水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

足らないユーモア短編集 (72)押し

2022年09月04日 00時00分00秒 | #小説

 押しが足らないと相手をその気には出来ず、物事は成就しない。もちろん、押してもダメということもあるにはあるが、まずは押してみることが肝要となる。ただ、無闇な押しは墓穴(ぼけつ)を掘ることとなり、押さなかった方がよかったな…と、あとあと後悔することもあるから注意が必要だ。^^
 大相撲の取り組みが始まった国技館である。紅葉山(もみじやま)は今年に入り幕下から新十両に番付を上げ、関取としていい気分で初日を迎えていた。初日の相手は幕下上位の樫川(かしかわ)である。前の場所で突き押しが好調だった紅葉山は、今場所も押しでいこう! と心に決めていた。押し相撲で勝ち星を重ねよう…という目論見(もくろみ)である。一方、先場所は紅葉山の突き押しに完敗した樫川は一つの策を立てていた。相手が突き押しで来たところを突き落とそう…という目論見である。
 制限時間がいっぱいとなり、行事が時計係をチラ見しながら頷(うなず)いた。
「待ったなしっ!」
 行事軍配が返り、二人の力士は激しく立ち合った。紅葉山は秋のような赤ら顔のいい景色で激しく樫川を突き押した。だが、樫川も負けてはいない。始めは受けて押されたかに見えたが、実はそれは樫川の作戦だった。このままいける…と判断した紅葉山は押しを強めた。次の瞬間、樫川のイナシがさく裂した。紅葉山はあっけなく土俵上に突き落とされたのである。硬い下がりを悔(くや)しげに握り、紅葉山は一礼すると土俵を下りた。
「樫川ぁ~~!!」
 その翌場所、樫川は新十両の関取となり、紅葉山は幕下上位へ番付を下げた。
 このように、押しの読みが足らないで成就しないこともあるようです。^^

                   完


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