリで言及した書籍によれば、日本では子どもに我慢ばかりさせているということだった。また、子ども中心主義が普及する以前の育児と以後の育児に分け、後者によって育った人物は人格的な問題が多く犯罪を起こしやすいかのように書いている。だが、裏付けとなる調査が無く、にわかに首肯し難い。国際調査でいい成績を上げていない米国の教育を理想としているのも問題である。

  育児に対する医学的見地からの興味深い提言もあるのだから、余計な疑問を引き起こすような議論をわざわざ取り合わせて説く必要は無かった。「我慢強い子を育てるのにはこうしたら良いです」程度のつつましさで良かったと思う。論争的な内容のため、参考文献リスト無しでは不満が残る。著者は育児書だと考えて省いたのだろうけれども。
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利他行動=長期的利己行動とする議論

2009-06-05 17:54:36 | 読書ノート
内藤淳『進化倫理学入門:「利己的」なのが結局、正しい』光文社新書, 光文社, 2009.

  他人を助ける振る舞いは長期的にみて自分の利益になる、すなわち利己的行動であるという立場から、道徳や法を解釈した書籍。ただ「進化」と銘うっているわりには生物学的な事例・説明は少ない。利己性が強調されるので、経済学的な解釈だと言われても違和感がない。というか、経済学的な観点からの倫理学だとしたほうが、すっきり読めるように思える。疑問の残る点も多く──特に利己的な遺伝子と利己的な個人の区別があまりなされていない点が気になった──、さらなる議論の洗練が期待される。
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運動のつもりが温泉に浸ってきただけ

2009-06-04 09:30:52 | チラシの裏
  健康診断で問題が見つかったので、運動が必要になった。有酸素運動。水泳。そのために、静岡市にあるスポーツ施設「ゆ・ら・ら」に行ってきた。温水プールがあると聞いていたのだが、全然泳げない規模だった。プールはあるのだが、浅くて狭い。みんな歩いているだけだ。他にはジャグジーバスみたいな所で浸かっている人が多数。来てみてわかったのだが、ここは高齢者の健康維持ための施設のようで、僕のような壮年層は全然お呼びではなかった。リサーチ不足だった。施設は町の外れのかなり不便な場所にあり、バスも通っていない。僕は自転車を使ったが、家まで往復2時間ぐらいかかり、これが最大の運動になった。
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