アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

不機嫌な女たち

2018-08-07 22:04:37 | 
『不機嫌な女たち』 キャサリン・マンスフィールド   ☆☆☆☆

 ニュージーランドの作家、キャサリン・マンスフィールドの日本オリジナル短篇集を読了。収録されているのは「幸福」「ガーデン・パーティー」「人形の家」「ミス・ブリル」「見知らぬ人」「まちがえられた家」「小さな家庭教師」「船の旅」「若い娘」「燃え立つ炎」「ささやかな過去」「一杯のお茶」「蠅」の13篇。あとがきによると、マンスフィールドの真骨頂は女性心理のアイロニカルな描写にあるということで、タイトル通り、「不機嫌な女たち」というキーワードで選ばれた作品集ということだ。また、「ささやかな過去」は新たに発表された未発表原稿らしい。

 一読して、ヴァージニア・ウルフに似ているなあと思った。たとえば有名な短篇「ミス・ブリル」など、ウルフの「ダロウェイ夫人」に感じがよく似ている。一幕ものを思わせる短篇の構成もそうだし、「意識の流れ」の手法もそう。実際にウルフ本人もマンスフィールドのことをライバルと言っていたそうだし、Wikipediaによれば「ヴァージニア・ウルフは早くからマンスフィールド作品からの影響を認め、『私に嫉妬心を抱かせる唯一の作品』とさえ言っていた」そうである。本当だろうか。

 短篇のパターンとしては大体、主人公である女性の意識の流れを細かく描いていき、それがふとしたきっかけで大きく揺らいで終わる、というものが多い。そして大抵の場合ブラックなオチがつく。「幸福」「ミス・ブリル」「一杯のお茶」などがその典型である。作品のトーンも特徴があって、天真爛漫な女性心理の浮き立つような幸福感の描写があちこちに出てくる。簡潔で抽象的な、スピーディーな文体もあいまってキラキラした万華鏡みたいな印象を与えるが、その眩さは最後には奈落へと転落していく運命にある。

 という風に、確かにヒロインを突き放すような残酷性、アイロニックな視線が目立つ作風である。要するに意地悪で、ひねくれている。これはこれで面白いが、オチでうっちゃりを食わせてさっと切り上げるスタイルは狙い過ぎという気がしないでもない。それに、プロットの組み立てがパターン化して見える。一方、そういうパターンの作品群とは逆にストーリー的に完結せず、オチもない短編もある。「人形の家」「船の旅」がそうだが、私はこっちの方が現代的で読み応えがあると思った。「人形の家」は、キラキラした多幸感をまとった他の短篇と違って最初からマンスフィールドの残酷性が全開で、暗いムードをたたえた、ちょっと異質な傑作である。

 女性が主人公の作品が続いた後、最後に、一篇だけ男性が主人公である「蠅」が収録されている。他と同じくアイロニーと残酷性が顕著だが、かなり不思議な話である。男が蠅をもてあそぶ話で、蠅の行動から教訓を得るように見せて、最後はやっぱりうっちゃりを食わせて終わる。なかば冗談のような、でもちょっと薄気味悪い小品だ。

 この作風はなかなか読者を選ぶんじゃないかと思う。私は有名作と言われる「幸福」「ミス・ブリル」「一杯のお茶」あたりはそれほど好みではなく、むしろその他の、著者の典型的パターンから逸脱したような短篇の方が面白かった。また、デフォルメされたシャープな描写や、感覚的で音楽的な文体は確かに魅力的で、才気溢れる女流作家の面目躍如である。

 ところであとがきを読むと、著者は身内の死や病気や多くの恋愛の失敗などで、かなり不幸な人生を送ったらしい。34歳で若くして亡くなっているが、マンスフィールドが病気で死の床にあった時も、夫は看病もせず愛人と浮気していたという。そういう女性が書いた小説だと知って読むと、アイロニックな見せかけの下にヒリヒリするような痛ましさを感じてしまう。



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