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公職者の道徳としての功利主義擁護論

2023-10-06 22:06:29 | 読書ノート
Robert E. Goodin Utilitarianism as a Public Philosophy Cambridge University Press, 1995.

  政治哲学。新手の功利主義論としてしばしば政治哲学系の書籍で言及されているのを見かけるものの、未邦訳のままとなっている。著者は英国人(?)のようだが、1980年代にはオーストラリアの大学で教えていたとのこと。現代の功利主義の代表的論者と言えばメルボルン出身のピーター・シンガー(参考)であるが、序文によれば酒の席で彼が著者を焚きつけてできあがったのが本書であるという。

  個人道徳として採用するには欠陥があるとして1970年代頃から批判されがちな功利主義であるが、政府および公務員の道徳としてみると義務論より優れている、と著者は主張する。推奨されるのは公職者に適用される政府功利主義(government house utilitarianism)で、その中身は規則功利主義と福祉(welfare)の最大化を要素としている。政府が考えるべきは帰結であって、動機は重視しなくてよい。また、個人の選択能力を過剰に信用してはならず、パターナリスティックな介入は認められる(関連してけっこうな頻度で行動経済学の研究が参照されている)。

  弱者を特定する形での現状の社会保障制度は、不平等や不効率をもたらす。それは時代の変化、特に労働市場や家族形態の変化に対応できない。したがって、社会の全構成員を対象とするベーシックインカムという形での社会保障が望ましい。また、消費における奢侈となる部分──広すぎる住居やより高い学歴──は、政府による供給を拡充するよりも、供給を制限したほうが社会全体の福祉を高めるかもしれない。福祉の実現のために国が国民に対して義務を負うのは当然だが、道徳的には外国人に対しても同様の福祉が適用されるべきである。

  などなど。最初のほうと最後のほうはなんとなく理解できたが、中盤の責任と補償についての議論は功利主義という立場とどう関連しているのかがよくわからなかった。あと、トピックによって説得力があったりなかったりである(例えば、核兵器保有が安全をもたらすわけではないと著者は主張しているが、ロシアや北朝鮮のことを考えると核保有は防衛のために有効だと思える)。個人的には20年ほど前に最初の章だけ読んで積読本となっていたのを、やっと通読できて肩の荷が下りた。
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