アブソリュート・エゴ・レビュー

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乱れる

2009-04-08 22:54:47 | 映画
『乱れる』 成瀬巳喜男監督   ☆☆☆☆☆

 『浮雲』『流れる』がいずれも素晴らしい傑作だったので、成瀬監督の『乱れる』『乱れ雲』の日本版DVDを入手。まずは『乱れる』を鑑賞。

 主演は高峰秀子と加山雄三。64年の作品なので高峰秀子は『浮雲』『流れる』の時よりだいぶ歳を取っていて、また雰囲気が違う。『浮雲』もそうだったが、これも基本メロドラマである。高峰秀子は夫を亡くしたあと一人で酒屋を切り回しているしっかりした女主人、加山雄三はその義弟でぐーたらしている。最初の方ではこの二人の親しげないい雰囲気の関係が描かれ、やがて加山雄三が「おれは義姉さんが好きだ」と告白、ぎくしゃくした関係になり、終盤はこの二人が家を出たあとの道行となる。

 義理の姉と弟という一種の不倫関係だが、同じくらいの年齢でなく女の方が11歳も年上というのが巧妙だ。これによって余計に二人の関係がうしろめたくなっている。不倫なんて当たり前になっている今と違って、当時はもっと背徳的だったんだろう。義弟の告白にひたすら動揺する高峰秀子。しかし加山雄三はこの人らしいさっぱりした割り切り方で、後ろめたさが全然ないストレートな表現をしてくる。うじうじしたところが微塵もない。加山雄三のキャラクラーがうまく生かされていて、ぐうたら息子で調子がいいくせに不思議と憎めない。イイ奴である。

 例によって成瀬監督は緻密な日常描写を積み重ねていく。二人の恋愛模様はサクサク進行してはいかないが、前半はスーパー進出による個人商店街の危機(近所の店主が首をくくったりする)、中盤は高峰秀子を家から追い出そうとする加山雄三の姉二人の画策、などそれ以外の部分でも面白い。しかしあの二人は実に嫌だ。草笛光子と白川由美のコンビである。最初は再婚を勧めたり「この家に縛りつけているようで申し訳ないのよ」なんて言って「お、いい人か?」と思わせておいて、実は財産分けをしたくないから追い出そうというのである。なんといういやらしさ。成瀬監督のリアリズムで描き出されるため、テレビドラマみたいな戯画的なヒールじゃなくていかにもそのへんにいそうな普通の人のいやらしさが出ていて、ほんとにイヤだ。だからそこで「義姉さんがいたからこの店は今も残ってるんじゃないか」と反論する加山雄三のまっすぐさがますます好もしい。

 結局高峰秀子は自分から身を引いて家を出て行き、加山雄三はそれを追っていく。そして途中下車したさびれた温泉町でラストを迎えるのだが、あのラストがなんといっても衝撃的だ。もうあれだけで忘れられない映画になる。さて、これから結末に言及する。観てみようと思った人はまず映画を観て下さい。












 というわけで、加山雄三の義弟はあっけなく事故で死んでしまうのだが、それだけならメロドラマの結末としては珍しくないだろう。すごいのはこの二人に愁嘆場を一切許さない、恋愛映画としてはあり得ないほどの突き放し方である。
 朝、高峰秀子が旅館の窓から運ばれていく遺体を見る。覆いがかけてあるので最初は誰だか分からない。指に結んだこよりを見て義弟であることを知る。驚愕して階段を駆け下りる。そこへ宿の男が「お連れさんが崖から落ちて」。道に飛び出し、運ばれていく遺体を必死に追いかける高峰秀子。髪を振り乱し、表情をひきつらせ、それでも懸命に走る、走る。ところが遺体の方がさらにすごいスピードで運び去られていってしまうために、彼女は追いつけないのである。わけが分からない。あの連中は一体なぜにああまでどんどん運んでいってしまうのか? 遺体ははるか彼方に遠ざかっていく。そして立ち尽くし、それを茫然と見送るしかない高峰秀子の表情のアップ。この表情と乱れた髪がもう、なんとも言えない。そしてここで、いきなり断ち切られるように映画は終わってしまう。思わず「ええー!」と叫んでしまう。

 それまでの緻密できめ細かなリアリズムが、最後でいきなり不条理劇に突き抜けてしまったような異様な印象だ。成瀬巳喜男監督ってこんな大技も使うんだなあ、とあらためて感心した。この結末に違和感を持つ人もいるかも知れないが、これはやはり傑作である。


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