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図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

利他行動は無償ではないが、理性がそうした制約を超えてきた、とという。

2023-05-26 13:17:12 | 読書ノート
マイケル・E.マカロー『親切の人類史:ヒトはいかにして利他の心を獲得したか』的場知之訳, みすず書房, 2022.

  わざわざ赤の他人を助けるという心性が歴史的にどのように発達してきたのかを探る一般書籍。著者はカリフォルニア大学サンディエゴ校の心理学教授。原書はKindness of Strangers : How a selfish ape invented a new moral code (Basic Books, 2020)である。

  前半は進化心理学視点からまとめ、後半は歴史的に記述するという二段構えの方法論が採られている。血縁淘汰説およびその拡張(群淘汰説)で親切を説明できるか、というのがまず問題となる。「できない」というのが著者の答えで、遺伝子を共有するというだけの者を優遇するのは、非血縁者を排除し続けなければならないためにそのような遺伝的傾向は広まらないとする。決定的なのは、相手に親切を施せばお返しを期待できるという認識であり、そうした互恵関係が「協力行動ナシ」の状態より遺伝的に有利となるならば、その傾向は広まるとする。親切心は無償というわけではないというのだ。後半は石器時代から現代までの慈善や福祉の歴史で、理性の行使が遺伝的傾向を超えて広まってきているとのこと。大雑把な歴史であるが、トレンドを掴むには十分だろう。

  前半、後半のどっちを重視して読むかによって評価が変わるかもしれない。個人的には前半のほうが面白かったが、十分関連するトピックを扱いきれていないのではないかという疑いも残る。例えば「美徳シグナリング」という概念を数年前から目にするようになったが、本書では言及されていない。お返しや評判を求める親切という本書の議論とマッチする概念だが、シニカルすぎるというので扱わなかったのだろうか。「理性」を焦点に据えた後半の歴史は、美しすぎるという気がしてしまう。
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英国図書館は(日本でいうところの)公民館たれ、と訴える

2023-05-23 20:53:14 | 読書ノート
John Pateman and John Vincent Public Libraries and Social Justice, Routledge, 2010.

  英国産公共図書館論その2。著者二人とも図書館員兼運動家のようで、PatemanにはPublic Libraries and Marxism (Routledge, 2021)なる著書もある。Usherwoodとは真逆の図書館論を展開している。

  重要なのは社会的包摂であり、移民難民障害者LGBTQ+のような非来館者層をターゲットに図書館活動をすべきであると説く。そうしたわかりやすい社会的弱者だけでなく、これまで図書館に背を向けてきた白人労働者階級に対してもサービスすべきだと記す。そして、中年白人男性的な価値観に支配された図書館はもう止めにして、伝統的な来館者層の優先順位はいちばん最後にすべきだとする。

  しかし、大衆文化を図書館に取り込んで非来館者層の気を引こうなどという手段は使わない。読書サービスではなくて、アウトリーチ活動や英語非ネイティブに対する語学講座の開講または紹介、職業支援などが社会的包含サービスの例として挙げられている。そして、これまでの図書館員はそういうのが得意ではないので、再訓練するか、新しい人を雇おうとまで言う。

  あちらの公共図書館は日本でいう図書館+公民館であって、後者の公民館部門の強化を訴えた内容といえばわかるだろう。日本のイメージではもはや図書館ではないという印象である。1980年代までの米国での議論では、アウトリーチを必死にやっても非来館者層が図書館利用者として定着するわけではない、という認識に落ち着いたはずなのだが、最近はどうなんだろうか。
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英国公共図書館は良質な趣味を涵養する場であるべきだという

2023-05-22 21:06:15 | 読書ノート
Bob Usherwood Equity and Excellence in the Public Library : Why Ignorance is Not our Heritage , Ashgate, 2007.

  英国産の公共図書館論。著者はシェフィールド大学のInformation Schoolの教授で、労働者階級の出身だそう。全体の1/4は英国の図書館員に対して行われたアンケート調査の結果で、大衆文化(この本ではpopulismと表現されている)の図書館への侵入に対してどのように考えているかを尋ねている。残り3/4(といっても構成上先に置かれている)で著者の持論を展開される。

  結論を先に記せば、公共図書館は良質な趣味や教養を涵養するための機関であり、さまざまな社会層がそうした「高級文化」にアクセスできるようにするのがその役割だとする。「新」労働党政権の打ち出した社会的包含政策によって、図書館は非来館層を「社会的に排除された」層だと認識するようになり、彼らの好みに合わせた資料選択をするようになった。そして大衆文化に大きなスペースを割くようになったのである。しかし、それは結果的に公共図書館への信頼を失う結果をもたらしているのではないか。社会的包含は迎合によってではなく、教養にアクセスする機会を堅実に提供することによって進められるべきだという。とはいえ、チャヴとかは無理かもしれん、という本音ものぞかせている。

  以上のような話が、アンケートの記述部分や英国のインテリや図書館関係者の発言の膨大な引用によって展開される。文学や芸術を重視しているのが特徴であり、文化戦争の本丸にわざわざ飛び込んでいって守旧とレッテルを貼られる側に立って戦う潔さはある。ただし、アンケートに回答した英国図書館員らは著者に必ずしも同意しているわけではない。
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教えることは人類の大きな特徴(ただし特有ではない)であるとのこと

2023-05-20 09:22:57 | 読書ノート
ケヴィン・レイランド 『人間性の進化的起源:なぜヒトだけが複雑な文化を創造できたのか』豊川航訳, 勁草書房, 2023.

  進化心理学。ヘンリックと同じく「人間性の進化には文化が適応すべき環境として作用した」という立場からの議論である。著者は、スコットランドのセントアンドリュース大学教授。原書はDarwin's unfinished symphony : How culture made the human mind (Princeton University Press, 2017)である。

  人間以外の動物は本能だけで生きていると考えられがちであるが、近年では類人猿だけでなく魚類から昆虫まで普通に「文化」がみられることが分かってきた。ここでいう「文化」というのは他個体の行動の模倣である。これは、模倣しやすい領域(捕食者の認識など)があるという意味では本能的な部分もあるが、他個体の行動を学習して採餌や繁殖に有利な行動を選択できるというのはこれまであまり考えられてこなかった。では、そうした動物の学習と人間の学習は何が違うのか、何が人間の文化を他の動物と異なる特別なものとしているのか、というのが本書全体の問いである。

  「遺伝子-文化共進化」というのがその答えとなる。人間と他の生物との大きな違いとして「教示行動」がある。ただし、教示行動は人間特有というわけではなく、生存の厳しいニッチ環境に住む種──砂漠に住む動物など──ならば、血縁のある個体間で餌の取り方を「教える」行動がみられるという。このニッチ環境というのが重要で、チンパンジーなどの大型類人猿は脳が大きく模倣行動も優れているが、生存に厳しい環境にいるわけではない。このため、親から子へと知識を継承させようとする環境上の要請がなく、発見・発明された技能が世代を超えて洗練されてゆくような現象がみられないという。

  人間の場合は、狩猟採取に伴う移動生活が環境的ニッチを作り出し、教示行動を効率かつ正確に行う手段として言語が生み出された。さらに農耕に伴う定住によって、生まれ育った集団がニッチ環境そのものとなっていった。この意味で所属する集団が持つ言語や行動規範は生態学的な環境であり、これに適応しなければ個体は生存できなくなった。このように著者は推測する。協力行動が人間の間で進化したのも、所属する集団の重要性から説明できるという。

  以上。動物の観察とコンピュータ・シミュレーションの結果を交えての説明となっている。後者によれば、最近の教育学において称えられがちな「試行錯誤による発見・発明」は実のところ効率の悪い方法で、「うまくいった他個体の行動の模倣」のほうが繁殖確率を高めるとのこと(もちろん前提条件次第ではあるが)。すなわち他人から知識を得たほうが上手く生きられるというわけだ。「そこで図書館が~」と職業柄言いたくなってしまうのだが、ここまでにしておく。
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