片麻痺との二人三脚

孤独に甘えず、後ろ振り向かず、希望失わず、唯前進あるのみ!

「驚異のリハビリ」に匹敵、麻痺手・足「曲げる・伸ばす、広げる」促通反復<パワーリハビリテーション>

2011-09-09 08:20:28 | 「パワーリハビリ」

 東日本大震災発災以来183日目、朝日新聞見出し、「震災後8万人県外へ岩手・宮城・福島  関東に4万人、東日本大震災後に岩手、宮城、福島の3県から、県外に住民票を移した人は約8万3千人に上り、県外からの転入者を差し引いた転出超過は7月末までに計3万6千人に達していることが分かった。
 
3県の沿岸部では、仙台市と宮城県利府町を除く全市町村で人口が減少した。
 人口流出は地域経済の弱体化につながりかねず、今後の復興にも影響しそうだ。
 西日本は南から湿った空気が流れ込む影響で天気が崩れる。
 近畿南部では断続的に雨が降る天気予報だ。
 今日の兵庫県は、暖かく湿った空気と日射の影響で次第に大気の状態が不安定となるため雨や雷雨の所もある予想。

          

 8:50分、ポラリス送迎車でディサービスセンター小林入室、バイタルチエック(血圧111-77・体温36.3℃)後、熱いコーヒーを戴きながら持参書物、新潮社蓮池薫著「半島へふたたび」を読む。
 著者は、“あとがき”記載に帰国して早7年(09/6発行)、まるで夢のように過ぎた日々だった、拉致され、しばらくして僕は日本に帰ることを諦めた、何の可能性も見えないなか、実現し得ない帰国のことばかり考えていたら、とても生きていけないと思ったからだ。
 非常に重い言葉、何もかも恵まれた環境の中で高齢障害を呪いながら不服ばかりが先に立つ自分が恥ずかしい。
 最後の言葉に「僕らの子どもたちの帰国以来、拉致問題には何の進展もなかった、実にもどかしく、胸が痛む、被害者にとって人生の大事な時が刻一刻と失われていく」・・・と締めくくられ、完全解決まで拉致問題が風化しないように関心を持つのが自分達の使命と受けとる。

           

 9:30分、オリエンテーション・・・準備体操⇒NHKテレビ体操、物理療法・自主療法・マシントレの三グループに分かれ、「パワーリハビリテーション」開始。
 隣のTさん(89歳)が明日から弟のお通夜・告別式に石川県へ帰省されると伺い驚く、ご子息が付き添われるが高齢ご兄弟のご不幸に当然出席する心構えに毅然とした姿を感じ、積極的に「生きる」女性の強さに瞠目する。
 11/9で丸6年を経過した「パワーリハビリテーション」、左上肢・下肢機能全廃の体で参加した当初、装具をつけ、杖をついてマシンを利用したことを思い起こすと装具を外し杖無しで90分余り、トレーニング可能は正に「パワーリハビリテーション」のマシン促通反復法のお蔭です。
 左上肢・下肢機能全廃のせいで麻痺手・足を「伸ばす」・「曲げる」・「広げる」は全く不可能であったが右手・足を使うことで脳神経が遮断された右脳運動野に働きかけ、微かな動きを誘発し始める。
 
まだまだ不満足ながら「伸ばす」・「曲げる」・「広げる」事で500㍍歩行・一人入浴可能・車運転可能をもたらしている。
         

 №1、「レッグエクステンション・フレクション“麻痺足を延ばす・曲げる”」、曲がる麻痺足がウエイト台に添えるようになり、伸ばす・曲げるが意識しての運動が可能となる。
 楽な姿勢で2.5㌔のウエイトを30~40回「伸ばし」・「曲げる」を反復運動、週2回6年間のリハビリ効果に自分を「褒めたい」気持ちになる。

           

 №2、「ヒップアブダクション・アダクション両足を広げる・閉じる”」、股関節を開閉する運動は高齢者・障害者には無理な事でマシンを使用する事で「広げ・閉じる」が可能となる。
 
このマシンの素晴らしい点は「広げる」、機械の力で左右筒いっぱい広げた際、微かな疼痛後伸びる筋肉の柔軟性を大腿四頭筋に感じる。
 №3「チエストプレス“両手挙げ”」、下肢機能全廃は装具補填で運動補助が出来るが上肢は装具補填が使用出来ないので機能回復は下肢に比べ、10倍は要する。
 「チエストプレス」の際、当所、麻痺左手でグリップを握る動作は右手で補助していたが今は不自由ながら単独把握が可能となる。
          

 №4「ローイングマルチフアンンクション両手引き」、このマシンも初めは右手で補助していたが麻痺手でグリップ把握が可能、引いたときに左肩甲骨の筋肉が稼働しているのを意識する。