アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

王女マメーリア

2007-01-31 20:28:56 | 
『王女マメーリア』 ロアルド・ダール   ☆☆☆★

 ロアルド・ダールの短篇集を再読。ダールは高校生の時に『あなたに似た人』を読んでからずっと好きな作家だ。田村隆一のまったりした訳が素晴らしい『あなたに似た人』が一番好きだが、『キス・キス』とこの『王女マメーリア』も良い。文章は田村隆一訳『あなたに似た人』より簡潔な感じで、多分こっちの方がダールの原文に近いのだろうが、しかし『あなたに似た人』の田村隆一の訳業はとにかく絶品である。なんともいえないまったり、ねちねちした文体で、ダールの残酷で奇妙な物語に超絶マッチしている。本書を読んでダールが気に入ったら田村隆一訳『あなたに似た人』は絶対読まなければならない。文庫だし。

 さて、『王女マメーリア』。日本独自で編んだ短篇集らしい。前述の通り『あなたに似た人』はもちろん、『キス・キス』より簡潔でスピーディーな感じの短篇ばかりで、ダールのストーリーテリングを満喫するには格好の短篇集かも知れない。その代わり、『あなたに似た人』と比べると印象が軽い。

 訳者はあとがきで、最後の二篇『王女と密猟者』『王女マメーリア』にいちばんダールらしさを感じると書いている。私の意見は違う。この二篇だけ他と違っておとぎ話的になっていて、残酷寓話みたいだが、私はこういう寓意を感じさせる話より、「なんじゃこりゃ?」というわけわからない、しかも底意地の悪い話の方が面白いし、ダールらしいと思う。『あなたに似た人』では『味』や『南から来た男』が有名だが、これらの小説も賭けのスリルを描いているが寓意やモラルはまったく感じられず、賭けに打ち込む人々の馬鹿馬鹿しさをポンと放り出して見せているようなところがあって、それがいい。『韋駄天のフォクスリー』なんて、延々と回想が続いた後オチで思い切りずっこける。「今までの話はなんだったの!?」というアホらしくなるこの感覚、これがダールだろう。

 ということで、本書で私が好きなのは『ヒッチハイカー』『ボティボル氏』『古本屋』である。冒頭の『ヒッチハイカー』でいきなりやってくれる。怪しいヒッチハイカーを拾った作家の「私」がスピード違反をして警官に捕まるという話だが、ここから後の展開がダール。要するにヒッチハイカーはすり名人なのだが、このすりの腕前たるやもうファンタジーの域で、かがみもしないで「私」の靴紐をすりとったりベルトをすりとったりできるのである。もし「私」が入れ歯をしていたら「私」に気づかれずに入れ歯をすり取ることだってできる、と豪語するツワモノ。さてこのすりと交通違反がどう絡んでくるかがポイントだが、このオチの痛快さはダールの短篇の中でもピカ一だ。こういう爽快なオチはダールでは珍しい。「私」が興奮して「あんたは天才だ!」と叫ぶシーンではいつも笑ってしまう。

 『ボティボル氏』もいかにもダールらしい「なんじゃこりゃ!」系の妙な話。ボティボルという変な名前はダールのお気に入りらしく、『海の中へ』(『あなたに似た人』収録)にも出てくる。何のとりえもない、しかもルックスがアスパラガスに似ているという恐るべきボティボル氏が家でクラシックのレコードをかけて、自分が指揮者になったふりをして愉しむ、という煎じ詰めればそれだけの話である。こんな話を書けるのはダールぐらいだろう。

 それから『古本屋』。古本屋を経営しているバゲージ氏とトトル嬢のインチキ商売は、なんと夫をなくしたばかりの金持ちの家へ礼儀正しく丁寧な手紙を書き、亡父が生前買った(ということになっている)エロ本の代金を請求するというとんでもないものである。もうこれだけで充分アホらしい。アホらしいがある意味リアルである。現代の振り込め詐欺やエロサイト詐欺にも通じるものがある。バゲージ氏とトトル嬢はこの商売で大金持ちになっている。そしてこの二人がついに年貢をおさめ、悪が滅ぶ顛末が描かれるが、それまでの前フリ、つまり起承転結の「起承」の部分が長かったのに比べ、「転結」の部分があまりにあっさりし過ぎていて物足りないと思う人もいるかも知れない。しかしそれがダールの品の良さというものだ。なかなか良い余韻を残しつつこの話は終わる。

 この『古本屋』のアイデアは他愛ないと言えばいかにも他愛ない。そういう意味では『ヒッチハイカー』『アンブレラ・マン』『”復讐するは我にあり”会社』など、どれもこれも他愛ないアイデアばかりで、おそらくそのせいでこの短篇集の印象はとても軽く、他愛ないものになっている。しかし、オチを知った上で読み返してもちゃんと面白いのがダールである。なかなか面白かったけど軽すぎるな、と思った人はもちろん『あなたに似た人』を読むべし。


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