島袋純教授は学者ではない三流の政治屋だ



「沖縄内なる民主主義6」(A4版・60ページ・600円税抜き)近日発売。
普天間飛行場の違法な封鎖行為。
野嵩ゲート前のゾンビたち。
名護市長選における革新勢の嵐のような選挙違反行為
歴史に残る彼らの犯罪行為の一部始終を写真と文字で再現。
「沖縄内なる民主主義6」は永久保存版です。

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島袋純教授は学者ではない三流の政治屋だ

島袋純琉球大学教授のいう「民主主義の基本」は本当の民主主義の基本ではない。
 島袋教授は辺野古移設に反対した稲嶺氏が名護市長選に当選したから、名護市民は辺野古移設に反対を明示した。だから日本政府は辺野古移設を断念するのが当然でありそれが民主主義の基本であると述べている。

 国が辺野古移設を決断した理由は最初に辺野古区民が移設に賛成したからである。もし、辺野古区民が反対すれば政府は辺野古移設の方向に動くことはなかった。
 辺野古区民の賛成を得た政府は名護市長と県知事の説得に取り掛かった。そして、名護市長と県知事の賛成も取り付けた。
 辺野古区民、名護市長、県知事の三者が辺野古移設に賛成したから辺野古移設の実現に政府は動いたのだ。
 政府・辺野古区民・名護市長・県知事の四者の合意があって初めて辺野古移設を決まったのである。
 
 辺野古飛行場建設は名護市の事業でもなければ県の事業でもない。国の事業である。だから、四者の合意が必要であった。莫大な事業費がかかり大きな工事である辺野古飛行場建設はいったん計画が始まれば簡単に止めることはできない。
 過去の名護市長は辺野古移設を認めた。国の事業であるのだから、次の名護市長が反対したからといって簡単に止めることはできない。いったん四者の合意で始まった国の事業を新しい名護市長が止める権限はない。
 名護市長が賛成したら工事をやって、次の名護市長が反対したら工事を止め、次の市長が再び賛成したら工事を再開する。しかし、次の市長が反対したら再び工事を止める。そんなことをしたら国の事業はめちゃくちゃになる。日本の国がめちゃくちゃになる。
 島袋教授が主張しているのはそういうことである。そんなバカげた話はない。
地方の自治体が国の計画の実権を握る理屈になる島袋教授の主張は議会制民主主義の否定でしかない。

島袋教授のいう民主主義は、名護市に関係するものは全て名護市民に決定権があるということである。国、辺野古、前名護市長、県知事の四者で決めたことを新しい名護市長一人の心変わりで計画を頓挫させることが民主主義だというのである。そんなのは民主主義ではない。国家の仕事を破壊するテロ行為だ。

名護市は辺野古移設に反対した候補が当選したが、八重山市長選、沖縄市長選では辺野古移設に賛成した候補が当選している。
普天間飛行場の辺野古移設は名護市だけの問題ではない。県全体、国全体の問題である。名護市だけが反対したからといって中止するわけにはいかない。

 島袋氏のいう民主主義にはもうひとつ問題がある。
島袋教授は辺野古移設反対を掲げて稲嶺氏が当選したのだから、名護市民は辺野古移設に反対している。だから、名護市民の反対を聞き入れて辺野古移設を断念するのが民主主義であると言う。しかし、名護市民の多くは西海岸に住んでいるが、辺野古は西海岸から十キロメートルも離れている東海岸にある。地図から見れば本当の地元は辺野古であることが分かる。辺野古は移設に賛成している。民主主義は地元の主張を聞き入れるのが基本であるなら名護市民は辺野古民の要求を聞き入れて辺野古移設に賛成しなければならない。
名護市民が辺野古移設に反対するのは地元辺野古無視である。辺野古では辺野古移設に賛成した区長が当選したから、島袋教授のいう民主主義では辺野古移設賛成ということになるのではないか。ところがこの事実を島袋教授は無視している。明らかに故意に無視している。
その事実を認めれば島袋教授のいう地元主義の民主主義論では辺野古移設を認めてしまうからだ。島袋教授は辺野古移設反対のために理屈を組み立てている。事実や民主主義論にこだわっているのではない。

もし、辺野古区長が辺野古移設に反対する候補が当選し、名護市長選では辺野古移設賛成の候補が当選したら、島袋教授は地元の辺野古が反対しているから辺野古移設は止めるべきであると主張していただろう。

島袋氏は琉球大学の教授である。議会制民主主義国家について知り尽くしているはずである。国、県、名護市、辺野古の政治的な権限について知っているだろうし、四者が賛成した国の事業である辺野古移設を新しい名護市長が反対したからといって中止できないことは知っているだろう。それが議会制民主主義国家の基本であることは島袋教授は知っているはずだ。

稲嶺市長が市のあらゆる権限を使って辺野古移設を阻止しようとしたが、遅らすことはできても中止させることはできなかった。
辺野古移設反対候補が知事になっても辺野古の工事を遅らすことはできても中止させることはできない。
知事の抵抗が激しいと太田昌秀元知事の時のように国は裁判を起こすだろう。法律に従って進めてきた国が裁判で勝つことは目に見えている。

島袋教授は学者としての議会制民主主義の知識より、辺野古移設反対のイデオロギーを優先させている。
島袋教授fは学者ではなく三流の政治屋である。
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