アブソリュート・エゴ・レビュー

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クローズ・アップ

2017-12-17 12:18:06 | 映画
『クローズ・アップ』 アッバス・キアロスタミ監督   ☆☆☆★

 所有する日本版DVDで再見。キアロスタミはご存知の通り『ライク・サムワン・イン・ラブ』『トスカーナの贋作』を撮った監督で、通常の映画作りから逸脱するような、きわめて特異な方法論を持つ映像作家である。この『クローズ・アップ』もそんなキアロスタミの定石破りが炸裂した、実に挑戦的なフィルムであり、ドキュメンタリーとフィクションが融合したような不思議な作品になっている。

 題材は実際にイランで起きた事件で、ある男が、実在する有名な映画監督マフマルバフの名前を騙ってある家族に近づき、家の中にまで上がりこんでマフマルバフ監督のふりを続けた、というもの。やがて嘘がばれ、青年は逮捕され、詐欺事件として裁判にかけられた。キアロスタミはこの事件に興味を持って本作を撮ったわけだが、この映画では実際の犯人が犯人役を演じ、実際に騙された家族が被害者家族役を演じている。かなり不思議な状況である。本人たちが出ているのだからドキュメンタリーとも言えるが、演じられているという意味では虚構である。要するに、本人たちを使った再現ビデオだ。しかしながらキアロスタミの関心がジャーナリスティックなものでないことは冒頭から明らかであり、結果的にこの映画は奇妙な逸脱とアイロニカルなディテールに満ちたものとなった。

 映画はいきなり、青年が逮捕されるシーンを再現して見せる。通報を受けて警察と新聞記者がタクシーで屋敷の前に到着し、まず新聞記者が中に入り、次に警官が中に入る。警官は嘘をついた青年を逮捕して門から出てくる。この間、カメラは一度も屋敷に入らない。だから屋敷の中で何が起きているのかは分からず、観客が見るのはタクシーの運転手と警官が、事件と関係ない世間話を延々と続けたり、花を拾ったり、空き缶を蹴っ飛ばしたりする光景である。逮捕後も、犯人と警官はすぐにタクシーで去り、新聞記者が録音機はないかと近所中を訪ねて歩く場面に観客はつきあわされる。ここでようやく、映画のタイトルが出る。詐欺事件が題材といっても、この映画は事件のルポルタージュ的なものではまったくないことは、このアヴァンタイトルで分かる仕掛けになっている。

 本篇はドキュメンタリー風に始まる。キアロスタミ本人が登場し、警察や被害者や本人にインタビューし、裁判所に行って撮影許可を求める。が、たとえば被害者家族とのインタビューでは、事件について考えを聞かれた一家の息子が「騙されたのは映画関係の職につきたかったらだ。学校を出たのに職がなくて困っている。兄は機械工学を勉強したのに結局パン屋になったが、自分はどうせ職につくなら、パン屋より芸術家の方がいいと思う」と言い、母親がそれに対して「パン屋の何が悪いの?」と反論し、「だってしょせんパン屋だろ」と息子が返し、とどんどん脱線していく。裁判所では、「嘘をついた青年の動機に興味を惹かれました。いい映画になると思うんです」と言うキアロスタミに対し、裁判所のお役人が「でもこんな詐欺未遂事件じゃつまらないでしょう。もっと映画向きの派手な事件だってたくさんありますよ。そっちにしたらどうですか? 殺人事件とか」などと言う。オフビートなおかしさやアイロニーが漂うと同時に、キアロスタミの意図がこうした違和感や脱線もことごとく拾い上げていくことであることが分かる。

 裁判シーンが始まると、捕まった青年(青年といっても髭ヅラなので老けて見える)が事件の動機やその時々に感じたことを説明する場面がメインとなる。この部分はドキュメンタリーそのものである。並行して、事件の経緯が(本人たちの演技によって)再現される。バスの中で青年と被害者家族の夫人が隣り合わて座り、ふとした会話の拍子に、青年は自分がマフマルバフ監督だと嘘をつく。そのまま彼女に家についていき、次の映画の構想などを語り、食事をごちそうになり、その後も毎日のようにその家にやってくるようになる。

 青年の告白をまとめると、彼は貧乏で、離婚経験者であり、自分は世の中の誰からも認められていない無価値な人間だと感じている。それがマフマルバフ監督となって被害者家族と会っている時は、尊敬され、耳を傾けられ、最高度の敬意をもって遇された。だからいけないことと知りつつも、止めることができなかった、ということになる。驚くのは結末近くの場面で、本物のマフマルバフ監督が登場し、嘘をついた青年と一緒に被害者宅を訪問する。この時マフマルバフ監督と青年はバイクに二人乗りして移動するのだが、二人の会話は「録音機の不調」だとかで断片的にしか聞こえない。これも当然、キアロスタミの作為である。

 本作はある事件を語るにあたってドキュメンタリーと虚構をミックスした手法をとることにより、単なる事件の再構成を超えて、映画とは何か、映画における真実とは何か、というメタフィクショナルな問いを突き付ける。過去実際に起きた事件を本人たちが演じた場合、それは果たしてフィクションなのかノンフィクションなのか。そしてこの虚構と真実の謎めいた対立関係は、自ら偽マフマルバフとなった青年の行動へと反響していく。なぜ青年はニセモノになることを選んだのか。

 こんな風に、非常に興味深いテーマを興味深い手法で扱っている『クローズ・アップ』なのだけれども、メインとなる裁判シーンがいささか長く、青年の告白も大体予想の範疇内であり、かつある程度の自己正当化もまじっていると感じさせるために、個人的には多少眠気を誘われたことを告白しなければならない。だから映画全体としては星三つ半の評価としたが、それにしても、キアロスタミ監督の映画はいつもチャレンジングである。



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