東進ハイスクールの全国オンライン無料授業というのがあります。
「おっ、面白そう!」と思って、子供に見せてみたら、暇だったので「やってみようかな」ということでトライしてくれました。
で、1回目は一緒に視聴したのですが「やっぱり教えるのは上手だな~」と感心しました。
今の状況は知りませんが、私が大学受験の頃だから、27年前ぐらいでしょうか。
東進ハイスクールが当時、「1億円プレーヤー」としてあらゆる予備校の有名タレント講師を引き抜いていた時代です。
今の人たちは「今でしょ」で有名になった林先生が一番知っている予備校教師でしょうが、私が高校生だった頃は、たくさんの有名講師がいました。
その後、社会人に入って運営会社のナガセがフランチャイズ方式で衛星予備校などを増やして、まあ、どこのフランチャイズ本部もそうですが、えげつない営業をしていると知っていましたが
まあ、それはさておき、業界一位となるところは、良くも悪くもイケイケドンドンでマーケットを一気に開拓するもので、東進ハイスクールは今も恐らく業界トップくらすなのでしょうね。
そんなところで、このコロナ休みで「全国無料オンライン授業」をしているからには、おそらく、今の東進でもトップクラスの先生の授業を無料で流しているのでしょう。
数年前に「今の点数を取るだけの勉強を教えるなら、公教育の場より予備校の方がそれ専門にしているから上手だ。しかし学校は単純な点数を取らせる場ではなく、公教育だからこそ必要な学ぶことがたくさんあるのだ」という話を聞いたことがあります。
そりゃそうだ、と思いました。
学校というのは、点数教育もしなくてはいけないのですが、それとは別に、公教育として、集団教育、クラス運営というのが必要です。
また、最近は様々な家庭事情になり、子供に対して一概に「この方法で」とはいかず、かつ、保護者対応も必要なわけです。
今回のコロナで学校でも「オンライン教育」というのが取り上げられましたが、家でオンライン勉強をできる環境があるのであれば、やっぱり、学校で教えることは、決して点数を取ることが最優先ではない、と思ったのです。
前々から、私は「点数をとらせることより、集団生活や友人関係などを学ぶことの方が、よっぽど大事」と思っていました。
子供にもある意味そういったことは言ってきました。
大人だってみんなわかっているのです。
学校勉強で点数が取れるより、社会人になって思うことは「笑顔で元気に挨拶ができること」の方がよっぽど大事だということを。
子供の幼稚園時代を振り返れば、真冬に半そで短パンでマラソンを毎朝させて、その後、園庭で上半身裸で乾布摩擦をさせているのを見て「これは、親ではとてもできないな。集団で行動をする幼稚園だからこそだ」と感心をしたことを今でも覚えています。
そして小学校に我が子が初めて入った時「あぁ、日本の公教育は軍隊のようなものなのだな。ただ、これを通して、世界に賞賛される私より公や集団を意識する国民性と言われているのが教育されるんだな」ということを気づいたのです。
良いところもあれば悪いところもあるのでしょうが、いずれにしろ、公教育というのは、ありがたいものだ、と思ったのです。
子供の教育というのは親が7割と思います。
親次第、家庭次第で、あとは学校や地域の大人や子供たちから影響を受けるもの、と思っています。
ただ、団塊世代と団塊ジュニア世代、つまり、大人が人口のほとんどを占める、現在の日本のいびつな人口ピラミッドの中では、子供たちは「社会や地域のマイノリティー」であり、純粋に数が勝る大人の社会の中に入れられてしまっています。
私が子供の頃は、親も子供も同じ数いて、親が子供に今のようにかまう時代ではなかった。
でも、今は、大人が多すぎて、子供は大人の視線の中で生きています。
子供だけの社会というのは昔以上に小さく、地域にも大人の目がたくさんあり、子供だけの社会は本当に少ないのです。
そんな中で、先生がいるにしろ、学校というのは、子供たちにとって昔以上に大きな影響を与える社会です。
そういった社会で何を学ぶか?
昔以上に「点数を取ること」が学校の先生の目標にさせられてしまっていますが、ベテラン先生になると、教科を教える能力とクラス運営能力のバランスがすごいのです。
そして、クラス運営能力の高い先生の子供たちは、人間的成長も大きいのです。
そして、オンライン授業などを実体験してみて、「あぁ、やっぱり点数を取る勉強というのは、予備校やオンラインで出来てしまうのだろうな」と思ったのです。
もちろん、ベースとして同じクラスメイトの中で、一緒に学ぶことで公の視線を気にして、遅れまいといった意識なども働いて勉強をやらないといけない、という環境でもあるので、学校で教科をきちんと教えることは必要だと思います。
実際、私の持論は「学校の勉強がもしわからないなら、塾にいったらなおさらわからないことが増えてしまうじゃないか」というもので、うちの子供にも「今、十分に学校の授業でわかっているんだから、もし塾に行って予習しちゃうと、学校の授業がつまらなくなって、かえって点数が落ちるよ」と言っています。
ただ、コロナなど何かの要因で、これからますます自宅学習ができる環境が発展してくるなら、学校には、「修学旅行や運動会を削っていく」という方向になっているのを是非止めてもらって、むしろ「そういった学校でしかできない集団生活や目標に向かっていく活動などをやってほしい」と思うのです。
働き方改革が学校にも押し寄せていて、真面目にそれをやるとなると、学校の先生は7時半に来たら17時まで学校にいてはいけなのです。
そうなると、部活の顧問は絶対できない。
運動会や体育祭も「学習指導要領」にはないそうで、そのため、運動会は削られる方向にあり、既に午前で終わり、という学校も出てきています。
「学力の格差が貧富の格差に比例する」と言いますが、あれは嘘です。
学力の格差が結果的に貧富の格差に比例しているように見える、だけです。
人間性も学力も親次第で、むしろ親に対する支援や親が手が回らない児童に対する支援が足りないのであって、「学力の格差をなくさないと」といって、学校の授業、つまり教科を教えることを今まで以上に重点化していくことが正しい、とは私は思わないのです。
そういった家庭の児童に対しては、むしろ、人間教育であったり、1人の大人として先生が勉強以上に大切な生き方や考え方を教えることに時間をさいて良いと思うのです。
うちの子のクラス担任で学年主任で学習指導力だけでなくクラス運営力も高い先生の場合は、クラスの点数も高い上で、「勉強よりも何かを頑張る力の方が生きていく上では大事だぞ」と教えているようで、うちの子供がそれを話してくれました。
体力、学力、徳力が3つの教育の柱であれば、誰にとっても一番大事なのは体つくりであり、大人になって一番大事なのは徳力です。
学力も「自分で自分の人生を努力して切り開く力」の1つとして、「わからなことは考える、知らべる」といった力があることが大事だと思います。
教育論であっちこっちと話が飛びましたが、10年以上前に、私がいた東京の会社がオンライン学習というのをフランチャイズで始めていて、担当していた学校の先生の免許ももっていた後輩が「いや、まじで凄いですよ」と言っていたのを思い出します。
今はベネッセ一強でしょうが、今回のコロナで一気にマーケットが広がっていくのでしょう。
大人向けのオンラインもリクルートを始め、様々なものが一気に出てきています。
オンライン授業を軸にこれから教育というのがどう変わっていくか、よくよく目を凝らして私も学んでいこうと思います。