アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

小説のように

2015-02-12 11:58:19 | 
『小説のように』 アリス・マンロー   ☆☆☆☆

 ノーベル賞を受賞したカナダ人女流作家、アリス・マンローの短編集を読了。Amazonのカスタマーレビューが絶賛のコーラス状態となっているので読んでみたのだが、確かにそれももっともと思える作品集だ。品格がある。端正である。エレガントで、かつ感情豊かである。加えて、知性が溢れ出している。読んでいて尊敬の念が湧いてくる。アホなところ、変態的なところはカケラもなく、まさに純文学という言葉がしっくりくる文芸作品だ。

 マンローはそのスタイルから「われらがチェーホフ」と呼ばれているそうだが、チェーホフのように本当に何気ない日常の光景を描くというよりは、何かしら非日常的な、痛ましい出来事や事件が核となっている短編が多い。たとえば肉親の死、ケガ、裏切りなどである。ただしそれらを劇的に、直接的に描くのではなく、さりげない日常描写の中からじんわり浮かび上がらせていくというスタイルだ。どの短編でも、読者はまずささやかな日常の背後に何か大きな、不気味なものが隠れている印象を抱く。そして一旦それが姿を現すと、それをめぐる人生のありようがきわめて多義的に、複雑玄妙な味わいとともに描写される。この多義的という部分がとても重要なポイントで、これらの短編の中では何が正しくで何が間違っているのかなかなか判断がつかない。何事も単純ではなく、複雑で、曖昧性に包まれた世界。この複雑性、曖昧性が読者を幻惑する。どの短編もたっぷりと奥行きがあり、底を見透かされるということがない。深い深い池のようだ。
 
 そして読み終えた時には、人生の感慨と痛みと恵みが渾然一体となって迫ってくる。文体は端正かつ穏やか、過剰なところがなく、調和と秩序を感じさせる文体である。衒いのない、柔らかい文体で、女性的な優しさがある。まさに「珠玉の」という形容詞が似つかわしい、いかにも「ニューヨーカー」に掲載されそうな短篇ばかりだ。村上春樹が「間違いなく上級者向け」と評しているのもうなづける。

 従ってこの作品集のクオリティを認めるにまったくやぶさかではないが、完全に個人的な好みを言わせてもらえば、もう少し破綻というか遊びというか、バカなところがあってもいいんじゃないか、と思わないでもない。あまりに賢く、きれいで、品が良く、アホらしさ皆無である。アホらしくない方がいいじゃないかという意見もあるだろうが、私としては少量のナンセンスは害にならない、むしろ必要だと言いたい。この素晴らしい作品集に足りないものがあるとすれば、それはナンセンスである。あまりに「意味」に溢れ過ぎている。遊びが足りない。ここでナンセンスやばかばかしさや遊びと言う時、私が思い浮かべる分かりやすい例はたとえば筒井康隆、バロウズ、エリクソン、ヴィアン、ジャリ、ドノソである。分かりやすくない例としては、カフカ、タブッキ、ゼーバルト、ボルヘスである。

 だから☆四つ。そんな無茶なと言われそうだが、あまりに賛辞のコーラスばかりなのであえて異論を唱えてみたということも確かにある。が、決してつむじ曲がりだけで言っているわけではない。また、マンローにユーモアが欠けていると言っているわけでもない。ユーモアのセンスはある、しかしナンセンスは足りないと思う。この二つは別物である。繰り返すが、これはあくまで好みの問題だ。短編というものの一方の極にチェーホフがあり、もう一方の極にポーがあるとすれば、私は明白にポー寄りの人間なのです。

 ただし、本書を読んでマンローという作家の素晴らしさはよく分かった。先に書いたテーマ性や多義性の奥深さもそうだけれども、たとえば「木」という短編で木の切り方や木の愉しみを書いた部分のような、さりげないディテールに感心した。本当にうまい。力まず、さらっとした文章で、過不足なく伝えたいエッセンスを伝達する。やはりこれは達人の技だろう。



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2 コメント

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あら。 (青達)
2015-02-14 14:54:29
残念。それは完全に好みですね。僕はこの「小説のように」をブックオフでたまたま手にとって特に期待せずに読み始めてすっかりファンになったクチですが。彼女がノーベル文学賞を取る半年くらい前です。で、アホみたいなハルキニストのニュースが流れる頃に「ああ、あのマンローさんが受賞?」となって。

 本書でのお気に入りは冒頭の「次元」と「こどもの遊び」ですね。最初はなんだかよく分からない話が続く。でも辛抱強く付き合ってると徐々にピントが合ってきてある瞬間で「ああ!」となる言わばミステリー的趣向のある作品。ぐいぐい読まされる。どちらも痛ましいけど善と悪を割り切っていない。「流れのうちに偶然に、或いは必然のようにこうなってしまった。でももう取り戻せない」という。

 可愛らしく聡明な息子が成長して全く理解不能な存在になってしまう「深い穴」も好き。息子いないけど。

 「イラクサ」の方に入ってる「恋占い」(原題『Hateship,Friendship,Courtship,Loveship,Marriage』。)もいいです。こちらも最初の入りからは全く予想の付かない着地をします。それでもやっぱりエンタメではなく「文学」の香り高い独特のマンロー節。
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Unknown (ego_dance)
2015-02-15 14:32:28
「次元」は私も面白かったですね。表題作の「小説のように」は、あまりピンと来ませんでしたが。もう一冊ぐらい読んでみたい気はするので、その時は「イラクサ」にトライしてみましょう。
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