アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

車輪の下

2009-03-08 10:50:03 | 
『車輪の下』 ヘルマン・ヘッセ   ☆☆☆★

 ヘッセの『車輪の下』を再読。最初に読んだのは多分中学生の頃だと思う。どういうわけか日本の読書好きの子供は必ずこれを読むらしい。大人になって読んだら思ったより短いことに驚いた。

 ハンス・ギーベンラートはある田舎町で神童とみなされている少年である。本当は釣りが好きな内気な少年だが町の人々の期待を背負って懸命に勉強し、神学校を受験する。自信がなかった試験も二番で合格し、寄宿舎生活に入る。最初は頑張って優等生となるが、やがてハイルナーという詩人気質の天才的な少年とつきあい、彼の影響と思春期の惑いのために精神的に追い詰められ、脱落していく。神学校を辞めて田舎に帰り、職人に弟子入りする。そして酒盛りの夜、ハンスは川に落ちて死ぬ。彼の人生は一体何だったのか、と思わずにはいられないかわいそうな話である。

 受験、神学校での寄宿舎生活、そして神学校を辞めた後、と大体三部構成になっている。受験のパートは必死に勉強するやせっぽちのハンスが痛々しく、試験に臨む不安や一喜一憂の模様がなかなかスリリングでもある。自然描写が美しいので、その中でひたすら(健康を害しながら)勉強するハンスの姿が「車輪の下」というテーマを強く印象づける。
 神学校に入ってからは少女マンガでよくある「美少年寄宿舎もの」的なテイストも出てくる。萩尾望都の『トーマの心臓』とかああいう世界。ちなみに私はああいうのが結構好きである。奔放な反逆児ハイルナーとマジメ少年ハンスが仲良くなり、唐突なキスシーンがあったりする。ただしハンスやハイルナーが美少年かどうかは知らないし、別にボーイズ・ラヴの話ではない。あくまでも思春期の少年達の、友情と初恋が入り混じったような甘酸っぱい惑いの物語だ。
 神学校を辞めてからはエピローグみたいな感じで、淡々と終わっていく。ハンスの死もあっさりと描かれる。あまり悲壮に盛り上げないところが逆に良い。

 全体に特徴的なのはヘッセらしい自然描写の美しさと、それが思春期のリリシズムとあいまって醸しだす柔らかい浮遊感である。まるでバルビゾン派の絵画のように、銀灰色の靄がかかった甘美なノスタルジーに溢れている。それともう一つ今回感じたのは、素朴ながらストーリーテリングがかなり達者だということだった。自伝的な小説のわりにはだれたところがなく、緊密な構成になっている。

 本書は制度という車輪に押しつぶされる少年を描いた告発型の小説という見方が一般的だが、個人的にはそれよりも思春期の心の揺れや同性に対する友情とも恋ともつかない感情、そして自然描写の美しさなど全篇に溢れるリリシズムが一番の読みどころだと思う。特に印象的だったのは、ハンスと同室の目立たない少年が池で溺死するエピソードである。メイン・プロットとは関係ないが、思春期の少年達の世界に死というものが投げかける畏怖、神秘、そして荘厳を詩情豊かに描き出していて忘れられない。


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2 コメント

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はじめまして (anator)
2009-03-11 01:10:09
『夜の断想』というブログを運営しているanatorと申します。

ヘッセは昔から好きな作家で、新潮社のヘッセ全集、ノーベル書房のヘッセ選集、臨川書店のヘッセ全集を買ってしまいました・・・。少年の心や、自然の風景を書くということにかけては、ヘッセは非常に長けていると思います。

今後ともよろしくお願いします。
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こんにちは (ego_dance)
2009-03-11 10:05:42
anatorさんはじめまして。こちらこそよろしくお願いします。

それにしても全集をいくつもお持ちとはすごいですね。かなりのヘッセ愛読者とお見受けしました。私はヘッセはあまり詳しくありませんが、久しぶりに読んであの独特の詩情を思い出しました。昔読んだ『春の嵐』なども読み返してみようかと思っています。

ブログ拝見しましたが、オーストリア文学がお好きなのでしょうか。また遊びに寄らせていただきます。
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