アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

エバ・ルーナのお話

2009-04-06 20:16:46 | 
『エバ・ルーナのお話』 イサベル・アジェンデ   ☆☆☆☆

 アジェンデの短編集を再読。木村栄一氏の解説によればこれは長編『エバ・ルーナ』の余滴ともいうべき短編集らしいが、『エバ・ルーナ』は読んでいない。

 読むたびに思うことだが、この人は文体も叙述法もガルシア・マルケスにとってもよく似ている。ボキャブラリーまで似ている気がするのは、これは翻訳のせいなのだろうか。いずれにしろ随分と影響を受けているようだ。イメージ先行の散文詩のようなマルケスの短篇よりアジェンデの方がプロット重視で、そのせいか小説としてはやや小粒な印象を受ける。しかしプロットの組み立ては非常に巧みだ。ほぼすべてが愛の物語だが、物語展開のバリエーションが豊富で、しかも小手先のトリックでなく神話のようにどっしりした物語の祖形を感じさせる。つまり引き出しが豊富なのである。

 木村栄一氏は解説の中で、神話的祖形というものについてかなり詳しい考察を展開している。物語創作は人間心理の基本的な働きであるということから、事象に因果関係をつけるために物語が生まれること、そしてある事件が集団的記憶にとどまるには永遠の神話的祖形にあてはめられる必要があり、一旦そうなれば事件は民話や神話となって生き残っていく、しかし現実はそのままでは時の風化に耐えられない、など現実と神話の関係について踏み込んでいく。最後に、アジェンデは神話的祖形の鋳型を使って物語を創造しているのだとの結論に至る。

 これには私も納得できる。つまりアジェンデの物語は身分の違い、復讐、替え玉、殺人など劇的で神話的なモチーフが多用されているが、それだけでなくプロット展開も神話的祖形に則っているということだ。この短編集では最初と最後に『千夜一夜物語』からの引用があるが、現代のシェヘラザードとしての自負が伺えるとともに、アジェンデの小説創作におけるスタンスが明瞭に伝わってくる。

 本書には全部で23の短篇が収録されている。ひとつひとつは短いが、マルケス同様濃縮された物語世界で、神話的で強烈なドラマ、幻想性、そして大らかなユーモアが渾然一体となっているのが特徴だ。愛の物語が多いのでマルケスよりロマンティックな味わいがある。それからおおざっぱにいうと、復讐であれ愛であれ何事かが成就する過程を淡々と描いたものと、結末に劇的なひねりのあるものの二種類に分かれるように思う。前者はたとえば「クラリーサ」、後者は「悪い娘」のような短篇である。私はどちらかというと後者に好きなものが多く、それは作品によってはディーネセン的というか、ボルヘス的な観念のアラベスクに近づいているような気がするからである。

 そしてアジェンデの練達の語り部たる技巧の冴えは、テンポの良い文体もそうだがこの省略のうまさにあると思う。木村栄一氏が言うような神話的祖形に基づいてプロットを組み立てていると、いくら引き出しが豊富でもある程度のパターン化は逃れられないと思うが、似たようなパターンでもどこを省略してどこを語るか、物語をどこで終わらせるかなどでバリエーションをつけ、ひとつひとつをユニークな作品にしている。

 というわけで、私のフェイバリットは「二つの言葉」「悪い娘」「エステル・ルセーロ」「つつましい奇跡」「ある復讐」「裏切られた愛の手紙」「幻の宮殿」あたりである。ドラマティックな物語や幻想的な物語など色々あり、「エステル・ルセーロ」や「つつましい奇跡」ではアジェンデのユーモア感覚も堪能できる。


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2 コメント

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さっそく (ともエ)
2009-06-18 01:17:08
さかのぼってのコメントで申し訳ないです。
このブログを見て読んでみた本だったので…
アジェンデは『精霊たちの家』がまことに素晴らしく、『エバ・ルーナ』でがっかりした、というところだったので、この短篇集はノーマークでした。

読んで驚き、本当に巧い。そして木村氏の解説も良いと思います。ありがとうございます!

「エステル・ルセーロ」で良い感じに爆笑しましたね。
しかしこのような、シェヘラザード的な矜持を持つ書き手の本にしばらくお目にかかっていない。
ミヒャエル・エンデのような、ボルヘスのような…書くことで生きる、というような矜持、上手く言えませんが。
ということで、過去にさかのぼってのコメント、またちょこちょこ書かせていただきますね^^
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アジェンデ (ego_dance)
2009-06-19 01:16:18
さかのぼってのコメント大歓迎です。

アジェンデは本当に語りが巧いですね。作品ごとに叙述や手法を変える作家もいますがこの人は見事に同じ語り口で、しかも23個も並べて飽きが来ないという、やっぱり天性の語り部なんでしょう。
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