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商業主義を取り除こうとして商業出版物を模倣したのが科学ジャーナルである、と

2024-08-09 12:32:18 | 読書ノート
アレックス・シザール『科学ジャーナルの成立』柴田和宏訳; 伊藤憲二解説, 名古屋大学出版会, 2024.

  科学史。学術雑誌、なかでも自然科学系のジャーナルが現在の地位をいかにして築いたかを歴史的に明らかにしようとした学術書である。著者はハーバード大の科学史科教授であるが、ネットでプロフィールを探しても詳しい記事が無く、2010年代から論文を発表し始めたというこというぐらいしかわからない。原書はThe Scientific Journal : Authorship and the Politics of Knowledge in the Nineteenth Century (University of Chicago Press, 2018)である。

  「世界最初の学術雑誌は英国王立協会によるThe Philosophical Transactionsであり17世紀に誕生した」というのは神話であるという。当時のそれは現在の学術雑誌──査読された数頁の原著論文を複数含む──の原型と言えるようなものではなく、雑報ほかいろいろな記事を含んでいた。また、19世紀に至るまで、科学コミュニケーションの中心は雑誌論文ではなかった。著書は当然として、手紙や学協会での発表も重視されていた。科学上の発見に権威を与えていた──すなわちその信頼性を保証していた──のは、英国ならば王立協会による登記簿への登録、フランスならばアカデミー会合における発表であった。王立協会やアカデミーでの報告は、その報告者とは別の聴講者やジャーナリストによって最初に記事にされることがしばしばであり、科学の発見者が必ずしも著者となるというわけでもなかった。

  こうした科学を取り巻く制度や習慣は、19世紀を通じて徐々に変化していった。18世紀末から商業出版の勢いが増し、新聞や一般誌で科学に関連した報道がなされるようになり、さらには大衆向けにその動向を伝える専門誌も発行されるようになった。一部の著者は自分の発見をそうした商業誌に発表した(その抜き刷りを関係者に配布するという習慣もあったらしい)。1830年代の英国では、科学の生産性を高める改革論の中で、論文の著者を重視する論調が生まれた(ディファレンス・エンジンで知られるチャールズ・バベッジが先導したとのこと)。科学者は顕名で書かなければならなくなった。結果として書かない人、例えば研究活動に出資するだけのアマチュア貴族などは、科学者集団から排除されていった。いくつかの学協会が先行して、発行する専門誌の定期購読者=会員というコンセプトを作りあげて、会員の出版ニーズに応えた。19世紀半ばには、王立協会やアカデミーも週刊の定期刊行物を発行するようになった。

  王立協会やアカデミーが直面したもう一つの問題は、大量の出版物のなかから、真の科学的発見を伝える論文とそうでない記事を見分けて、前者にだけ権威を与えることである。ひとつの解決策は査読の導入である。英国において1830年代に匿名の専門家二人による審査というかたちで試みられた。詳細は省くが、その試みは最初から波乱含みだったらしい。なお、匿名というのは当時の英国の書評にあった習慣だった。もうひとつの解決策は目録化である。目録は文献探索を容易にすると同時に、それへの掲載によって科学に属するものとそうでないものの境界を定める。王立協会は1860年代に科学文献目録を作成して、科学と非科学の分割を確かなものとした(もちろん異論もあった)。このほか、科学的発見と発明の違い、科学史における第一発見者の見方、科学情報へのアクセスにおける利用者観(専門家だけか一般の人も含めるか)などについての当時の議論が詳述されている。

  以上。主に19世紀全体の英仏の動向を追った記述であり、19世紀後半に台頭するドイツや米国については部分的に言及されるだけである。科学を国家で管理しようとして商業出版物に近づくこととなり、それが現在の科学コミュニケーションの原型となった。というわけで、解説によれば、国が前面に出ていた英仏を中心に記述するという本書の選択は適切であるという。科学と商業主義と入り組んだ関係は昔から続いてきたわけで、今に始まった話ではないことがわかる。図書館情報学関係者はご存じのメルヴィル・デューイやポール・オトレもちょっとだけ出てきます。
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