アブソリュート・エゴ・レビュー

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タンゴ:ゼロ・アワー

2009-07-14 23:44:45 | 音楽
『タンゴ:ゼロ・アワー』 アストル・ピアソラ   ☆☆☆☆☆

 アルゼンチンの作曲家にしてバンドネオン奏者、アストル・ピアソラの代表作の一つ。ピアソラの音楽は基本的には(CDタイトルにある通り)タンゴなのだが、そこにジャズやクラシックの要素が盛り込まれていて、そのためピアソラはタンゴの革命児と呼ばれている。バンドネオンという楽器はCDジャケットを見れば分かるようにアコーディオンに似ているが、鍵盤がなくて全部ボタン式らしい。まあ音だけ聞けばアコーディオンだ。

 なんせ革命児であるからして、このCDにも感傷的で単純なダンス向けタンゴ曲など一切なく、重層的かつ複雑な構成を持つ曲ばかりが収録されている。が、どの曲にもどこかにキャッチーで美しいメロディがあるので、初めてピアソラを聴く人にもお薦めである。私はこれと『ラ・カモーラ』を持っているが、より複合的な曲が多い『ラ・カモーラ』に比べ、この『タンゴ:ゼロ・アワー』の方が一曲一曲のカラーがはっきりしていてまとまりが良く、初めて聴く人にも聴きやすいと思う。とはいえ、決して軽量級の作品という意味ではない。圧倒的な濃度と深度で迫ってくる重量級の傑作である。

 ベースはタンゴなので、センチメンタルな泣きのメロディがあちこちで出てくる。バンドネオンの音がもともとそうだけれども曲調には常に哀愁が漂い、非常に情緒豊かである。が、ピアソラの音楽にはそれと同時にまるで鋼のような強靭さがある。一曲目の『タンゲディア3』を聴いてまず感じるのは毅然とした力強さである。そして踊るような速いテンポの中に、じっとりと汗ばむような秘めた情熱が滲み出す。粒立ったピアノの音もいい。そして二曲目の『天使のミロンガ』では静かで抑制した演奏の中に哀愁を漂わせる。むせび泣くようなヴァイオリンの美しさ。『キンテートのためのコンチェルト』は暗いムードから官能的なメロディへと劇的な展開を見せ、緩急をつけた演奏がひたすら酔わせる美曲である。これもまた中盤のヴァイオリン・ソロが素晴らしく、とても涙なしには聴けない。ピアノとエレクトリック・ギターも終盤で活躍する。

 『ミロンガ・ロカ』『ミケランジェロ’70』は不思議なリズムでテンションの高い演奏を聴かせるコンパクトな曲。『コントラバヒシモ』は10分を越える本CD中最長の曲で、静かなパートと激しいパートが入り乱れる複雑な構成。そしてラストの『ムムキ』はメランコリックなエレクトリック・ギターの音で始まり、ピアノ・ソロとなり、その後バンドネオンが入って緩急自在の演奏を繰り広げる。

 とにかく印象的なのは哀感、情熱、力、複雑で緻密なアンサンブル、鮮やかな情景の切り替え、そしてここぞというところで溢れ出す甘美なメロディ。どの曲にも聴く者の心に激しく揺さぶりをかけてくるような情念の焔がある。まさに圧倒的な魂の音楽だ。


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