生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

心の風船(3)

2006-09-06 16:29:48 | 童話
 

 80歳の松吉さんと6歳のつとむは、庭で並んで穴掘りをしています。 
  
  トリケラトプス プテラノドン
  ステゴザウルス ティラノザウルス
  化石、化石、恐竜の化石、出ておいで
 
 つとむがでたらめな節をつけて歌をうたいました。
  
  アパトサウルス プトロケラトプス
  サンチュゴサウルス イグアノドン
 
 松吉さんも歌いだしました。

「おじいさん、サンチュゴサウルスってどんな恐竜?」
 つとむがたずねました。
「サンチュゴサウルスは、カモノハシ竜の仲間で1964年に中国の山東省で発見されたんや。体の長さが15メートル、重さは2.5トンもあるんやで」
 松吉さんは昨日図書館で借りた恐竜の本に書いてあったことを得意気に話しました。

「カモノハシ竜の仲間っていうことは、草を食べるの?」
「そうや。1日に数100キロも食べんやて」
「数百キロ?」
「自動車1台分や」
「ひょぇーっ!」
つとむは、しりもちをつきました。

「サンチュゴサウルスは、何匹もいたんでしょ。そんなにたくさんの食べ物があったの?」
「そのころ山東省にはそてつ、しゅろ、わらびなどの植物がたくさん生えておったから、食べ物はじゅうぶんあったんや。でも、サンチュゴサウルスには敵がおったんや」
「もしかして、ティラノザウルス?」
「そうや。よぉわかったなあ。ティラノザウルスの骨も一緒に発見されたんや」

 ふたりが夢中で話していると、5時のチャイムが聞こえてきました。
「あっ、ぼく帰らなくちゃ。宿題があるから5時には帰ってきなさいっていわれてるんだ。それじゃ、また明日」
「また明日」
松吉さんは、つとむの後ろ姿にむかって手をふりました。
(明日はつとむくんにどんな話をしよう)
松吉さんはわくわくして床につきました。

 明け方のことです。松吉さんがトイレにいこうと廊下を歩いていました。考えごとをししていて、束ねた古新聞につまずいてころび、腰を打ってしまいました。腰はじんじんとしびれ、立ち上がろうとしても動くことさえできません。
物音を聞きつけて息子の大輔さんとお嫁さんの秋子さんがかけつけました。

「お父さん、大丈夫ですか?」
松吉さんはうめき声を上げただけで何もいえません。すぐに病院に運ばれました。
「おやじ、大腿骨骨折だって」
大輔さんにいわれ、松吉さんはがっかりしました。
「しばらく安静にしていれば、必ず治るから気を落とさないで下さいね」
 秋子さんがやさしくいいましたが、松吉さんは、つとむくんと穴掘りができなくなることを思って、残念でなりません。松吉さんの心にある悲しみの風船がどんどんふくらんでいきました。
                 つづく

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