
『ローズマリーの赤ちゃん』 ロマン・ポランスキー監督 ☆☆☆☆
昔から好きな映画で、ビデオを持っていたが今回DVDを購入して再見。やはり良い。一応ホラー映画の古典ということになっているが別にショッカーではなく、刺激という点では最近のホラーを見慣れた人には物足りないだろう。どちらかというと心理サスペンスである。ハラハラドキドキよりも、雰囲気に浸る映画だ。
舞台は1960年代のニューヨーク、重厚で古びたアパート。冒頭、映画が始まると同時にこのアパートが俯瞰で映し出され、そこに物悲しい女性スキャット(これはミア・ファローかな?)が流れてくる。もうこれだけで独特のリリカルな世界が広がる。この映画では時代、舞台、キャスト、ファッション、音楽、それから古いフィルムの画質までもが渾然一体となって、独特のヨーロッパ的な暗い詩情を醸し出している。そして基調をなす情緒は恐怖というより、不安である。どことなく甘美でノスタルジックな不安の情緒。私はこういうのが大好きだ。この雰囲気がとても魅力的なので同じ原作者の『ステップフォードの妻たち』にも手をのばしてみたが、やはり『ローズマリーの赤ちゃん』の方が断然良い。
原作のアイラ・レヴィンの小説も面白くて、私は本を一気読みしてから映画を観たのだが、話の筋は小説にとても忠実だ。小説の方は畳み掛けるような簡潔な文体がスリリングで本を置けなくなってしまうが、映画では先に書いたように情緒溢れる映像で愉しませてくれる。どちらも、結局すべてはローズマリーの妄想なのではないか、と最後まで読者を疑心暗鬼にさせておくあたりがうまい。
要するに悪魔崇拝者たちの話なのだが、妊娠したローズマリーがだんだん不安に陥っていく過程、そのタイミングの組み立てが実にうまい。売れない俳優である夫のガイは他の俳優が盲目になったせいで念願の役を手に入れるが、話がかなり進んでからローズマリーはガイがこの役者とネクタイを交換したことを知る。黒魔術では呪いをかける際に相手のものを必要とするのである。何かあるとガイが「散歩してくる」「アイスクリームを買ってくる」などと外出するようになるとか、死んだ友人が言い残した「アナグラム」という言葉とか、タニスの根の御守りとか、伏線が回収されてじわじわ恐怖を盛り上げていく脚本がとても緻密だ。最初にちらっと出てくるドクター・ヒルが最後にもう一度だけ登場し、実に巧みな使われ方をするのもニクイ。まあこれらはすべて原作通りなので、それだけ原作が良く出来ているということだ。伏線だけでなくセリフまですべてが計算し尽くされている。「子供はいるの?」「信仰を持っているのかね?」「いい産婦人科医を紹介してあげるわ」「本を読まないように。悪い影響しかないからね」何もかもが意味ありげであり、一方でローズマリーの考えすぎとも取れるというダブル・ミーニングになっている。
そして主演のミア・ファローがいい。当初ポランスキー監督はもっとセクシーな女優を想定していたらしいが、そうなっていたら映画の雰囲気はだいぶ違ったものになってしまっただろう。60年代ファッションに身を包んだミア・ファローは妖精的な魅力を放ち、この暗黒のフェアリー・テイルに不思議な説得力を与えている。途中で髪を切り、ショート・ヘアになってからは蒼白なメイクも手伝ってますます人形めいてくる。青ざめたマネキンのような彼女がクリスマスのニューヨークを徘徊するシーンはとても印象的だ。
夫のガイ役はコロンボ・シリーズ『黒のエチュード』にも出ていたジョン・カサヴェテスで、ハンサムでスイートながらどこか狡猾で信用できない夫をうまく演じている。が、なんといっても強烈なのは隣人ミニー役のルース・ゴードンである。べたべたと厚化粧をし、恐るべき饒舌と強引さでローズマリーの生活に割り込み、親切の押し売りをしてくる。あの役は彼女にしかできないだろう。ちなみにルース・ゴードンもコロンボ・シリーズ『死者のメッセージ』で犯人役を演じている。
昔から好きな映画で、ビデオを持っていたが今回DVDを購入して再見。やはり良い。一応ホラー映画の古典ということになっているが別にショッカーではなく、刺激という点では最近のホラーを見慣れた人には物足りないだろう。どちらかというと心理サスペンスである。ハラハラドキドキよりも、雰囲気に浸る映画だ。
舞台は1960年代のニューヨーク、重厚で古びたアパート。冒頭、映画が始まると同時にこのアパートが俯瞰で映し出され、そこに物悲しい女性スキャット(これはミア・ファローかな?)が流れてくる。もうこれだけで独特のリリカルな世界が広がる。この映画では時代、舞台、キャスト、ファッション、音楽、それから古いフィルムの画質までもが渾然一体となって、独特のヨーロッパ的な暗い詩情を醸し出している。そして基調をなす情緒は恐怖というより、不安である。どことなく甘美でノスタルジックな不安の情緒。私はこういうのが大好きだ。この雰囲気がとても魅力的なので同じ原作者の『ステップフォードの妻たち』にも手をのばしてみたが、やはり『ローズマリーの赤ちゃん』の方が断然良い。
原作のアイラ・レヴィンの小説も面白くて、私は本を一気読みしてから映画を観たのだが、話の筋は小説にとても忠実だ。小説の方は畳み掛けるような簡潔な文体がスリリングで本を置けなくなってしまうが、映画では先に書いたように情緒溢れる映像で愉しませてくれる。どちらも、結局すべてはローズマリーの妄想なのではないか、と最後まで読者を疑心暗鬼にさせておくあたりがうまい。
要するに悪魔崇拝者たちの話なのだが、妊娠したローズマリーがだんだん不安に陥っていく過程、そのタイミングの組み立てが実にうまい。売れない俳優である夫のガイは他の俳優が盲目になったせいで念願の役を手に入れるが、話がかなり進んでからローズマリーはガイがこの役者とネクタイを交換したことを知る。黒魔術では呪いをかける際に相手のものを必要とするのである。何かあるとガイが「散歩してくる」「アイスクリームを買ってくる」などと外出するようになるとか、死んだ友人が言い残した「アナグラム」という言葉とか、タニスの根の御守りとか、伏線が回収されてじわじわ恐怖を盛り上げていく脚本がとても緻密だ。最初にちらっと出てくるドクター・ヒルが最後にもう一度だけ登場し、実に巧みな使われ方をするのもニクイ。まあこれらはすべて原作通りなので、それだけ原作が良く出来ているということだ。伏線だけでなくセリフまですべてが計算し尽くされている。「子供はいるの?」「信仰を持っているのかね?」「いい産婦人科医を紹介してあげるわ」「本を読まないように。悪い影響しかないからね」何もかもが意味ありげであり、一方でローズマリーの考えすぎとも取れるというダブル・ミーニングになっている。
そして主演のミア・ファローがいい。当初ポランスキー監督はもっとセクシーな女優を想定していたらしいが、そうなっていたら映画の雰囲気はだいぶ違ったものになってしまっただろう。60年代ファッションに身を包んだミア・ファローは妖精的な魅力を放ち、この暗黒のフェアリー・テイルに不思議な説得力を与えている。途中で髪を切り、ショート・ヘアになってからは蒼白なメイクも手伝ってますます人形めいてくる。青ざめたマネキンのような彼女がクリスマスのニューヨークを徘徊するシーンはとても印象的だ。
夫のガイ役はコロンボ・シリーズ『黒のエチュード』にも出ていたジョン・カサヴェテスで、ハンサムでスイートながらどこか狡猾で信用できない夫をうまく演じている。が、なんといっても強烈なのは隣人ミニー役のルース・ゴードンである。べたべたと厚化粧をし、恐るべき饒舌と強引さでローズマリーの生活に割り込み、親切の押し売りをしてくる。あの役は彼女にしかできないだろう。ちなみにルース・ゴードンもコロンボ・シリーズ『死者のメッセージ』で犯人役を演じている。
その記憶が強すぎて、どんなオカルト映画よりも恐ろしいのが「ローズマリーの赤ちゃん」よ、と息子に語り続けてきました。
そして、息子が鑑賞可能な年頃になったときに借りてきてみたら、「ラスト、感動的やったやん。どこが怖かったわけ?」と聞かれました。
egoさんがご指摘の、ローズマリーの不安と疑心暗鬼と同化したのでしょう。