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飴山實を読む(92)

■旧暦11月11日、月曜日、

(写真)落葉

投句のための俳句を作る。今日は雑用で一日つぶれた。12月に入ると、途端に、ジングルベルの音楽一色になる。12月の微妙で多様な表情が奪われて、どうも嫌である。




石山の割るる谺や吾亦紅
   「花浴び」

■「石山の割るる谺や」という措辞で、石山の深さ、音の質感が伝わってくる。季語の「吾亦紅」は9月頃の空気が澄み始める季節を表し、山に響く音も透明度を増してくる。石山の割れる音の谺で、秋を表現していて惹かれた。


Sound and Vision


Mozart Ave Verum Corpus por Leonard Bernstein



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芭蕉の俳句(210)

■旧暦11月10日、日曜日、

(写真)富士と八ヶ岳

夕方、ウォーキング。今回は、入門書にあった式で、運動の強度を計算してみた。それによると、ぼくの適正強度は心拍数117。40分のウォーキングで、開始時心拍61、終了時心拍71であった。強度が圧倒的に足りない? ま、いいでしょう、気持ち良ければ。今日は、富士と八ヶ岳がはっきり見えたのである。

昨日、清水さんと話していて、アファナシエフの翻訳原稿を少し、読んでもらったのだが、なんと、アファナシエフは、寺山修司まで読んでいることが判明した。訳者のぼくが読んでいないので慌てた。寺山という人には、惹かれる部分と反発する部分の両面ある。



伊勢の斗従に山家を訪はれて
蕎麦はまだ花でもてなす山路かな


■元禄7年作。客にそばを振る舞えず残念な気持ちと、その代わり花でもてなしたいという心遣いが同居し、実のある挨拶になっていて惹かれた。こういう人間関係は、現代では、なかなか築けない。古くからの友人関係や家族の中にかすかに残されているという感じではないだろうか。たいていは、一日の大半が疎外され、物象化された労働環境の中に置かれる。豊かさの質を再考すべきだという言説がよくマスコミに現れるが、「豊かさに対する内省」はもう、一国だけでは実現できないところにきていると思う。



Sound and Vision

Fazil Say plays Haydn
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Jack Kerouacの俳句(2)

■旧暦11月9日、土曜日、

(写真)冬の雲

朝、江戸川ウォーキング(50min:pulse 64/83)。ゆっくり歩くことで呼吸法との両立を図る。夕方、久しぶりに、幻の大詩人、清水昶さんに会ってくる。元気なかったなあ。また、俳句を書けばいいと思うのだが…。ただ、社会に対する関心が常にあるのには、本当にびっくりする。それは、何らかの理論的あるいは倫理的な関心ではなくて、非常に俗っぽいところから発している好奇心なのだが、文学者の原点を見るような思いがする。清水さんは、朝日、日経、スポーツ紙と軒並み読んでいって、ぼくに問いを発するのである。それにしても、吉祥寺の夜の自転車は怖い。神風自転車。



ドイツ語圏の面白そうな俳人を探しているのだが、なかなか、見つからない。どこかに必ずいると思っているので、じっくり探してみるつもり。東欧や旧東独の俳人が面白いのではないかと、思っているのだが…。


Hot tea, in the cold
moonlit snow―
a burp


熱いお茶
冷たい雪の月夜は

げっぷ


■a burpが台無しにしているところが面白かった。日本語で「げっぷ」を使った俳句が出てきたら、どうだろう。たぶん、うまくいかないんじゃないか。それはなぜなのかを考えてみるのも興味深いが、ケルアックの俳句で、これを面白く感じたのは、5・7・5ではなく、3行詩の体裁になっていたからだと思う。



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THE POLICE: Montreal 1983, Every Breath You Take
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Jack Kerouacの俳句(1)

旧暦11月8日、金曜日、

(写真)冬紅葉

昨日は、樹村みのりの「夜の少年」(『カッコーの娘たち』朝日ソノラマ所収)を読んでいて、夜更かししてしまった。この短編は、ドレスデン爆撃をモチーフにしている。あるアメリカ女性の失恋という日常的な事件とドレスデン爆撃という歴史的な悲劇を交響させた構成で、一気に読ませる。個人的な運命や悲劇は、歴史的な悲劇と交響させることで、アクチャルな価値あるものになるのではないだろうか。



ジャック・ケルアックの俳句は、一番、検討したかった『American haiku』が品切れだったので、次善策として、レジーナ・ワインライク(Regina Weinreich)が編集した『BOOK OF HAIKUS』(2007)を元に検討してみたい。レジーナは、ニューヨークのザ・スクール・オブ・ビジュアルアーツの人文学部教授。この本では、長い序文を書いている。面白そうなら、いずれ、序文も検討してみるつもり。『BOOK OF HAIKUS』は、「BOOK OF HAIKUS」と「NOTEBOOKS」の二部構成になっていて、「NOTEBOOKS」は、年代順でしかも四季別になっている。冬の部は、1960年~1966年に作られた俳句から構成されている。この本では、Octoberは冬の分類であり、西欧の暦では、日本の立冬、立春、立夏、立秋にあたる区分は、何になるのか、興味深いところである。そもそも、こういう明確な区分はあるのかどうか。


Apassionata Sonata
― hiballs, gray
Afternoon in October


熱情ソナタ

ハイボール
10月の灰色の午後


■恐らく、このとおりの午後を過ごしたのだろう。ただ、3つの名詞を並べただけだが、その組み合わせに惹かれるものがあった。日本語で言う「無頼」のイメージと重なるところもあるが、「熱情ソナタ」が、生き方に筋を一本通しているような印象がある。10月のイメージは、レイ・ブラッドベリの『10月はたそがれの国』を読んでもそうだが、日本の天高き秋晴れのイメージとは異なっているように思える。ジャック・ケルアックの10月も灰色である。



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Bob Marley She is gone
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飴山實を読む(91)

■11月7日、木曜日、

(写真)枯薄

一ラウンド、アファナシエフの翻訳が終わった。いくつか当人に確認しなければならない点があるが、あとは、ひたすら、原文と訳文を音読して推敲する作業である。かなり気が楽になる。これで、TJ大学の学生200人を相手にしたレクチャーの原稿作成とその前提になるサイバーの翻訳に専念できる。レクチャーは3時間の枠を取っていただいたので、相当、気合いが入っている。学生さんは素直だから、つまらなけば、寝る。寝られたら、当方の完敗である。だからと言って、笑わせればいいわけじゃ、もちろんない。情報化社会がテーマだが、詩の朗読も挟むつもりでいる。




淡海にも立ちて卯月の波がしら
   『花浴び』

■卯波を淡海にも見出した感性に惹かれた。琵琶湖は、芭蕉の好んだ地域なので、現代でも多くの俳人が吟行に訪れる。そのこと自体は、地域に魅力がある証拠なので、いいと思うけれど、自分で、新しく現代の「歌枕」を開拓するスタンスがあってもいいように思う。



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The La's- There She goes(embedding disabled by request)
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芭蕉の俳句(209)

■旧暦11月4日、月曜日、

(写真)鴨の川

12月か。やらなければならないことが山積している。正月も師走のままか。




日にかかる雲やしばしの渡り鳥
  (渡鳥集)

■元禄7年作。「しばしの渡り鳥」という措辞には驚いた。空の彼方に消えていく様子が見えるよう。日の翳った束の間のことである。




Sound and Vision

Ella Fitzgerald, Berlin 1968 - I Can't Stop Loving You

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