厚顔無恥なオスプレイ配備撤回要請団


「沖縄に内なる民主主義はあるか」を、
狼魔人日記の江崎さんがネット販売しています。
申し込みはメールでできます。

ブログ 狼魔人日記
メール ezaki0222@ybb.ne.jp
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「沖縄に内なる民主主義はあるか」
Booksきょうはんで発売中

沖縄教販売り上げ1位続行中



沖縄の政治家たちへ訴える


●普天間飛行場の移設は辺野古しかない。
●オスプレイ配備は阻止できない。
●政府や米軍へのオスプレイ撤去要求は無駄なエネルギー、そんな暇があったらオスフプレイの安全飛行を研究し米軍と交渉するべし。
●普天間第二小学校の元外人住宅地への一日も早い移転を。
●滑走路のいらないオスプレイは将来、民間機として離島県沖縄の救世主となる。
●沖縄の政治家は教師のわいせつ行為、少女買春をなくすために年3回のアンケートを取る条例をつくれ。


11月発売予定「元県知事・大田昌秀にかみつく」の原稿です。


厚顔無恥なオスプレイ配備撤回要請団



「41市町村長が反対し、超党派で声をあげた。数が多い少ないではない。しかも、数字の根拠がなく、あの場にいた感じからするとあまりに少なく、でたらめだ。県民の怒りを真剣に受け止めない政府の姿勢を如実に示したひどい話だ」
藤村官房長官が「主催者発表10万1000人、警察発表2万5000人」と言ったことに対しての糸数慶子参院議員の逆切れ発言である。
9・9県民大会とグレイの20万人ライブの上空写真を比べれば9・9県民大会が10万人にほど遠い人数であることは一目瞭然である。それどころか1万人いるかどうかさえあやしい。道路を歩いている人や木に隠れている人たちを合わせれば1万5000人から2万人はいるかもしれない。警察発表の2万5000人も水増しをしているのではないかと思えるくらいである。
「あの場に」いれば警察発表の2万5000人さえ多いと感じるのが普通の人の実感である。
逆切れした糸数議員は「数が多い少ないではない」と発言しているが、だったら警察発表の2万5000人でもいいではないか。しかし、41市町村長が結集し、共済団体が153団体、税金2500万円をかけ、沖縄2紙が大キャンペーンをやり、無料バスの手配などをやった結果集まった県民が2万5000人では面目丸つぶれだ。県民140万人の中の2万5000人では「県民総意」「県民の意思」は使えない、政府への圧力に利用することができない。10万1000人の県民が結集したと言うから「県民総意」「県民の意思」は使えるし、政府への圧力にもなる。糸数議員や要請団にとって10万1000人というのは重要な数字であり、県民大会の人数は10万1000人でなければならないのだ。
「数が多い少ないではない」と言いながら数にこだわっているのは糸数議員のほうである。

藤村官房長官が「警察発表2万5000人」と発言したことに対して、大会関係者からは、「配備ありきだ」という批判が出たという。おかしな批判である。県民大会に集まった県民は10万1000人なのかそれとも2万5000人なのか、どっちが正しいかの問題であり、上空写真から調べて白黒をはっきりさせればいい問題だ。白黒がはっきりすれば「警察発表2万5000人」のほうが事実に近いということになる。白黒をつけることから逃れるために意味不明の「配備ありきだ」という発言が出たのである。
そもそも10万1000人というのはあまりにもひどい水増しである。しかし、超水増しの発表を主催者はやらなければならなかった。10万1000人でなければオスプレイ配備反対が「県民総意」であると政府に圧力をかけることができないからだ。。オスプレイ配備反対=「県民総意」ありきのための10万1000人なのだ。県民大会に何人集まろうがなにがなんでも10万1000人なのである。

翁長那覇市長は「あえて警察発表で2万5000人いう見解を発言に潜り込ませたのはオスプレイの配備ありきで、沖縄側がどう主張しても押し込めようという意思を感じた」といって憤慨したという。翁長那覇市長は、超水増しを平気でやる革新政治家と同じだ。2万5000人かそれとも10万1000人であるかは9・9県民大会に集まった県民の人数の問題であり、オスプレイ配備問題以前の問題だ。10万1000人という大嘘で政府に圧力をかけようという魂胆の翁長那覇市長は自分たちの大嘘を突かれたので大嘘をごまかすために逆切れしたのである。

県民大会で学生代表として意見発表をした加治工綾美さん(21)沖縄国際大学3年は「あの暑い中、配備反対の思いを持って大勢の人が集まったことに注目してほしい。あえて少ないほうの人数を出すのは疑問だ」と若いながらすでに革新政治家の事実を歪曲するテクニックを身に着けてしまっている。2万5000人と10万1000人は多い少ないの問題ではない。どちらが事実であるかの問題だ。それを「あえて少ないほうの人数を出すのは疑問だ」というのはごまかしのテクニックだ。どんなに多く集まったといっても2万5000人では「県民総意」とは言えない。10万1000人だから「県民総意」と言える。9・9県民大会の人数が2万5000人だっのかそれとも10万1000人だったかは、政府要請団にとって県民大会を「総意」と言えるか言えないかの切実な問題なのだ。10万1000人という虚数にしがみついたのは政府要請団だったのだ。

「沖縄戦を語り継ぐ元女子学徒融資でつくる「青春を語る会」代表の中山きくさん(83)は「あれだけの人が集まったのだから、県民の総意だと受け止めてほしい」と要望しているが、多くの市町村役所や新聞2社が総力をあげて開催したのだから大勢の県民が集まるのは当然のことだ。総力をあげたわりには2万人は少なかったといえる。たった2万人が結集した9・9県民大会が「県民総意」というのはふさわしくない。

9・9県民大会実行委員会の代表者である翁長那覇市長は、「10万人20万人集めようが見て見ないふり。これは国家のいじめだ」と激怒しているが、10万人には程遠い2万人しか集めていないのに「10万人20万人集めようが」はないものだ。お門違いの激怒である。

テレビのニュースで「10万1000人」「県民総意」と政府の閣僚に激しい口調で言い寄る沖縄の政治家たちを見ていると恥ずかしくなる。こんな大嘘を平気でいう沖縄の政治家の質の低さに同じ沖縄人としてみじめな気持になる。なぜ、沖縄の政治家は見え見えの大嘘がつけるのだろうか。そして、大嘘を指摘されたら逆切れするのだろうか。政治家というより酔っぱらいのおっさんに見えてくる。
政治は事実の世界である。事実を冷静に見ることができない人間は政治家として失格である。
9・9県民大会は2万人にも満たなかった。これは事実である。この事実を冷静に受け止めたうえで政治家は行動するべきであるのに、2万人といわれて逆切れするような人間が今の沖縄のリーダーなのである。大嘘をつき文句ばっかりを言っている彼らに沖縄の社会をいい方向に発展させていく能力があるとは思えない。

失業率、県民所得、児童福祉、貧困問題、DV、自殺、学力など沖縄が抱えている深刻な問題は多い。基地問題にうつつを抜かしている政治家たちは沖縄に住む人々の生活問題を疎かにしている。
基地がなくなれば失業率、県民所得、児童福祉、貧困問題、DV、自殺、学力などが解決すると思うのは大間違いだ。基地があろうがなかろうが政治家が真剣に取り組まない限りこの問題は解決しない。

基地の重圧なんてつくり話だ。基地の重圧なんてせいぜい騒音問題くらいである。私は嘉手納基地の近くに住んでいる。ジェット機の騒音がひどい時もある。ヘリコプターが低空飛行をする時もよくある。しかし、それが生活を決定的に損なう重圧とはいえない。
毎日の生活に基地の重圧がのしかかっているとはいえない。基地問題は私たちの日常生活にとって小さな問題だ。普天間飛行場や嘉手納飛行場の周囲に住んでいる人は騒音被害にあっているが、浦添市、那覇市などほとんどの地域は基地の騒音被害を受けていない。沖縄全体が基地の被害や重圧に苦しんでいるなんてでっち上げだ。基地の被害や重圧に苦しんでいるのになぜ、戦後60万人の人口が140万人まで増加したのか。変ではないか。本当に基地の重圧があるなら人口が2倍以上に増加するのはありえないことだ。
「基地の重圧、基地の重圧」と叫んでいる人に要求する。一体、基地の重圧とはなにか、具体例を出してもらいたい。

沖縄県の人たちの生活が向上していくことに汗するのが沖縄の政治家の義務である。失業問題、県民所得、製造業の未発展、経済のバランスの悪さ、児童福祉、貧困問題、DV、自殺、学力など沖縄が抱えている問題を沖縄の政治家は放置している。私たちの生活の深刻な問題に真剣に取り組む政治家になってほしいものである。

オスプレイの普天間飛行場配備を阻止することが不可能であるのは明確だ。それなのに2500万円の税金を投入して県民大会を開き、2万人にも満たない県民大会を10万1000人などと大嘘をつき、大挙して東京に行って、実現するはずのないオスプレイ配備撤回、普天間飛行場の閉鎖を要求する。実現できない要求を掲げて無駄な税金無駄なエネルギーを使う沖縄の政治家たち。単なる大衆受けのパフォーマンスをするだけの沖縄の政治家たち。なんて愚かな政治家たちであることか。彼らのやり方では沖縄はなにもよくならない。

みなさんの意見・感想は
ヒジャイ掲示板へ

ヒジャイ掲示板




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )