アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

不夜城

2007-09-24 17:15:31 | 
『不夜城』 馳星周   ☆☆☆☆

 馳星周の最高傑作であるらしいハードボイルド小説『不夜城』を読了。なかなか面白かった。こういうタイプのハードボイルド小説は確かに珍しいかも知れない。あんまりハードボイルドは読まないので偉そうなことは言えないが、北上健二氏もあとがきで同じことを書いているので的外れでもないだろう。

 要するに、主人公がワルい。いわゆる、ワルだけど実はいい奴、とかじゃなく、ほんとに悪い。バンバン人を裏切る。昔つるんでいた仲間をだましておびき出して裏切って殺そうとする。世の中はカモられる奴とカモる奴の二種類だ、おれはカモにはなりたくない、という信念で生きている。
 盗みは割に合わない、ということで故買屋をやっている。要するに盗品の売り買いである。どこの組織にも属さず一匹狼だが、昔の仲間が新宿に戻ってきて上海の中国人ヤクザのグループともめ始め、お前は知ってるはずだあの野郎はどこだ、引き渡さないとひどい目に合わすぞこの野郎、と脅されて抗争に巻き込まれることになる。この主人公、別に殺しの達人でも常人離れしたタフガイでもなんでもない。どっちかというと格闘や銃撃は苦手で、頭を使って対処するタイプである。銃を向けられると膝が震えたりする。だから上海ヤクザ組織と正面から戦うわけはなく、新宿でしのぎを削っている台湾人グループ、北京ヤクザグループ、などあっちこっちに顔をつなぎ情報を流し、こっちはけしかけあっちは恩を売り、てな具合に綱渡りをしてなんとか生き残ろうとする。その中で、この騒ぎの台風の目である昔の仲間はもちろん裏切って死んでもらうことにする。「保険はできるだけかけておく」が口癖だ。

 こういう男が主人公だけれども、読者から「こんな奴どうなっても知らん」と思われたらまずいのでそこに色んな仕掛けがあり、ギリギリ許容範囲内におさまるようになっている。まず、主人公は台湾人と日本人の混血で、どこのグループにも所属させてもらえないというかわいそうな境遇で育っている。二つ目、主人公が裏切ったりハメたりする連中もギャングであり悪い奴らなので、主人公の行動にあまり嫌悪感を感じない。主人公は別にカタギだからと言って遠慮するとは思えないが、少なくとも本書中で何の罪科もない善人をひどい目に合わせることはない。三つ目、本当に読者が嫌悪感を感じるような悪行、たとえば子供の臓器を売る、とかそういうことはしない。但しそれは倫理感からではなくリスクが大きい・商売をする上で信用を失う、などの打算からである。三つ目、彼は夏美という女と出会い彼女を愛するようになる。夏美というのもいい加減ひどい女で主人公は全然信用してないが、「多分おれは彼女を愛してるんだろう」ということになり、最後には自分のポリシーに反して彼女を守ろうとする(が、結局最後までは守らない)。

 まあそんなことで、主人公としてのポジションは一応キープできていると私は思うが、こんな奴嫌だ、という読者がいてももちろんおかしくはない。初めて松田優作のピカレスクもの(『蘇る金狼』とか『俺達に墓はない』とか)を見た時のインパクトに近いものがある。ただ松田優作が強くてカッコイイのに対し、こっちは策略で勝負。要はこすっからい奴である。

 こういう話なので、裏社会のリアリティには溢れている。またタフネスにものをいわせて苦境を打開していく主人公ではないので、必死に知略をふりしぼって先手、先手を打っていく。知的なサバイバル・ゲームとしての面白さもある。

 主人公もワル、ヒロインもワルで、この二人の刹那的かつSM的な愛が展開するわけだが、この二人の愛の(?)会話はちょっとくさい。「自分と同じ匂いがする女と会ったのは初めてだ」「連れて行って、地獄の果てまで」みたいなノリである。ちょっと演歌入っているかも知れない。

 ところで舞台は新宿だが、新宿鮫こと鮫島警部もこの町にいるはずだ。鮫島と本作の主人公、劉健一の対決をぜひ見てみたいものだが、大沢さんと馳さんで共作でもしてくれないかな。売れると思うけど。ムリだけど。


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