29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

重回帰分析系統の手法の適用条件と結果の解釈をわかりやすく

2017-06-27 21:00:12 | 読書ノート
山本勲『実証分析のための計量経済学:正しい手法と結果の読み方』中央経済社, 2015.

  計量経済学の分析手法の概説書。挙げられている事例が経済学研究なので「計量経済学」と題されている。けれども、実質的な内容は統計学、特に重回帰分析であり、そこから派生したさまざまな分析手法を紹介する内容である。政治学や社会学など様々な文系分野での実証研究を考えている研究者にも役に立つだろう。ただし、分散など統計学の基本概念をあらかじめわかっていないと読み進めるのは難しいレベルである。

  最初に最小二乗法による重回帰分析が紹介され、次に最小二乗法が適切でないケースについて論じられる。以降は、最尤法、プロビットモデル、順序ロジットモデル、多項ロジットモデル、トービットモデル、ヘーキットモデル、操作変数モデルなどなどが解説される。数式は少なめで、各手法の適用可能な条件の説明と、結果を示した表の解釈が中心となっている。統計ソフトの使用を前提とし、計算方法をブラックボックスに入れ、インプットの条件とアウトプットの解釈に説明の焦点を絞っている。

  これを読めばすぐさま応用できるようになる、というほど詳細ではない。後半に紹介される手法は説明を端折り気味のところもあり、具体的に変数にどういう操作を施せばいいのかすぐにはわからなかったりする。けれども各分析手法で行われていることが漠然とながらイメージできるようにはなるし、何より数値が並んだ表の読み方が分かるというメリットがある。挙げられている事例も、実際の研究結果から引用されており面白い。

  というわけで経済学分野に限定してはもったいない内容である。しかしながら、入手できたデータセットを見て適用できる分析手法を判定することは、ロジックが複雑でかなり頭を使う問題である。僕も十分理解できたか心もとない箇所もあり、もう一度読んでみる必要を感じている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

知識やノウハウを保持できるのは「複雑」な社会だけ

2017-06-23 20:31:39 | 読書ノート
セザー・ヒダルゴ『情報と秩序:原子から経済までを動かす根本原理を求めて』千葉敏生訳, 早川書房, 2017.

  情報論。物理学から経済レベルの話まで、一貫する「情報」概念を使って説明する、というのだが…。著者はチリ出身で、MITメディアラボの所属の研究者である。原書はWhy Information Grows : The Evolution of Order, from Atoms to Economies (Basic Books, 2015.)。

  情報は物理的に存在し、それは動的な系に秩序をもたらすものだという。ここから徐々に経済の話に持ってゆくのだが、あまりうまくつながっているようには見えない。しかし経済の話の部分は面白い。高度な商品を輸出できる国というのはどのような特徴を持っているか?それは人々の間のネットワークが複雑に絡み合った社会である。なぜなら、そうした社会だけが大量の知識やノウハウを蓄積できるからである、と。情報の記録物よりも、それを読み取る人的資本のほうが重要だ、ということのようだ。なお、著者独自に計算した経済複雑性指標によれば、もっとも高い値をだしているのは日本である。

  全体として大風呂敷な議論であり、個人的にはよくわからなかった箇所は多い。著者自身もアイデアを整理しきれないまま書いているのではないか、と思わせる。しかし、多少議論が粗くても、キーコンセプトが生産的ならば、後続の研究者らが議論を引き継いで発展させてゆくということがまれにある。経済複雑性概念はそういうコンセプトであり、本書は後続を触発するタイプの書籍なのだと思う。もう若くない僕はついて行く気はないけれども。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

現役医師による大人向けの医学史まんが

2017-06-20 20:36:12 | 読書ノート
茨木保『まんが医学の歴史』医学書院, 2008.

  タイトル通りの、まんがで医学史を辿った書籍。もともとは『看護学雑誌』の連載であり、6ページ程度の短編が52話続くという構成となっている。著者は実際に医師であり、その経歴とやわらかな絵柄は手塚治虫を連想させる。といっても肖像画や写真が残っている人物については似せて描いているが。なお、赤色も使った二色刷である。

  内容は、古代ギリシアからはじまり、イスラム・中国・日本の動向も踏まえつつメインは近代医学の展開となっている。麻酔・消毒・感染症対策は短編回を複数使って描いており、研究者間の駆け引きも生々しくて興味深い。まんがなので、人体や当時の医療器具(の使われ方)がわかるし、病人や死体もデフォルメされているので気持ち悪くない。ただし横書きで詳細な解説が入るため、文字数はまんがにしては多い。漢字にふりがなが付されていないので、子ども向けではない。高校生以上ならばわかるだろう。

  他に入れるべきトピックが無かったか等については、専門家でないのでわからないが、入門のための入門の医学史としては成功していると思える。索引もあって丁寧な造りである。なお、この本の奧付は最終ページになく、最初のタイトルページの次に奥付データが記されている。洋書のようだが、医学書院の本はみんなそうなっているのだろうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

英国人によるA&Mサウンドの不器用な模倣

2017-06-16 20:19:59 | 音盤ノート
The Pale Fountains "Pacific Street" Virgin, 1984.

  ネオアコ/ギタポ。ペイル・ファウンテンズは英国リバプール出身のロックバンドで、1980年代半ばの短い期間だけ活動し、アルバム二枚を残して解散した。本作がデビュー作となる。Burt BacharachやThe Carpentersが在籍した1970年前後のA&Mレーベルに感化されて、メロディ重視の曲作りとソフトなバンドサウンドを目指した。乾いた哀愁感のあるトランペット演奏は特にバカラックからの影響がわかりやすい。

  海外のレビューサイトを見てみるとかなり評価の低い作品であり(Allmusic.comで5点中2.5点)、初期ネオアコの代表作とされるAztec Cameraの"High Land, Hard Rain"に比するクオリティとは見なされていないようだ。しかしながら、なぜか日本においてだけ、本作は1980年代を代表する傑作扱いされている。1990年前後の「渋谷系」ムーブメントの文脈でしばしば参照されたからだろう。いったいどこに日本人受けする要素があるのだろうか。

  聴いてみると「演奏の下手なバンドが頑張ってA&Mサウンドを模倣しました」感がありありである。自分たちの出したい理想の音があるけれども、センスの違いや技術不足でそこに到達できない、というような。中年の洋楽好きとしては、1980年代以前の邦楽ロックの洗練の欠如を思い出す。当時の日本人ミュージシャンも、こんな感じで「本物」の洋学に近づこうと試行錯誤していたな、と。ストリングスやコーラスなど、いろいろやり過ぎてしまっている点も、知識だけはたくさんある模倣者のはまりやすい罠として聴こえてしまう。これは日本人としては共感せずにはいられない。

  1990年代以降の邦楽は「J-POP」化してしまい、洋楽をもはや参照系として必要としないかのように見える。現在では本物―模倣という言説自体が時代遅れの馬鹿話だろう。なので、このような共感はもはや理解し難いものかもしれない。1980年代という文脈にさかのぼってみてはじめて、このバンドの不器用さと青臭さが胸を打つのである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

米国ベストセラー本の黄金律を計量的に明らかに

2017-06-13 22:23:24 | 読書ノート
ジョディ・アーチャー, マシュー・ジョッカーズ『ベストセラーコード:「売れる文章」を見きわめる驚異のアルゴリズム』川添節子訳, 日経BP, 2017.

  計量文献学。文学研究者である著者らは、5000の小説作品をコンピュータに読み込ませてその特徴を記憶させ、そのうちベストセラー作品の特徴を基準に未知の作品がベストセラーになるかどうかを予想するプログラムを作った。その予想精度はおおよそ80%だという。さて、プログラムがはじき出したベストセラー作品の特徴は何か、というのが本書の主題である。あくまで一般書籍であり、残念ながら技術的なことについての詳しい説明はない(追記で簡単な説明はある)。2016年のThe bestseller code: Anatomy of the blockbuster novel (St Martins)が原書である。

  ベストセラーになるテーマ、プロット、文体、キャラクターとは何か。本書に従えば、テーマにおいて愛情ある関係を描くのは良いが、セックスばかり描くのはよろしくない。プロットはおおよそ7パターンにわかれる。文体は、修飾過剰なものよりはジャーナリスティックで簡潔に。キャラクターとしては、心に闇を抱えた影のある人物(特に若い女性)がよい、などなど。そんなに意外でもない知見が多いが、計量的に明らかにできたというのが重要な点だろう。ただし、最近の海外小説の作家やタイトルが多く紹介されており、それらのイメージが湧かないとニュアンスのわからないところもある。

  これまで「名人芸」の領域だったことが、ここまでわかるようになったか、というのがまずもっての感慨。テキストマイニングと機械学習の進展についての驚くべき報告だろう。しかしながら、著者らは機械による「人の心を動かすような」小説の執筆に否定的である。けれども個人的には、機械による執筆は将来ありうるのではないかという感想を持った。なお誰もが持つだろう疑問、米国におけるベストセラーの話だという限界、およびここで挙げられた黄金律を使った小説が量産されればいずれ飽きられるはず、という話はすでに本書の解説において西内啓が指摘している。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

タイトルとジャケ写からは男臭い世界に思えるが

2017-06-10 22:11:44 | 音盤ノート
Prefab Sprout "Steve McQueen" Kitchenware Records, 1985.

  英国産ポップ。日本ではネオアコ文脈で語られることが多いが、あまりギターは前面に出ておらず、青臭さの残るアダルトコンテンポラリーといったほうが適切だろう。ロックとしてはパンチが弱く、ジャズやソウル色がかすかに漂うも薄めで、楽曲に強烈なインパクトもなく、とにかくマイルドで中庸である。基本、ボーカルメロディで聴かせる音楽である。大きなヒット曲があるわけでもないし、活動歴の長さのわりには作品数も少ない。今年になって彼らを採りあげた本が発行された1)が、いったい誰が読むのだろうか。

  本作は彼らの二作目で出世作。後年(参考)ほどスローに歌い上げず、まだバンド的な演奏である。プロデューサーがThomas Dolbyという、自身でもヒット曲を持つエレポップ系の人なのだが、おそらく彼の功績だろう、シンセサイザーの入れ方が実に巧みである。しつこいリフレインの裏で隠し味的にシンセを鳴らして曲の印象を変化させる。楽曲のメロディは「古き良きアメリカ」の世界であり、ティンパンアレーからブロードウェイのミュージカル、ドゥーワップなどを想起させるもので、聴く人によってはそれほどツボにこないかもしれない。それを優男が、時折力んだりして歌う。

  本作のジャケット写真が「革ジャンとバイク」で、日本でいうネオアコの中性的なイメージとはずれている。リバプールのPale Fountainsもそうだが、英国の初期のギターポップバンドはマッチョにあこがれる労働者階級の少年層にアピールしようとしていたのがわかる。繊細で落ち着いたサウンドと、ジャケットのバンドイメージは全然マッチしていない。なお、2007年にLegacy Edition版が発行さており、おまけのCDで収録曲のアコースティック・バージョン(2006年録音)が披露されている。まあ悪くはないんだけど、通常盤でいいんじゃないかな。

----------------------------

1) 渡辺亨『プリファブ・スプラウトの音楽:永遠のポップ・ミュージックを求めて』DU BOOKS, 2017,
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

凝った演奏だが、本質は歌詞を聴かせるボーカル音楽

2017-06-06 21:22:58 | 音盤ノート
Aca Seca Trio "Avenido" Omagatoki, 2006.

  アルゼンチン産の、フォルクローレとジャズを混交させたアコースティックな大衆音楽。いわゆるワールド・ミュージックであるが、男声ファルセットが多用されるために1980年代のPat Metheny Groupを思い起させる(一曲だけPedro Aznarが参加している)。ただし、基本的にスペイン語の詞が付されたボーカル音楽であり、しかも詞を聴かせようとする「弾き語り」的な面が濃い。ドライブBGMとして聞き流せるようには出来ていない。

  トリオは打楽器、鍵盤、歌とギターという編成。ゲストによる管楽器演奏もある。曲は、複雑なリズムとコードによる難しい演奏に爽やかな歌をのせるという趣向でできている。15曲収録されているが、どの曲も3分弱で終わってしまう。面白い進行の曲が多いので、もう少し長く演奏を聴きたいのだが…。演奏は凝っているのに歌伴に終始している印象があり、もう少しインスト部分の展開が充実していれば魅力が高まっただろう。

  というわけで、聴き手の期待以上に歌いすぎているのが難点だな。このトリオが聴かせたい詞はどんなものか。日本盤には歌詞の邦訳が付いているが、「悪魔」や「血」といった大げさな表現で内面を描写するものが多くて、なんというか吟遊詩人風、今一つピンとこない。うーむ、スペイン語がわかると印象が変わるのだろうか。ちなみ本作は二作目で、2011年に三作目を発表して以降は、鍵盤のAndres Beeuwsaertを筆頭にメンバーのソロ活動の方が目立つ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

21世紀半ばの人工知能経済は大量失業をもたらすと

2017-06-02 22:39:03 | 読書ノート
井上智洋『人工知能と経済の未来:2030年雇用大崩壊』文春新書, 文藝春秋, 2016.

  人工知能という技術革新が雇用にどう影響するか、かつそれにどう対処したらよいかを論じる一般書籍。著者の専門はマクロ経済学で、駒沢大学の先生である。2045年頃までに人工知能がかなり発達して人間の多くの仕事を代替してしまい、結果としてかなりの失業が発生する可能性があるという。働く人は人口の一割ぐらいになるかもしれない。これに対して、ベーシックインカムを給付することで国民の生活を支えよと提言している。

  人工知能が技術的にどこまで達成できるか次第であるが、ありうる未来像として頭の片隅に入れておこう。とはいえ解決策としてベーシックインカムありきなのはどうかな。著者が否定的な、労働時間の短縮や賃金低下による「解決」もありうる気がする。あと、上の段落で記したように論理展開はわりと単純であり、新書だと長すぎる印象がある。本来雑誌記事にすべきものを長くした、というような。長くなっている分、知的な意匠で読ませるところがあり、そこを冗長とみるかためになる脱線とみるかで評価が分かれる本だろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする