福島県の南端にある鮫川村は大部分が標高400mから650mに位置しており全体の約58パーセントが山林で構成されています。その村に私より5歳年長の知人が東京の家族と離れて一人暮らしをしています。そのうち自家製の濁り酒をさげて小平の私を訪ねるかもしれぬと四年ほど前に葉書が舞いこみました。しかしその後はぷっつり連絡が途絶えていました。今年の夏に東京の奥さんと連絡を取り電話番号を知ることができました。師走になって電話すると驚いたようすでしたが、いよいよこの15日に私の方から出向くことになりました。
日暮里から常磐線で水戸へ、水戸と郡山を結ぶ水郡(すいぐん)線で5時間半の各駅停車の旅です。瓜連という駅名を「うりづら」と知ることなども旅の途中のささやかな慰みの一つです。知人は駅まで出迎えてくれました。なんと十数年ぶりの再会でした。互いに違和感は感じなかったようです。車で20分ほど登った小川にかかる橋のたもとの一軒家に着くと出迎えてくれたのは白っぽい赤毛の柴犬でした。3歳の雌で名は「モモ」です。縄文時代から日本人と生活を共にしてきた小型の犬です。軒先にはホオジロとヒワの小鳥籠が2個と、干し柿とトウガラシが赤々と吊り下げられてありました。
ここでは60歳後半は若い方で、新たな納税者は村では大歓迎されます。村役場はこの家屋を紹介し住めるように改修するまで親切に手助けしてくれたそうです。知人がこだわったのが囲炉裏と薪ストーブです。土間に入ると広い四角の囲炉裏があり、その横の細い土間をさらに奥へ進むと薪ストーブが据えられています。炭は購入していますが薪は近くに間伐材が無尽蔵にあります。たまに古老がここを訪ね来るとやっぱり囲炉裏はいいねなどと言うそうです。薪ストーブの横の勝手口を出ると野菜畑が広がり、大根や白菜がすぐに収穫できます。ストーブの上で泥つきの長ネギを焼いてみそだれで食べると何とも言えない甘みがあります。
住んでいる標高450mの土地は150坪あり買うとすれば50万円だそうです。小川の向こうの丘にこれもまた借りている畑もあります。そこでは、かぼちゃ、スイカ、トマト、サツマイモなどの収穫があり年に何度か車で東京に運ぶそうです。まるで参勤交代だよと冗談を言います。薪ストーブの横の土間で鍋一杯の煮ものと辛めのきんぴらなど心づくしの料理が出て、これまた自分で焼いたという陶器でどぶろくがふるまわれました。夏には近くの小川を1か月以上にわたり蛍が飛び交うといいます。私は来年の夏は蛍を見るために再びこの地を訪れることになるでしょう。コクのある濁り酒を飲みながら碁盤を囲んでいるとつい飲みすぎてしまいます。目覚めて廊下を歩いていると痛いほどの冷気を足元に感じていました。