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図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

公立文化施設の新しい方向性とガバナンス、ただしコモンズ概念使用には違和感

2024-08-21 22:28:22 | 読書ノート
佐々木秀彦『文化的コモンズ:文化施設がつくる交響圏』みすず書房

  公立文化施設──博物館、図書館、公民館、劇場・ホール、福祉施設──の役割論および経営論である。注意すべきは、本書は「文化的コモンズ」を直接扱っているわけではないことである。「文化的コモンズ」は一般財団法人の「地域創造」が提唱したものらしい。本書「はじめに」にその報告書から引用された図が引用されている(p.13)が、公立文化施設だけでなく民間企業や商店街など私的な団体もまた文化的コモンズの構成要素として挙がっている。本書は、公立の文化施設に限って取り上げ、まとめて論じようと試みるものだ。著者は公益財団法人東京都歴史文化財団に設置されているアーツカウンシル東京の企画部企画課長であるとのこと。

  前半1/3で施設の種類ごとに日本での発展史を簡単に描き、戦前の創生期、戦後の1980年代までの成長期、1990年代から2010年頃までの再考期を経て、現在は成熟期として「文化施設4.0」の段階にあるという。中盤から後半にかけては、文化施設のガバナンス──上位設置機関すなわち政府や自治体による統制──の話と、マネジメント──施設内の組織における職員の管理──の話が主になる。ガバナンスにおいては、民主主義(議会や首長)vs.施設にいる専門家(学芸員や司書ほか)というありがちな対立がある。これを解消するために、教育委員会のような独立性の高い評議会を一枚かませて、施設は評議会に対して説明責任を持つという仕組みが提案されている。評議会には一般の市民と専門家が参加する。民主主義がコントロールできるのは施設の目標だけに限り、コンテンツに口出しできないようにする。その一方で、専門家を職業倫理で縛って中立性を義務付けるとする。マネジメントにおいては、分散型自律組織による「管理なき経営」が理想とされ、実現のためにはどうしてもピラミッド型組織となる公営よりも指定管理者が望ましいとする。これらの議論の合間に、さまざまな文化施設の取り組み事例が数多く紹介されている。

  以上のほか専門職養成制度など、文化施設に関する広範なトピックや議論が紹介されており啓発的なところは多い。だが全体としては、個人的にはコモンズ概念の使用に違和感を感じてしまい、素直に読むことができなかった。

  確認しておくと、自由に使わせると資源が消費され尽くされて維持不可能になる、というのが「共有地(コモンズ)の悲劇」である。したがって、共有を止めて公有または公的規制を導入するか、あるいは分割して私有にする(ロナルド・コース)のが解決策となる。すなわち、コモンズを解消することによって資源が維持可能になると議論されてきた。これに対し、利用可能なメンバーを限るなど特定条件下では共有地のままでも維持できる(エリノア・オストロム)という別の解決策も提案された。本書はオストロムの流れを汲むもので、自治が目指されていることがわかる。しかしながら、現状、日本の芸術文化活動が蕩尽されつつある状況に陥ってるようには見えない(ただし保存面には問題があるようには思うが)。したがって「文化的コモンズ」なる概念が要請される理由がよくわからない。

  「文化的コモンズ」というタイトルから期待されるのは、文化資源──共同消費が可能なものもあり通常の資源と異なる──のどのような側面を維持管理するために、私企業も公的機関もともに参加するはずの共同統治の仕組みをどうつくるのか、という話である。しかし、本書では、「文化的コモンズ」が十分語られておらず、その一部にすぎない公立文化施設が語られるのみである。なお、公立文化施設それ自体はコモンズとは言えないだろう。著者の目指しているのは、文化的コモンズを共有する仕組みを起ち上げることではなく、芸術文化活動に影響を与えるために公立文化施設のプレゼンスを高めるということなのだろう。このタイトルならば民間の役割についての議論も欲しい。
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保守系図書館史学者による20世紀米国図書館批判

2024-08-19 09:35:07 | 読書ノート
Stephen Karetzky Not Seeing Red University Press of America, 2002

  米国20世紀図書館史。米国の図書館員および図書館情報学者が、親共産主義的傾向を持ち、かつ一般大衆による草の根的な保守主主義をファシズム扱いしてきたことを跡付ける。紛うことなき保守派による図書館論であり、あちらの文献を読んでいてもまれにしか出会うことができない珍しい立場だろう。著者のKaretzkyは、20世紀前半の実証主義的図書館情報学研究の誕生を記した大著Reaading Research and Librarianship (1982)の著者である。本文が400頁と長尺であるが、引用が多いだけであり、論旨は複雑ではない、

  1920-30年代の米国図書館員および知識人は、ロシア革命後のボルシェビキ政権を「進歩的」だとして肯定的に評価した。彼らは、ソ連における思想統制や検閲の存在を知っていたが、問題とは考えなかった。また、粛清や強制徴用といった制度的暴力については、同時代に漏れ伝えられていたにもかかわらず、取り上げることはなかった。だが冷戦期に入ると、ソ連における図書館の実態──図書館はプロパガンダ機関であり、図書館員は選書における裁量がなく専門家とは言えないこと、図書館員が投獄や粛清されることがしばしばあったこと、など──、あるいはその粉飾された統計数値──本が50冊あれば図書館とカウントし「世界一の図書館数を誇る国」と自称する、など──、さらには共産主義者が先端科学技術情報の収集や重要な意思決定機関ののっとりのために米国でスパイ活動をしていたこと、これらについて、米国でも冷徹な報告が散見されるようになる。しかしながら、米国図書館員の間でそれらが深刻に受け留められることはなかった。

  冷戦期の米国図書館では、「知的自由」の名の下で親共産主義の著作が優先的に所蔵され、保守派の著作の排除が行われた。当時の図書館員向けの雑誌カタログには保守系雑誌がほとんど掲載されていなかったらしい。また、1950年代のマッカーシズムによる焚書運動も誇張されてきたという。マッカーシー本人が図書館を標的としたとき、対象となったのは米国政府が管理する海外の図書館(反米的な本が所蔵されていた)だけである。米国内の公共図書館が対象となったのは住民運動によるものあり、そうした焚書運動の結果としてのパージ自体はごく一部の地域で見られただけで、米国全土にまたがる狂騒とは言えないとする。むしろ、知的自由の背後にある図書館員のエリート主義を正当化するために、マッカーシズムは実態以上に悪魔化されてきたという。最後の章では『検閲とアメリカの図書館』(日本図書館研究会, 1998)の邦訳で知られるルイーズ・ロビンズら図書館学系の歴史学者が批判されている。

  以上。主張が強く出ている書籍であり、どこまで信用したらいいのかわからない。米国でも「保守系著作は排除されやすく、リベラル系の著作は所蔵されやすい」という話は耳にすることもあるが、都市部の図書館の特有の傾向ではないのだろうか。地方部の図書館はまた様相が異なると推測するのだが、所蔵数を比較した数字がみたいところである。また、盤石な資本主義国であった米国において、冷戦期の言論人や図書館員が、国内で浸透しそうにない共産主義よりも、眼前で繰り広げられた言論に基づいたパージを危惧したのは理解できるものだろう。彼らのほとんどは共産党員ではなく、単にリベラルだっただけである。さらに、20世紀半ばのインテリが容共的立場を取るのは当時の雰囲気を考えれば世界的な常識であって、そのことが彼らの評価を高めることはないとしても、ソ連や東欧の共産主義諸国が崩壊した後になって批判するのは後知恵に過ぎるだろう。まあ、本書のような意見もあるというところか。
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知識を組織化する機関の安定を求める苦闘と挫折

2024-08-16 16:34:11 | 読書ノート
アレックス・ライト『世界目録をつくろうとした男:奇才ポール・オトレと情報化時代の誕生』鈴木和博訳; 根本彰解説, みすず書房, 2024.

  19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したベルギー人、ポール・オトレの評伝。解説によれば、著者のライトは図書館情報学の訓練を受け、情報デザイン関連の博士号を持つジャーナリスト(あるいはフリーの研究者?)とのことである。原書はCataloging the World : Paul Otlet and the Birth of the Information Age (Oxford University Press, 2014.)である。

  図書館情報学を学んだ者として個人的にはオトレの名前は知っていたが、国際十進分類法の考案者で、「ドキュメンテーション」関連の業績が何かあるらしい、ぐらいの断片的な知識しか持っていなかった。「ドキュメンテーション」には科学論文のマイクロフィルムへの保存と検索という強いイメージがあって(もちろんそれだけではないのだけれども)、もはや時代遅れになったコンセプトだという先入観があった。

  本書を読むと、オトレは知識を組織化しようとしただけでなく──そういう試みは昔からある──、そのための実効性のある組織(それも国際的な組織)を構想し、かつまたそれに一時的には成功したという点に特徴があることがわかる。必ずしも上手くいったというわけではないが、オトレの団体はベルギー政府や国際連盟との関係を保つことができていた。しかし、オトレの活動を支えていた普遍主義と国際協力は19世紀に限られた時代潮流であり、20世紀の二度の大戦が彼のプロジェクトを破壊することになった。

  つまりドキュメンテーションと19世紀的理想、二つの基準でオトレは「古い」ように見える。しかしながら、本書はインターネットの時代にオトレの意義を蘇らせようと試みる。20世紀後半のカリフォルニアのコンピュータ~インターネット発明家を取り上げて、彼らの思想とオトレの知識の組織化の構想とを比較する。前者は管理無き無秩序な世界だが、後者には中央集権的な機関があるという点が大きな違いである。しかし、それ以外の点では、オトレの構想はインターネットを予見していたところもあるという。実際、1990年代末あたりから再評価が進んでいるようだ。

  本文とは無関係なことだが、出版社の宣伝文句に「起業家」とあって気になった。だが、原書出版社も'entrepreneur 'を使っていて、私企業でなくてもなにか事業を起こせば「起業家」になるのかとようやく理解した次第。
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マンガ単行本はなぜ見かけが書籍なのに流通上は雑誌扱いなのか

2024-08-12 10:26:26 | 読書ノート
山森宙史『「コミックス」のメディア史:モノとしての戦後マンガとその行方』青弓社, 2019.

  マンガの発行形態と流通の歴史。「コミックス」いわゆる雑誌に連載されたマンガを収録した新書判(またはB6判)という発行形態が、いつどのように誕生して、またそれが出版や書店をどう変化させていったかという歴史を描いている。元は関西学院大学に提出された博士論文である。出版時の著者の所属は四国学院大学だが、現在は共立女子大学のようだ。

  マンガ単行本は戦前から存在したが、現在のように雑誌連載に従属したものではなく、書籍であった。1960年代初めに4コマのサラリーマン漫画が新書判で発行されるようになり、さらに1960年代半ばには新書判がストーリーマンガを収録する判型となった。60年代終わりには特定雑誌と結びついてシリーズ化され、流通上では「雑誌扱い」となる。これが現状のコミックスとなった。その際、少年誌掲載マンガは新書判に、青年誌掲載マンガはB6判へと棲み分けられたという。

  コミックスは小売書店ですぐさま受け入れられたわけではなく、1970年代までは書店における棚の数は限られたものだったらしい。地方書店では入手困難なこともしばしばだった。この状況は70年代後半から80年代にかけて改善される。小売書店主にマンガの商品性が高く評価されて(すなわちよく売れたということ)徐々に売り場面積を増やしていった。このほか、ブックオフの台頭によって形成された二次流通市場や、電子媒体によるマンガ流通についても言及がある。

  以上。コミックスの「書籍なのに雑誌扱い」という奇妙な位置づけを掘り下げた内容であり、これまで無かった視角からの分析で非常に啓発的だった。ただし、序章と終章は必要以上に難解になっている気がする。
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1970年代半ばから2000年代半ばまでの米国ビデオレンタル店の栄枯盛衰史

2024-08-11 20:33:39 | 読書ノート
Joshua M. Greenberg From Betamax to Blockbuster : Video Stores and the Invention of Movies on Video MIT Press, 2008.

  米国におけるビデオ文化の興隆と衰退の社会史。特にビデオレンタルに焦点を当ている。著者はニューヨーク公共図書館所属で、現在もいろいろプロジェクトを動かしているらしい。本書ではビデオ再生機のことをVCR = Video Cassette Recorderと記している。ざっと調べた限りでは、あちらでもVTR = Video Tape Recorderが使われることのほうが多いようだが、VTRはオープンリール形式対応の機器も含むので少々範囲が広いみたいである。なお実際に読んだのは2010年のPaperback版で、ハードカバー版より少々ページが多い。

  1970年代半ばにソニーがBetamaxの家庭用再生録画機器を米国で発売したとき、テレビ番組の予約録画するという使用が想定されていた。まずマニア(20代から30代の独身男性)がこれに飛びつき、ミニコミを通じて自前で録画したカセットの交換を行った。続いて、ビデオに商機を見出した企業家が映画会社と交渉して、映画を事前に収録したビデオの販売およびレンタルの卸売業者となってゆく。ビデオには伝統がなく、参入障壁も低いため、さまざまな前歴を持つ人物が各地でレンタル店を開くようになる。一部の店舗はシネフィルを店員として雇い(そうした店員の代表がタランティーノ)、ビデオレンタル店が映画館に代わってレイ・オルデンバーグのいう「第三の場」となっていったという。しかし、より品揃えやレンタル体験を均一化(マクドナルド化)しようとした後発の大手チェーン店ブロックバスターが、そうした独立系レンタル店を駆逐していった。

  「第三の場」的なレンタル店は、ネットの普及以前に、大手チェーンによって劣勢に追い込まれたという歴史観が開陳されている。このほかベータvs.VHS闘争、著作権問題、レンタル店の団体形成、録画予約の操作ができない米国人がけっこういた、などなどについて語られている。エピローグでは、Neflixも登場するが本書ではまだDVDの郵送レンタル会社として紹介されている。始めのほうではソニーや松下(Matsuhitaという変な表記になっている)が出てくるので日本人読者も楽しめるかもしれない。あと、出てくる映画タイトルもそれほどマニアックではない。日本でも同時代にビデオレンタル店の栄光盛衰があったわけで、比較のためにも邦訳があってもいいと思う。
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商業主義を取り除こうとして商業出版物を模倣したのが科学ジャーナルである、と

2024-08-09 12:32:18 | 読書ノート
アレックス・シザール『科学ジャーナルの成立』柴田和宏訳; 伊藤憲二解説, 名古屋大学出版会, 2024.

  科学史。学術雑誌、なかでも自然科学系のジャーナルが現在の地位をいかにして築いたかを歴史的に明らかにしようとした学術書である。著者はハーバード大の科学史科教授であるが、ネットでプロフィールを探しても詳しい記事が無く、2010年代から論文を発表し始めたというこというぐらいしかわからない。原書はThe Scientific Journal : Authorship and the Politics of Knowledge in the Nineteenth Century (University of Chicago Press, 2018)である。

  「世界最初の学術雑誌は英国王立協会によるThe Philosophical Transactionsであり17世紀に誕生した」というのは神話であるという。当時のそれは現在の学術雑誌──査読された数頁の原著論文を複数含む──の原型と言えるようなものではなく、雑報ほかいろいろな記事を含んでいた。また、19世紀に至るまで、科学コミュニケーションの中心は雑誌論文ではなかった。著書は当然として、手紙や学協会での発表も重視されていた。科学上の発見に権威を与えていた──すなわちその信頼性を保証していた──のは、英国ならば王立協会による登記簿への登録、フランスならばアカデミー会合における発表であった。王立協会やアカデミーでの報告は、その報告者とは別の聴講者やジャーナリストによって最初に記事にされることがしばしばであり、科学の発見者が必ずしも著者となるというわけでもなかった。

  こうした科学を取り巻く制度や習慣は、19世紀を通じて徐々に変化していった。18世紀末から商業出版の勢いが増し、新聞や一般誌で科学に関連した報道がなされるようになり、さらには大衆向けにその動向を伝える専門誌も発行されるようになった。一部の著者は自分の発見をそうした商業誌に発表した(その抜き刷りを関係者に配布するという習慣もあったらしい)。1830年代の英国では、科学の生産性を高める改革論の中で、論文の著者を重視する論調が生まれた(ディファレンス・エンジンで知られるチャールズ・バベッジが先導したとのこと)。科学者は顕名で書かなければならなくなった。結果として書かない人、例えば研究活動に出資するだけのアマチュア貴族などは、科学者集団から排除されていった。いくつかの学協会が先行して、発行する専門誌の定期購読者=会員というコンセプトを作りあげて、会員の出版ニーズに応えた。19世紀半ばには、王立協会やアカデミーも週刊の定期刊行物を発行するようになった。

  王立協会やアカデミーが直面したもう一つの問題は、大量の出版物のなかから、真の科学的発見を伝える論文とそうでない記事を見分けて、前者にだけ権威を与えることである。ひとつの解決策は査読の導入である。英国において1830年代に匿名の専門家二人による審査というかたちで試みられた。詳細は省くが、その試みは最初から波乱含みだったらしい。なお、匿名というのは当時の英国の書評にあった習慣だった。もうひとつの解決策は目録化である。目録は文献探索を容易にすると同時に、それへの掲載によって科学に属するものとそうでないものの境界を定める。王立協会は1860年代に科学文献目録を作成して、科学と非科学の分割を確かなものとした(もちろん異論もあった)。このほか、科学的発見と発明の違い、科学史における第一発見者の見方、科学情報へのアクセスにおける利用者観(専門家だけか一般の人も含めるか)などについての当時の議論が詳述されている。

  以上。主に19世紀全体の英仏の動向を追った記述であり、19世紀後半に台頭するドイツや米国については部分的に言及されるだけである。科学を国家で管理しようとして商業出版物に近づくこととなり、それが現在の科学コミュニケーションの原型となった。というわけで、解説によれば、国が前面に出ていた英仏を中心に記述するという本書の選択は適切であるという。科学と商業主義と入り組んだ関係は昔から続いてきたわけで、今に始まった話ではないことがわかる。図書館情報学関係者はご存じのメルヴィル・デューイやポール・オトレもちょっとだけ出てきます。
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勝ち組男性の孤独対策、人間関係の維持に努力せよ、と

2024-08-08 07:00:00 | 読書ノート
トーマス・ジョイナー『男はなぜ孤独死するのか:男たちの成功の代償』宮家あゆみ訳, 晶文社, 2024.

  心理学。中年以上の男性が自殺する原因について探っている。原書はLonely at the Top: The High Cost of Men's Success (St. Martin's Press, 2011)である。邦訳では特に言及されていないけれども、フロリダ州立大学の心理学教授という著者プロフィールからは、『自殺の対人関係理論:予防・治療の実践マニュアル』(2011, 日本評論社)の著者と同一人物であると推測される。彼の主著はWhy People Die by Suicide (Harvard University Press, 2005)だが、未邦訳である。

  男性は、子ども時代から与えられた人間関係を当たり前のものとして享受し、コミュニケーション能力を磨くことをせず、仕事に邁進する。その結果、晩年になって家族から見離され、友人もいない状態になり、孤独のまま精神のバランスを崩して自殺することになる。にもかかわらず、追い込まれるまで自身は孤独なままでも平気だと思っているという点が深刻である。男性もまた女性が子ども時代からそうしてきたように人間関係を維持する努力をすべきだということを、豊富なエピソードを交えて論じている。

  読むうえで気を付けなければならないのは、男性一般の、ましてや弱者男性の話などではなくて、原書タイトルから示唆されるように、仕事に打ち込んでそれなりの稼ぎを得てきた(一時的にせよ)社会的にも認められた男性、彼らの孤独が問題視されているという点である。彼らは、プライドが高くて自己決定権を持つことを尊び、そのせいで周囲と衝突し、なおかつ他人に助けを求めることができない。彼らは、成長期や社会人である途上で仕事(あるいは仕事をうまくこなす能力)にエネルギーを注ぐことを選び、人間関係維持にエネルギーを注ぐことが少ない。また周囲も「男性だから」という理由でそれを許容している。著者はこのことを甘やかし(spoil)という表現で批判している。

  以上が、成功した男性もそれなりのコミュニケーション能力を磨くべきだという理由である。そのような男性の厚生に限れば、これはメリットのある提案なのではないだろうか。ただし弱者男性論の文脈ではそうではないかもしれない。ある程度の稼ぐ能力がなければ家族にせよ友人にせよ人間関係を安定的に維持することは難しいだろう。厚生を維持する以前の状態である。なので、まずは働いてそれなりの収入を得よというアドバイスのほうが適切かもしれない。仕事と人間関係維持にはトレードオフがあるということなんだろう。
  
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米国の2010年前後の状況を元にした「情報と民主主義」論

2024-08-07 07:00:00 | 読書ノート
John M. Budd Democracy, Economics, and the Public Good: Informational Failures and Potential Palgrave Macmillan, 2015.

  図書館情報学、といっても米国社会の話が主で図書館が出てくることはほとんどない。主に民主主義と情報の関係について政治哲学の議論を取り入れながら論じている。著者は米国の図書館情報学者で、このブログでは以前Knowledge and Knowing in Library and Information Science (Scarecrow Press, 2001)を取り上げたことがある。

  冒頭の1章でまず、米国では「リベラル」概念が、権利の拡張派にも穏健派リバタリアンである保守派にも両者に利用されているのは混乱である指摘する。そこで2章では、後者を「新自由主義」としてリーマンショック後の経済危機を理由に批判し、権利の拡張派から切り離す。続く3章でも、公共財(public good)と公共圏(public sphere)といった概念を用いて、米国政治の制度的腐敗を論じている。4章では、上のような危機と腐敗の原因として「情報の失敗」があると議論される。この章では米軍による監禁事件などかなり具体的な例が挙げられている。最後となる5章では「情報提供の可能性」が論じられる。単なる情報の提供ではなく、真実である情報である。かつ送信者がそのような情報を伝えることを意図していることが、民主政体を維持してゆくうえで重要だという。このほか教育制度、オキュパイ運動、ティーパーティ運動への言及がある。

  以上。タイトルからかなり抽象的な議論が展開されるのだろうと予想して読んだが、思いのほか時事的で、リーマンショック後の米国社会の混乱について詳しく、またそれを前提として議論が組み立てられている内容だった。残念ながら本書による概念整理は十分説得力のあるものだとは思えない。だが、議論の前にまず正確な情報をということについては同意できる。
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オープンアクセスの効果と費用をめぐる実証研究

2024-08-06 10:28:47 | 読書ノート
浅井澄子『オープンアクセスジャーナルの実証分析』日本評論社, 2023.

  オープンアクセス(OA)化された学術雑誌の効果と費用について探った専門書籍である。著者は明治大学経済学部の教授で、このブログでは前著の『書籍市場の経済分析』を取り上げたことがある。

  OA化は論文を投稿する側に「論文処理料」という費用負担をもたらした。1章では、OA化という理想が、既存の雑誌をハイブリッド誌からOA誌へと転換させるトレンドを生み出したが、その渦中でRead&Publishという購読料と論文処理料のバンドル契約をもたらし(出版社と大学間の契約)、これが出版社間の競争を阻害して大手出版社を有利にする可能性があると論じている。

  以降の章では以下のような疑問を扱っている。2章では、OA誌掲載論文はそうでない論文より被引用数が高くなるか?──答えはジャーナル側の編集戦略次第だという。3章では、Elsevierほか大手学術出版社が短期間に多数のOA誌を保有することを目指した理由は何か?──委託するジャーナル側にも事情があるとのこと。4章では、購読料と論文処理料の決定要因は何か?──高い被引用指標と、ハイブリッド誌に限れば大手出版社の独占力が影響しているという。

  5章では、著者が投稿先を選択するうえで論文処理料の価格は影響するか?──影響しないとのこと。6章では、OA誌に掲載される著者が属している国の分布が調べられ、ハイブリッド誌の分布と比べると低所得国の著者が多くなっているという。7章では、ハイブリッド誌におけるOA論文とそうでない論文のアクセスパターンの分析で、OA論文のほうがアクセス数が多くなるけれども減衰の時間的パターンはそうでない論文と変わらないとしている。

  以上。先行研究にも詳しく手堅い内容である。今後は、高騰する雑誌購読料または論文処理料を抑えるための議論をするならば本書を踏まえるべきということになるだろう。もちろん、本書でも最後の章でその議論がある。
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大学の受験科目に数学を必ず課すべきとはいうもののしかし...

2024-08-05 21:30:05 | 読書ノート
西村和雄 , 八木匡編著『学力と幸福の経済学』日経BP/日本経済新聞出版, 2024.

  教育経済学。回帰分析なども出てくる論文集であり、一般読者にとって読みやすいとは言い難い。けれども、得られる知見は有益であり、手っ取り早く結論部分だけ読むというのはありかもしれない。なお、編著者の西村和雄は数理経済学を専門とするが、かつてセンセーションを巻き起こした『分数ができない大学生』(東洋経済新報, 1999)の著者の一人である。

  冒頭の論文の初出は1999年で、それから2024年発表に至るまでの四半世紀に及ぶ論文が14本(=14章+終章)続く。いずれの章も教育・育児についてデータ分析を施している。最初の1~3章は1990年代のゆとり教育批判であり、当時の大学生の学力低下が懸念されている。続く4章~8章が本書の中核部分で「文系より理系のほうが所得が多い、数学を受験科目として大学入学した者がそうでない者より社会に出てからの給与も高い、それゆえ数学教育を重視せよ」と説く。9章~12章は家庭教育の話で、しつけのスタイル──支援型、厳格型、迎合型、放任型、虐待型──によって幸福感や倫理感が変わってくるとする。最後の13~14章は個人の行動スタイルや思考タイプについて分類している。

  以上。数学が重要でかつ支援型家庭教育が望ましいという主張については納得できるものだ。問題は、そのためのコストに社会や家庭が耐えられないかもしれないという点である。少子化の中、ゆとり教育以前のようにあれこれ厳しくするというのも難しいことだろう。受験教育を通じて数学力を高めるという以外の方法を考えてみてもいいかもしれない、と簡単に言ってみるものの、アイデアがあるわけではない。
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