『フェアウェル・トゥ・キングス』 ラッシュ ☆☆☆☆
ラッシュ五枚目のスタジオ・アルバム。名作『2112』と『神々の戦い』の間である。正直、ラッシュのアルバムの中では初期三枚と並んでもっとも聴かないアルバムの一つだったが、最近久しぶりに聴いたら実に新鮮で、その後頻繁に聴くようになった。
このアルバムでラッシュは初めてシンセサイザーを使った。ペダルシンセを使い、曲の一部でゲディが鍵盤でメロディを弾いている。タイトル・チューン「A Farewell To Kings」のイントロ部分や「Xanadu」の曲の途中、小品「Madrigal」などだが、コード弾きは一切なく、ただ単音でメロディを弾くだけという控え目な使い方である。もともと鍵盤楽器奏者ではないゲディが弾いているので当然だが、それでも大作「Xanadu」ではゲディが弾くシンセサイザーのメロディが重要なアクセントになっているし、同曲のインスト部分では、ペダルシンセで(つまり足で)メロディまで弾いている。トリオという限られた編成のラッシュが、音の幅を広げようと努力しているのが分かる。
それにシンセの演奏そのものはちょっとした装飾程度だとしても、特徴的なオーバーハイム・シンセサイザーの音があちこちで鳴ることによって近未来的、SF的、プログレ的なラッシュ・サウンドを印象づけることに成功している。後の『Moving Pictures』で完成するラッシュのイメージへと、徐々に近づきつつあるのだ。
それにしても、テクもないくせにうまくシンセを使って曲に表情をつけている「Xanadu」や「Cygnus X-1」を聴くと、この人たちの、というかおそらくゲディのアレンジのセンスはやはり持って生まれたものだなと感心する。オーバーハイムで彼が弾く短いメロディも魅力的でしかもラッシュらしさがあり、ちょっとべ―シストの余技とは思えない。
さて、シンセサイザーの話はこれぐらいにして、アルバム全体のサウンドについて言うと前作『2112』より次作『神々の戦い』に近い。ゲディのヴォーカルもシャウト時のディストーションが控えめになり、『2112』よりきれいに声を出す唱法に変化している。といっても、カン高い声はあいかわらず出しまくっているが。
曲は、約10分の大作「Xanadu」と「Cygnus X-1」がキー曲となり、その周囲に短めの曲をパラパラ配置した感じだ。A面に長尺曲ひとつB面は小品集、という明快な構成の『2112』と『神々の戦い』に比べて、本アルバムの印象が薄いのはこの構成によるところも大きいと思う。それともう一つ、小品「Madrigal」は『2112』の「Tears」、『Permanent Waves』の「Different Strings」に相当する、ラッシュがライヴでの再現性を気にしないで多重録音した曲だけれども、なんだかラッシュらしくないのんびりした曲で面白くない。
が、他の曲は充実している。まずインストゥルメンタル部分の演奏が強力で、あちこちでものすごいテクニカルなアンサンブルが聴ける。「A Farewell To Kings」や「Cinderella Man」の間奏部分など、ラッシュ楽曲の中でも相当難度が高いと思う。以前ブートレグで「A Farewell To Kings」のライヴ演奏を聴いた時は、あの間奏部分で目が点になった。もう全然拍が分からない。ドラムは手が十本あるのかと思うぐらい叩きまくり、その上でゲディのベースはわけのわからないフレーズを弾きまくる。ギターも当然弾きまくり。で、わけわからなくなってグシャグシャになった瞬間、ばっちりユニゾンを決めてくる。私が聴いたラッシュのもっともテクニカルな演奏は多分これだと思う。イエスの「パペチュアル・チェンジ」(「イエスソングス」バージョン)並みの超絶アンサンブルである。
目玉である長尺曲二曲も、異なるリフを直線的に並べた「2112」よりも複合的、立体的な構成になっている。後のライヴ盤『Exit Stage Left』でも演奏された「Xanadu」は楽園幻想を扱った曲だが、壮大なイントロから緊張感のあるインスト部分をへてヴォーカル・パートへ突入、ヴォーカル・パートでも動と静の対比が鮮やかだ。先に書いたようにシンセサイザーもアクセントとしてうまく使われ、壮大な分厚い演奏の終結部に至る。とても三人の演奏とは思えない豪華絢爛たるアレンジだ。特にこの曲では、ニール・パートがチャイムやゴングなど多彩な打楽器を駆使して音を厚くしているのが印象的である。また、どことなく東洋的な雰囲気のメロディも歌詞に合っていて美しい。しかもとってつけたような東洋趣味ではなく、ちゃんとラッシュのメロディとサウンドになっているところがさすがだ。
さて、もう一曲の長尺曲「Cygnus X-1」は、最後で「つづく」としてしまったがゆえに『神々の戦い』の予告編みたいになってしまって損をしているが、これ単独でも十分魅力的な曲である。壮大かつ甘美な楽園幻想だった「Xanadu」と違い、これは暗黒のスペース・オペラというべき曲想だ。ゲディのベース・ソロから、唐突に変拍子のユニゾンへとなだれ込む。そしてペダルシンセも使いながら三人揃ってダッタダッタダッタダッタと不安なコードを刻むところはもう、ラッシュ十八番の演奏である。これを聴いて燃えなければラッシュ・ファンじゃない。
思いっきりダークなインスト演奏の後は明るく開放感溢れるヴォーカル・パートとなり、一旦静かになった後また不気味なコードでハイテンションなクライマックスへとなだれ込むが、この終盤部分のテンションの高さはもはや異常である。凄まじいとしか言いようがない。そしてまた、ラストは物凄いゲディのシャウト。ラッシュの歴史の中で、ゲディが出した一番高い声はこれだろう。
そして、この曲は次作の『神々の戦い』へと続く。『神々の戦い』のA面全部を使って繰り広げられる続篇「Hemisphere」がとても均整がとれた構成であるのに対し、この「Cygnus X-1」は尻切れトンボだし、部分的に異常なテンションが突出しているし、なんだか破れかぶれ感が漂っているが、それこそがこの曲の魅力だと言っていいんじゃないだろうか。とりあえず、ラッシュ楽曲中もっとも粗削りかつ破格な組曲だと思う。
そんなわけで、全体の統一感に欠けることで損をしている『フェアウェル・トゥ・キングス』だが、曲の充実度は他のアルバムにひけをとらない。ラッシュは『2112』や『ムーヴィング・ピクチャーズ』しか聴いたことがないという人には、是非一度聴いてもらいたい。
ラッシュ五枚目のスタジオ・アルバム。名作『2112』と『神々の戦い』の間である。正直、ラッシュのアルバムの中では初期三枚と並んでもっとも聴かないアルバムの一つだったが、最近久しぶりに聴いたら実に新鮮で、その後頻繁に聴くようになった。
このアルバムでラッシュは初めてシンセサイザーを使った。ペダルシンセを使い、曲の一部でゲディが鍵盤でメロディを弾いている。タイトル・チューン「A Farewell To Kings」のイントロ部分や「Xanadu」の曲の途中、小品「Madrigal」などだが、コード弾きは一切なく、ただ単音でメロディを弾くだけという控え目な使い方である。もともと鍵盤楽器奏者ではないゲディが弾いているので当然だが、それでも大作「Xanadu」ではゲディが弾くシンセサイザーのメロディが重要なアクセントになっているし、同曲のインスト部分では、ペダルシンセで(つまり足で)メロディまで弾いている。トリオという限られた編成のラッシュが、音の幅を広げようと努力しているのが分かる。
それにシンセの演奏そのものはちょっとした装飾程度だとしても、特徴的なオーバーハイム・シンセサイザーの音があちこちで鳴ることによって近未来的、SF的、プログレ的なラッシュ・サウンドを印象づけることに成功している。後の『Moving Pictures』で完成するラッシュのイメージへと、徐々に近づきつつあるのだ。
それにしても、テクもないくせにうまくシンセを使って曲に表情をつけている「Xanadu」や「Cygnus X-1」を聴くと、この人たちの、というかおそらくゲディのアレンジのセンスはやはり持って生まれたものだなと感心する。オーバーハイムで彼が弾く短いメロディも魅力的でしかもラッシュらしさがあり、ちょっとべ―シストの余技とは思えない。
さて、シンセサイザーの話はこれぐらいにして、アルバム全体のサウンドについて言うと前作『2112』より次作『神々の戦い』に近い。ゲディのヴォーカルもシャウト時のディストーションが控えめになり、『2112』よりきれいに声を出す唱法に変化している。といっても、カン高い声はあいかわらず出しまくっているが。
曲は、約10分の大作「Xanadu」と「Cygnus X-1」がキー曲となり、その周囲に短めの曲をパラパラ配置した感じだ。A面に長尺曲ひとつB面は小品集、という明快な構成の『2112』と『神々の戦い』に比べて、本アルバムの印象が薄いのはこの構成によるところも大きいと思う。それともう一つ、小品「Madrigal」は『2112』の「Tears」、『Permanent Waves』の「Different Strings」に相当する、ラッシュがライヴでの再現性を気にしないで多重録音した曲だけれども、なんだかラッシュらしくないのんびりした曲で面白くない。
が、他の曲は充実している。まずインストゥルメンタル部分の演奏が強力で、あちこちでものすごいテクニカルなアンサンブルが聴ける。「A Farewell To Kings」や「Cinderella Man」の間奏部分など、ラッシュ楽曲の中でも相当難度が高いと思う。以前ブートレグで「A Farewell To Kings」のライヴ演奏を聴いた時は、あの間奏部分で目が点になった。もう全然拍が分からない。ドラムは手が十本あるのかと思うぐらい叩きまくり、その上でゲディのベースはわけのわからないフレーズを弾きまくる。ギターも当然弾きまくり。で、わけわからなくなってグシャグシャになった瞬間、ばっちりユニゾンを決めてくる。私が聴いたラッシュのもっともテクニカルな演奏は多分これだと思う。イエスの「パペチュアル・チェンジ」(「イエスソングス」バージョン)並みの超絶アンサンブルである。
目玉である長尺曲二曲も、異なるリフを直線的に並べた「2112」よりも複合的、立体的な構成になっている。後のライヴ盤『Exit Stage Left』でも演奏された「Xanadu」は楽園幻想を扱った曲だが、壮大なイントロから緊張感のあるインスト部分をへてヴォーカル・パートへ突入、ヴォーカル・パートでも動と静の対比が鮮やかだ。先に書いたようにシンセサイザーもアクセントとしてうまく使われ、壮大な分厚い演奏の終結部に至る。とても三人の演奏とは思えない豪華絢爛たるアレンジだ。特にこの曲では、ニール・パートがチャイムやゴングなど多彩な打楽器を駆使して音を厚くしているのが印象的である。また、どことなく東洋的な雰囲気のメロディも歌詞に合っていて美しい。しかもとってつけたような東洋趣味ではなく、ちゃんとラッシュのメロディとサウンドになっているところがさすがだ。
さて、もう一曲の長尺曲「Cygnus X-1」は、最後で「つづく」としてしまったがゆえに『神々の戦い』の予告編みたいになってしまって損をしているが、これ単独でも十分魅力的な曲である。壮大かつ甘美な楽園幻想だった「Xanadu」と違い、これは暗黒のスペース・オペラというべき曲想だ。ゲディのベース・ソロから、唐突に変拍子のユニゾンへとなだれ込む。そしてペダルシンセも使いながら三人揃ってダッタダッタダッタダッタと不安なコードを刻むところはもう、ラッシュ十八番の演奏である。これを聴いて燃えなければラッシュ・ファンじゃない。
思いっきりダークなインスト演奏の後は明るく開放感溢れるヴォーカル・パートとなり、一旦静かになった後また不気味なコードでハイテンションなクライマックスへとなだれ込むが、この終盤部分のテンションの高さはもはや異常である。凄まじいとしか言いようがない。そしてまた、ラストは物凄いゲディのシャウト。ラッシュの歴史の中で、ゲディが出した一番高い声はこれだろう。
そして、この曲は次作の『神々の戦い』へと続く。『神々の戦い』のA面全部を使って繰り広げられる続篇「Hemisphere」がとても均整がとれた構成であるのに対し、この「Cygnus X-1」は尻切れトンボだし、部分的に異常なテンションが突出しているし、なんだか破れかぶれ感が漂っているが、それこそがこの曲の魅力だと言っていいんじゃないだろうか。とりあえず、ラッシュ楽曲中もっとも粗削りかつ破格な組曲だと思う。
そんなわけで、全体の統一感に欠けることで損をしている『フェアウェル・トゥ・キングス』だが、曲の充実度は他のアルバムにひけをとらない。ラッシュは『2112』や『ムーヴィング・ピクチャーズ』しか聴いたことがないという人には、是非一度聴いてもらいたい。
アブソリュート・エゴ・レビュー様の書評を拝見し、ぜひシミルボンでもお書きいただけないかと思い、ご連絡致しました。
ご興味おありでしたら、こちらのメールアドレス(offer★shimirubon.jp ←★を@に変えてご送信ください)までご連絡いただけませんでしょうか。
あらためて詳細を送らせていただきたいと思います。
ご検討くださいませ。