最近、いろいろなところから耳にする藤井さんという若い土の学者、藤井さんの本を読みました。私より若い学者さんです
京大の学生の時から、「世界人口が100億になった時にも食べ物を提供出来る土はどんな土か?」といった疑問を持っていて、その疑問を解決するために、世界中をシャベルをもってまわり、「土とは何か?」という旅と研究をしていったエッセイと土壌学が合わさったような本です。
ちょっと、小難しい話が沢山でるのですが、簡単に言うと「地球上の土はたった12種類しかない。しかし、砂漠など食物生産に向いている土壌は正確には2種類しかない。何故、他は向いていないのか?なぜ、良い土と呼ばれる土壌は食べ物となる植物にとって良いのか?他の土壌を良い土に変えられないのか?」という事を調べるために、世界を飛び回った奮闘記のような本です。
前提として、「全ての物は土から生まれる」という視点に立っています。肉も草食動物や穀物を食べている動物から来るわけで、食べ物の原点は全て植物。その植物を生育する基盤が土なわけです。スマホに使う鉱物も土から出来ている。衣料や木材も土があって、という考えです。まあ、ここでは食べ物に限定しています。
良く、「ウクライナの土は最高だ」ということが言われてきましたが(今はロシアの侵攻で騒ぎになっていますが)、そのウクライナにあるチェルノーゼムという黒い土は、肥沃で「土の皇帝」と言われています。
腐植・・・植物が腐ったもので、それに富むと沢山の肥料分や微生物が住み着き、黒っぽくなります。良い土の前提は「腐植に富む」ことです。日本は火山灰土の赤土ですが、堆肥などの有機物を沢山入れている土は黒っぽく見えます。ただ、日本の土は弱酸性で、リン酸なども土から離れず、そのままだと大規模農業には向いていません。そのため、昔は山の落ち葉をかき集め、肥だめの熟した人糞と混ぜ合わせ、堆肥として田畑に入れていました。
ところがチェルノーゼムは、phが酸性でもアルカリ性でもなく中性に近い、かつ、肥料分に富むので、肥料を施さなくてもそのまま農業が出来る、最高峰の土と言われています。
チェルノーゼムはウクライナ周辺、アメリカの5大湖周辺のプレーリー、アルゼンチンのパンパなどが主要3大地域です。貴重な肥沃土ですが、ウクライナ周辺で全世界の30%のチェルノーゼムが集まっているということで、「世界のパンかご」と言われているほど、小麦などの栽培が盛んなわけです。
理想は世界中がチェルノーゼムの土なら良いのですが、そうではないわけです。なので、例えば砂漠国家が食べ物が育つ国の土地を何万ヘクタールも買う、といったことがもう何十年も前から普通に起きています。お金になるので、例えば、この本が書かれた時には、アメリカのパンパなどは1ヘクタールのチェルノーゼムの土地が40万円で売られ、ウクライナだとその半額で売られていたそうです。
戦争も大体が「飢饉が起きる→政情不安になる→安定した国家運営のために、安定した食料基盤となる土地を獲得する」ということで起きることが多かったのが歴史です。
ドイツもウクライナのチェルノーゼムを汽車でドイツに運ぼうとしていたとか。我が師匠の高柳さんがドイツのミュンヘンに行った時は、「公園作ったり道路工事をしたり、土を掘る時は必ず表土を横にとっておく」といった州法があったそうです。
アメリカのパンパは乾燥地帯なので、一度農業をしてしまうと、どんどん風化していって砂漠化するので、「こりゃいかん」ということで、国土保全庁が土を守るための計画を作ったり。これが世界各国の土への考え方です。
「水の獲得のために戦争が起きる」と言われていますが、実は「土を獲得するための戦争が起きる」とも言われています。水や土に溢れる日本人からは「何のこっちゃ?」という方もいると思いますが、結局は、「食い物争奪戦」ということですね。日本では種苗法など「種」の話題が多いのは、水と土が豊富だからなのですが、世界では、「水」と「土」の方が大切なんです。
さて、この本を読むと「へ~」と思うところが多々あるのですが、そもそも「土」や「食料と土」の前提知識が無いと、ピンと来ないと思うので、もう少し補足を。
ちょっと前置きの話をしますと、「日本の土は特別」という事を知っておく必要があります。もっと言えば、「日本の食料事情は特別」という事ですね。
日本はやろうと思えば「食料自給率100%に出来る珍しい国家」と私は思っています。今、自給率38%ぐらいと言われていますが、あれは10年ぐらい前に、計算方法をカロリーベースに変えたからで、例えば青果物の総量で言えば70~80%近くは自給出来ているはずです。
一方、肉、油、小麦は海外産が多いですし、国産の卵や家畜も海外の飼料を輸入しているので計算上の自給率は下がります。なので極端に言えば、小麦を国産にし、家畜の飼料を国産に切り替えるか肉や油脂の消費量を抑えた和食がメインになれば、計算上の自給率は上げられるわけです。
そして、極論を言えば、海外からの食べ物がストップしても、贅沢しなければ食い物を自給出来る土と水が日本にはあるのです。
というのも、狭い国土でも作物がムチャクチャ良く育つからです。それは黒ぼく土と言われている軽くて腐植に富む土があるからで、昔からそこに山から集めた落ち葉や肥だめから集めた糞などを混ぜた堆肥を入れて田畑にしてきました。
ただ、大量生産や効率を考えると、肥料を追加しなくてはいけないので、戦後は海外の資材を輸入して使っています。そういう点ではチェルノーゼムよりは劣るものの、チェルノーゼムを抜かせば、世界のトップレベルの土となります。
さらに踏み込むと、農業が出来るかどうか、つまり食べ物を作れる土かどうかは、「土」と「気候(雨、気温)」のかけ算です。
アメリカのプレーリーのようにチェルノーゼムという最高の土があっても雨が少ないと、植物が日本のようには育たない。植物が育たないと、腐植となる原料がない。だからいったん耕してしまうと、太古の昔から蓄えてきた腐植が乾燥地帯なのでどんどん風化していって土が痩せていきます。
一方、日本は雨が温暖湿潤気候で、雨が降る地域なので、植物が育ち、毎年、土は痩せていく分、葉っぱや草などが生えるので腐植が増えます。無茶な農業をしない限りバランスが取れるのです。
アメリカの農業などでは「いったん耕すと土が痩せてしまう。だから鋤き(すき・・・土を掘り起こす道具)で土を耕すのは止めて、緑肥を育てよう、不耕起にしていこう」という運動があるぐらいなのです。
ところが、日本は春から夏にかけて、嫌なほど雑草が生えます。つまり、雨が多く気温も高くなっていくので、どんどん植物が生育して腐植が増えるのです。ただ土のバランスとしては弱酸性で、リン酸なども足りないので、補ってあげる必要があります。逆に補ってあげれば、何もしなくてもよいチェルノーゼムとまでとはいかないまでも、農業は自立出来るんですね。
と、個人的には思っている中でこの本を読むと、例えば、土の良いところと人口は比例関係にある、とか色々面白い事がわかって来ます。「土、そして天候で食い物の量が決まり、食い物があるところは人口が増える」というシンプルな結論が世界地図からわかります。
それをみると、「やっぱり日本の土は悪くないじゃない」と思えるのです。
世界を旅した藤井さんの話からすると、やっぱり「土は命を支える」ということがわかりますし、しかし、その土は「過去からの堆積物」であり、それは「気候」次第で、水と気温のバランスで農業に向いているかどうかがわかります。
熱帯雨林は植物が育つけど、腐植の分解も早い。雨期と乾期のあるサバンナでは乾期に風化されてしまう。鉄分やアルミニウムなどが付着している粘土層、砂のような場所、色々ありますが、世界の陸地の中で1%未満しかない黒ぼく土が日本国土では30%以上を占める。かつ、雨と温度のバランスが抜群。
今、世界人口を食べ物が作れる耕地で割ると、1人平均14m×14mの耕地で生きているそうです。もちろん、貧富の差が大きいですから、肉を食べたり外国のものを食べている日本人などの先進国は300m×300mぐらい使っている事になるんでしょうか?
それが世界人口が100億人になれば、1人平均10m×10mになるそうで、今以上に激しい食料争奪戦、つまり土争奪戦になるでしょう、という話です。
今、日本でもSDG’sが叫ばれて、活動している方々も多いのですが、そういった方々が片手にコーヒー、片手に輸入小麦から作られたパンにアボカドサーモンを持っていると、「何だかな~」と思ってしまうのは私だけでしょうか
食の大事さを語られる中で、水にフォーカスされる人もいれば、農業地帯にフォーカスする人もいます。その中で、土そのものをフォーカスする人はまだまだ世界では少ないようで、というかメジャーな学問ではないようです。
例えば、土とは何か?というと、その化学式は解明されていないそうで、小さじ1杯に3億とも言われる生物が織りなす結果出来ているものを、まだ人間は作れないそうです。
土、というミクロを知る事は、マクロの農地=命を支える食べ物の供給地を考える一端になるな~、と思える本です。但し、細かな土壌の話はちょっと小難しいですよ