半農半X?土のある農的生活を求めて

「生きることは生活すること」をモットーに都会から田舎へ移り住み、農村の魅力を満喫しながら、日々、人生を楽しく耕しています

榎本さん、ピースボートの水先案内人に

2014年10月09日 | 自分の時間
私の人生の大きな影響を与え、その種は今でも大きく成長しているのがCTIジャパンの創設者の榎本さんとの出会いでした。
そんな榎本さんが、ピースボートで、乗船してくる人に対して、世界的な問題や考え方に影響を与える講師のような役割を担って講座を受け持つ「水先案内人」に乗ったという情報が入りました。

かつてはお客さんとして乗った榎本さんが、今度は教える側にまわって乗るとは、凄いな~。


ちなみにCTIジャパンとは、世界的なコーチングのトレーニング機関の1つの日本法人で、コーアクティブコーチングというコーチとクライアントが協同しながら、その人の無限の可能性を信じて道を選択していく後押しをするコーチングを広めているところです。
私は昔も今も、お金がある人は全てが一度CTIジャパンのワークショップに参加するべきだ、と思うほど、大好きです。


榎本さんとのご縁は、私ががむしゃらに働いていた20代、会社の同僚の紹介でCTIジャパンを立ち上げる前の榎本さんのワークショップを紹介されたのがきっかけでした。

まだ、その頃は「ワークショップ」というものを知らず、学校と会社以外で研修みたいなものに行くのは初めてでした。

しかし、行ってみると、そこには「人の無限の可能性を信じる」心地よい空間と関係があり、一発で私は魅了されました。

それからCTIジャパンが立ち上がり、私はまだヘンリーなどアメリカのCTIからファシリテーターが来ていた初期のワークショップに参加したのです。
そこで「これはやばいこのまま続けると、間違いなく会社を辞めてしまう」という思いにたち、当時、会社第一であった私は基本コースは修了したものの、その後の応用コースには間をあけたのです。

ただ、時が流れ、CTIジャパンを紹介した会社の同僚も次々に大きな影響を受けて戻ってきて、自分もタイミングがあう部署に移ったので、応用コースに進みました。

そして、今までの生き方とは違った大きな種を自分と言う畑に播くことができました。

CTIジャパンで得た種は、今も大きく成長しています。


その創設者の榎本さんは、常に私の人生の先陣でした。

「人の無限の可能性を信じ、人がより良く生きるための伴走者となる」そんな榎本さんにあこがれ、20代の最後は自分もコーチングで独立しようと半年かけて準備したこともありました。

しかし、会社のトップの鶴の一声で会社を辞めれなくなり、悶々としてしまいました。

そんな夏、うなぎ屋で昼食をとっている時に見たのがピースボートのポスターでした。

実は、榎本さんが新婚旅行でピースボートに乗っていたのを「いいな~、俺もいつか」と思っていましたが、このポスターを見た時「いつか行きたいと思っている、今、俺は行きたいんだ」という思い立ちました。

こういった発想が出来たのも、自分の本当の声を聞き、一歩行動するというトレーニングをCTIで受けていたからですね

だから、実は私がピースボートに乗ったのは榎本さんの影響が大きいのです。


ちなみに、会社を辞める口実にも出来ると思い、お金を振り込んだ後に、会社には事後報告をしました

しかし、有給を取る風土が全く無い会社であったのですが、前代見門の「有給消化」でピースボーとに乗ることになってしまったのですが


そしてピースボートでは「自分探しのコーチング」というワークショップもやったんですよね
ピースボートに乗っている人は、10代~20代、60代~が多くて、特に若者は、いわゆる「決められたレール」を進むのには合わない子達も多く、また乗船者の数少ない30~40代は、何かしら理由があって乗っているんです。

まだ荒削りでしたが、他の人に、自分が体験したものを少しでも疑似体験できるような場をファシリテート出来たのは良い経験でした


そして、また会社の戻ってバリバリ働いていましたが、榎本さんが富士山麓で農業をやっているという噂も聞きました。
また、フィンドホーンというイギリスに数年移り住み、日本に帰ってきてからのCTIジャパンの8周年か何かの基調講演で榎本さんが「コーチングはこのままではお金持ちの道楽になってしまう。食べ物も大手メーカーから与えられた選択肢を選ぶだけの生活で良いのでしょうか?世界的に大きな問題にどういった影響を与える存在になるべきでしょうか?」といったお話をされていました。

その時は、よく意味がわからなかったのですが、また1つ何かの種を播かれた気がしました。

その後、食品流通関係の事業を立ち上げながら、食品メーカーさんとつきあうようになると「世の中、まともなものは本当に無いな。。。」ということを知ってしまいました。

そして、安部司さんの講演会を聞いたり、色々しているうちに榎本さんの言葉が何だか重くなってきたんです。

そして、病気になり会社を少し休んだときに、農家さんまわりをし、鴨川の林さんやいすみのデコさんに会うことになり、、、ついには今のような状態になったのです。

私が歩む方向の先陣にはいつも榎本さんがいました。

そんな榎本さんが、今回のピースボートに水先案内人として乗っているのです。

今回、乗船した人は超ラッキーですね。

多くの人が榎本さんに出会うことで、人生という畑に大きな種を播くことになるんでしょう。

そして、種は芽吹き、5年10年、そして人生の最後まで大きな木として育つのだと思います。


私もいつか、ピースボートの水先案内人として呼ばれるかも


なんてことを思いつつ、今回の乗船、楽しい時間をみなさんで過ごしていただければと思います

bon voyage!(ボンボヤージュ!(行ってらっしゃい!お元気で!)
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