アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

続・男はつらいよ

2008-01-02 22:54:11 | 映画
『続・男はつらいよ』 山田洋次監督   ☆☆☆☆☆

 明けましておめでとうございます。

 正月といえば寅さん。先日久しぶりに寅さんを観たくなって日系のレンタルビデオ屋に行くと、DVDに総入れ替えのためVHSビデオの処分中、ずらり並んでいた寅さんシリーズが見当たらない。店員さんに聞くともう売却済みで一本も残っていないという。久々の大ショック。これは私にとっては一大事である、今後好きな時に寅さんを観ることができなくなってしまうではないか。ということで、あわててシリーズ中好きな作品を購入することにした。

 やはり一作目、二作目は欠かせないと思って注文したが一作目が品薄のようでなかなか届かない。まずは届いた二作目を再見。うーむ、とにかく濃い。まだ二作目とあってありあまるアイデアの中からおいしいところだけを抽出しギューっと凝縮した濃厚牛乳のような作品である。最初から最後まで名場面のオンパレード、あらゆるエピソードが劇的かつ叙情的で、渥美清をはじめ名優達の絶品演技のつるべ打ちだ。

 まず序盤は久しぶりに寅が帰ってきて(後の作品と違い、二作目なので本当に「帰ってきた」感じがある)皆に迷惑をかけるが、とらやの中だけでケンカするのでなく恩師の家で飲んだくれ、胃痙攣を起こして入院した先で病室をかき回し医者とケンカし、しまいには無銭飲食で逮捕されて警察でもごねるという派手な暴れっぷり。とにかく元気に満ち溢れていて荒々しく、無軌道ぶりもひときわ鮮烈な寅だ。一通り出揃う主要人物の中では、なんといっても坪内散歩先生の東野英治郎と、寅さんに振り回されて不機嫌になる医者役の山崎努がいい。まだ若い山崎努はワイルドな中にも繊細かつ知的なムードが漂い、寅さんに「お前さしずめインテリだな」と言われてしまうが、じつにセクシーでかっこいい。その山崎努が寅さんの無茶苦茶な言動に不機嫌になってマドンナの佐藤オリエに当たり散らすシーンは見ごたえあるなあ。

 さて、反省した寅は坪内先生にお詫びの言葉を残していずこともなく旅立つ。場面は京都へ。観光する坪内先生と娘はテキヤをやっている寅と遭遇する。「なんで正業につかんのだ」と叱る坪内先生に寅は「京都に母親がいる」という意外な話をする。「しかしまあ会ったってどうってこともないだろうし」という寅に、しばらく黙っていた坪内先生突然「Never! Never!」。この「Never! Never!」が最高におかしい(坪内先生は英語の先生なのだ)。そして、人間の四つの悲しみの中で一番辛いのが死だ、死んでしまったらどうする、会いたいと思ってももう遅いんだぞ、と説く時の東野英治郎の素晴らしい演技。その言葉はまさに胸に突き刺さるようだ。この時点ではまだ観客には知らされていないが、坪内先生は幼い頃に母親と死別して顔を知らないのである。
 
 そして寅とお嬢さんは母親がいるという「グランドホテル」へ。グランドホテル実はラブホテルであるが、このラブホテルでの母と寅の再会シーンは名場面中の名場面である。最初はいかにも人の良さそうなおばさんに人違いで声をかけ、邪魔に入ってきたミヤコ蝶々が実は母親だったという、シリアスな場面だからこそ生きる「勘違い」コメディの見事さと、ショックを受ける寅の演技、そして不幸な母子の再会がもたらす悲哀感。とにかくここでの渥美清の表情というか演技はもう絶品で、神演技と言わせてもらう。人違いのおばさんを必死にかきくどく表情、ミヤコ蝶々が本当の母だと知った時の驚愕、幻滅。ミヤコ蝶々を無言で凝視する表情。対するミヤコ蝶々も、立て板に水と憎まれ口を叩く軽妙な演技で見せる。

 さて、失意の寅がお嬢さんに連れられてとらやに戻ると、「お母さんとか母とか、お兄さんに母親のことを思い出させるような言葉は絶対に口にしてはいけません」という博の提案で、後のシリーズでも定番になる「禁句」シーンとなる。やっぱり面白い。もちろんそういいながらみんな禁句を連発するわけだ。この禁句の提案をするのが博というのがまたいい。博が熱心に禁句を主張し始めるところでもう笑える。

 そのあとは、母再会のショックは徐々に薄れていきお嬢さんへの片思いがヒートアップする。そして坪内先生の死。まず坪内先生が寅を呼び、「荒川で釣った天然のうなぎが食いたい」と妙に子供っぽいわがままを言い出す。先生最後のわがままである。寅は文句を言いながら釣りに行き、諦めかけたところで奇跡的に釣れる。このうなぎ釣りシーン以降のドラマ展開は怒涛である。うなぎが釣れ、大喜びで寅は先生のところへ行く。椅子に腰掛けたまま身動きしない先生。「先生、死んじゃったのか?」という寅。またしても渥美清の神演技。そして葬式シーン、先生が座っていた椅子にすがりついて離れない寅。そこへやってきて、「情けない」といって厳しくも優しく寅を叱る御前様。この流れは涙モノである。
 一念発起して葬式を取り仕切る寅。そこへ現れる山崎努の医者、そしてお嬢さんと医者の抱擁を目撃する寅。失恋である。そしてとらやのシーン。失恋した寅が旅に出るシーンはシリーズ中際限なく繰り返されるが、二作目のこのシーンはその中でもコメディ度、悲哀度ともに最高だ。まずとらや一同が帰ってきて、暗い中、かわいそうで寅の顔が見れなかった、本当に馬鹿だ、あれが本物の三枚目だ云々と喋る。電気がつく。すると寅が座っている。気づかないおいちゃんだけがまだ喋り続け、他は全員が凍りつく。おいちゃん振り返って腰を抜かす。寅は無言でおいちゃんを起こし、服のほこりをたたき、無言のまま二階に上がっていく。このシーンのおかしさはたまらない。そしてさくらが二階に上がると寅が泣いている。失恋して泣く寅は珍しい。そして「おにいちゃん泣いてるの?」と言ってもらい泣きするさくらがまた可愛い。この頃の倍賞千恵子は本当にキレイでチャーミングだ。

 エピローグ。この作品はエピローグがまたいいのである。お嬢さんが天国の坪内先生に語りかけるナレーションが流れる。彼女は結婚した医者と京都旅行の途中、寅を見る。そこで寅はなんと、ミヤコ蝶々の母と一緒にいる。寅は母に甘えている。今回寅は失意の連続でかなり厳しい展開だったが、最後の最後で救いがやってくるのだ。ぐっとくる。山崎努が「声をかけなくていいのか?」お嬢さんは「いいの、いいのよ」このやりとりがまたいい。うれしそうに母親にまとわりつく寅の姿が雑踏に消えていく。感動的なラストシーンだ。

 とにかく最初から最後までダレたシーンがない、目が離せない。後期になると余力を残しているような余裕感が漂ってくるが、この作品では(一作目もそうだが)監督から役者まで全員が全力疾走しているようなテンションの高さがある。大傑作だ。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿