年間を通して東京に雪が降ることは思いのほか少ない。4日の立春の雪に続いて8日の雪に小さな子供たちは大喜びである。深く積った雪に身を投げ出してその感触を味わっている子もいる。しかしその楽しみはながくは続かない。なぜか大人たちは競うように各家のまわりの雪を道端に片付けてしまうからだ。
雪の翌日の日曜の朝、玉川上水沿いに踏み固められてできた細い雪道を一列になって黙々と歩いていく若者たちがいた。武蔵美の受験生たちだ。実技試験用の道具を詰め込んだキャリーバッグを引きずっている者もいる。うしろを行く身軽な者が前をなかなか追い越せないでいる。
月刊誌「NHKテレビテキスト囲碁講座」の別冊付録に「井山祐太のはじめて覚える囲碁用語」があることを最近知った。連載は昨年の4月号から始まっている。井山祐太は若くして囲碁界の第一人者である。「自然に覚えていく囲碁用語ですが改めて一つ一つの意味を考えると意外と曖昧に覚えていることもあるようです」まず言葉ありきという着眼に確かなものを感じる。「言葉の意味をすっきり分かるようになるということは碁が上達したことの証明でもあります」これはなにも囲碁だけに限らない。
問題を解きながら用語の意味を確認していく講座である。基礎的事項の確認であるが私には新鮮で刺激的だった。提示された問題は適切であり、解説は簡潔で分かりやすい。初回から通して読みたいと考えて図書館に行った。別冊だから本体の裏表紙にセロテープで厳重に張り付けてある。ところが貸し出し可能な雑誌のうちの何冊かは付録が切り取られて無くなっている。図書館の係の方は私に肩をすぼめて見せた。どこかの囲碁愛好家が気に入って思わず切り取ったとものと思われる。井山祐太は最強の碁打ちであり、しかも優秀な伝道者でもある。