アブソリュート・エゴ・レビュー

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ザ・レイプ

2012-05-23 22:02:35 | 映画
『ザ・レイプ』 東陽一監督   ☆☆☆★

 すごいタイトルだが、ポルノ映画ではない。多分、大昔にレンタルビデオか何かで観たことがある。細かい部分はすっかり忘れていたが、田中裕子と風間杜夫が醸し出す、湿り気と陰りのある、繊細な、どこか痛々しい空気感だけは印象に残っていて、そのせいでまた観たいと思ったのである。

 やはり田中裕子の存在が大きい。彼女がこの映画そのものと言ってもいいぐらいだ。脱ぎまくっているのはもちろんのこと、レイプ・シーンもかなり生々しいというか、描写が細かくて、よくまあこの役を受けたなと感心する。さすがの彼女でも撮影は相当キツかったのではないか。しかしその甲斐あって、映画は彼女のプライヴェートな領域に自然に分け入って行くような、リアリティのある繊細さを獲得することができている。そこには田中裕子の裸が見れるとかセックスシーンが見れるとかいう下心でこの映画を観る男性オーディエンスを、田中裕子本来の、女優としての魅力に絡めとってしまうに充分なパワーがある。やはり一筋縄ではいかない女優だ。

 加えて、この路子というキャラクターは華奢に見えてたくましく、弱く見えてしたたか、可愛らしくもあれば小悪魔的でもあるという複雑きわまりない女で、演じる田中裕子の演技者としての幅を完全に活かしきっている。これにより、映画は田中裕子カラーとでもいうべきものですっかり染め上げられていて、おそらく主演女優を変えるとこの独特のムードは失われてしまうだろう。

 映画のテーマはもちろんエロではなく硬派な社会派で、レイプ被害者である女性が司法制度によってセカンド・レイプされる、という理不尽な現実の告発になっている。現在改善されているのかどうか知らないが、この映画を観ると、その理不尽さはおそらく実際に経験した人間でなければ分からないくらいひどいものだ。ほとんど忍耐力の限界に近いと思われるすさまじいストレスが、司法制度によってレイプ被害者に加えられる。

 それは警察に被害届を出すところから始まる。複数の刑事達(当然男ばかり)に囲まれて「事件のあと性交しましたか?」などという質問に答えさせられる。裁判になるともうこんなのは序の口で、被告人側の弁護士からはありとあらゆる屈辱的な言辞を投げかけられる。「原告側の性的な習慣を知ることは、本件を判断するにあたり重要なことであります」という口実によって、あらゆるプライバシーは暴かれる。昔どんな男とつきあったか。会って何回目にセックスをしたか。その時処女だったか。レイプ事件の細部になるともはや耐え難いレベルで、犯された時気持ち良かったのではないか。愛液が出ていたのではないか。スカートを脱がせられた時腰を浮かせたのではないか。これを被告人や裁判官や傍聴人の前でねちねちやられるのである。

 この部分は非常に迫力があり、特に弁護士役の禿げたおっさんが路子を淡々とかつ容赦なくなぶるそのやり口はまったく強烈で、不謹慎ではあるけれども映画としては実に面白い場面になっている。それだけに残念なのは、この裁判場面が中途半端にフェードアウトしてしまうことだ。裁判の理不尽さを一通り紹介したあと、後半は路子の過去の、奔放な愛の遍歴に焦点がスライドしていってしまう。不倫相手として津川雅彦が出てきて、オートバイに乗ったりプールで抱き合いながら泳ぐ場面が続くが、この部分は古い青春ものみたいな感じで、どうも弱い。オートバイに乗って「このまま死にたいね」「よし死のう」なんて言ったり、津川雅彦の妻が自殺未遂したり、昔の邦画にありがちな「奔放だけれども傷だらけの青春」みたいなノリになってしまう。

 個人的な好みを言えば、そういう陳腐なエピソードは全部カットし、路子の奔放な過去は裁判の中だけで浮かび上がるようにし、理不尽な裁判の模様を腰を据えてじっくり追っていって欲しかった。そうすれば、『それでもボクはやってない』のような、硬派でハイテンションの映画になったかも知れない。そうなりきれなかったのが惜しい。

 言い忘れていたが、路子の恋人役の風間杜夫も、陰影のある複雑なキャラクターをうまく演じていてなかなか良い。若い頃の風間杜夫は目に力があるし、田中裕子との相性も悪くない。津川雅彦はいつも通りだけれども、この頃のこの人は「いやらしい中年男」をやらせると独壇場だな。いや、いい意味で。


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2 コメント

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田中裕子のこと (sugar mom)
2012-05-25 20:10:44
山田太一のドラマ(タイトルは失念しました。森昌子・古手川裕子・田中裕子が出演)で、初めて田中裕子という女優を知りました。
山田脚本の素晴らしさもさることながら、嫁入り前の女にたいする世間の偏狭な価値観をどう押しのけるか、女たちの戦いぶりに共感しながら見た記憶があります。
「天城越え」「おしん」「mother」などなど、もし彼女の演じた役柄を他の女優がやっていたら、全然受けるイメージが変わっただろうなと思います。
寡黙でストイックで、でも中には強い芯を持った、薄倖な女をやったら右に出る人はいないんじゃないかしら。
詩人金子みすずを彼女が演じたら、どういうドラマになるかな、とふと思いました。
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田中裕子 (ego_dance)
2012-05-28 10:03:05
この人は普通っぽい顔立ちのわりには特殊なオーラを持った女優さんですね。とても色気があるし。表情やしぐさに秘密がありそうです。
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