アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

祝砲の挽歌

2012-06-19 23:55:12 | 刑事コロンボ
『祝砲の挽歌』 ☆☆☆★

 刑事コロンボ28作目。犯人は士官学校の校長。儲からない士官学校を廃校にしようとする創立者の孫を、記念式典中に大砲を自爆させて殺害する。

 コロンボ・シリーズの名犯人役として何度か登場することになるパトリック・マクグーハン初登場のエピソードである。私見では、推理の面白さという点では本作は大したことはない。犯人とコロンボの丁々発止のやりとりみたいなものはあまりなく、コロンボがぼろきれ、仕込まれた爆薬、青写真、などを手がかりにだんだんと全体像を発見していくプロセスを淡々と追うストーリーだ。ただしラストの詰めは非常に良い。冒頭から話題になっていたりんご酒密造が決め手となるが、この詰めの鮮やかさが本エピソードの印象を3割アップしていると思う。

 しかしこのエピソードの本当の魅力は推理云々より、作品全体に溢れる気品というか、清新かつ深みのある雰囲気である。全篇が士官学校の中ということで独特の禁欲的なムードがあることに加え、冒頭の犯行、そして最後の詰めの場面ともに朝靄が漂う早朝であり、この早朝の静かな雰囲気が非常に心地よい。緑の木立、そして吊るされたりんご酒の壜など、映像も美しい。

 そしてこの雰囲気にぴったりなのが、パトリック・マクグーハン演じる犯人のラムフォード大佐だ。きわめて厳格で、規律と論理を重んじる軍人。彼とコロンボの対決は、他のエピソードと比較しても格段にニュアンスに富んでいる。ラムフォードは感情を顔に出さないので、他の犯人のようにコロンボを露骨にバカにすることもないし、怒り出すこともない、また妙に慣れなれしくすることもない。常に軍人らしく、クールに接する。が、おそらく最初は侮っていたコロンボが、実は有能な刑事だということにラムフォードはある時点で気づく。そしてこの、自分とは価値観も人生観もまるで違う刑事に、決して共感はしないもののどこか敬意(のようなもの)を抱くようになった節がある。パトリック・マクグーハンの抑えた演技は決してそれを表にはあらわさないが、ごくごく微妙にそれが伝わってくる。そこが素晴らしい。

 印象的なのは、ラムフォードの執務室で彼がコロンボに葉巻を勧めるシーン。ラムフォードはここで、コロンボと自分はある意味似たような人間だということを口にする。戦争がなくなれば自分は喜んで軍服を脱ぐ、そして庭いじりでもする、と言う。この時ラムフォードはかすかに笑いを浮かべ、「バラがあってね……」と彼らしくない言葉を洩らす。多分これはラムフォードが生徒達にはもちろん、部下にも決して見せないような顔である。これはほんの一瞬のことだし、この場面ではラムフォードもコロンボも口数が少ないので、うっかりすると他の場面と別に変わらないように思えるかも知れないが、よく見ると明らかに空気が違う。ラムフォードとコロンボの間に、ごくかすかではあるものの、不思議な共感の空気が流れているのである。不注意な視聴者なら見逃してしまいそうな微妙な演技、そしてセリフ回し。しかしそれだけに、実に味がある。

 ちなみにここでコロンボに葉巻を勧める時、ラムフォードはオリジナル英語版では「君にもファースト・ネームはあるんだろう?」と聞いているが、日本語訳では「酒はやらんのか?」とまったく違うセリフに変えてある。英語版でのコロンボの答えは、「ありますけどカミさんしか使わないんです」。

 最後の詰めは見事だと書いたが、たまたま時間と場所が限定されてしまうというのは都合が良すぎる感じはする。が、夜は見えない、昼は吊るしていない、だから6:15から6:25までしかあり得ない、しかも……と予想もしなかった一点でだんだん追い詰められていく過程は、とてもスリリングだ。畳み掛けるようにチェックをかけて一気に詰みに持っていくチェスの終盤戦のようにドラマティックだし、朝靄の美しい光景の中でとても絵になっている。また、これまで完璧に支配してきた生徒たちの目の前で敗北するラムフォードには、孤高の哀愁とでも言うべきものが漂う。

 ところで、本エピソードには士官学校の生徒達の歌や吹奏楽以外には、まったく劇伴がない。効果音的な音楽すら流れないのである。これがまた、本作の気品あるストイシズムに似合っている。



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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
バラがあってね… (海松)
2015-03-15 18:15:39
 刑事コロンボのレビューをいつも楽しく読ませていただいています。
ラムフォード大佐が、退役後の生活を語る場面がいいですね。「バラがあってね…。白いバラでね…」
ここで思はず落涙。
大佐のベッドの上の壁にも白い花の画があり、印象深いです。
詩情あふれる作品で、大好きです。
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ラムフォード大佐 (ego_dance)
2015-03-23 12:10:11
独特の雰囲気があるエピソードで、私も大好きです。パトリック・マクグーハンのラムフォード大佐は名演だと思います。夜中に起き出して電話をかけるコロンボも良かったですね。
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