ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

南高愛隣会・犬塚弘さん探訪4

2020年03月18日 | てくてくさんぽ・取材紀行
アールブリュット作家 犬塚弘さんを訪ねて。二日目は犬塚さんとのお付き合いが深い南島原市の「吉田屋」へ、酒蔵めぐりに同行することになった。清酒「萬勝」の醸造元で、犬塚さんは年に3〜4回ほどこちらを訪ねては、ラベルを入手したり酒瓶を眺めたりして過ごしている。グループホームのある雲仙市西郷地区から、有明海や普賢岳を眺めつつクルマで1時間ほど。有家地区の古い民家街の路地をやや行ったところに、白壁に瓦葺きの建物群と煉瓦の煙突が見えてきた。

吉田屋の創業は大正6年、島原半島でも屈指の古い酒蔵で、ご主人の嘉明さんは四代目になる。仕込み蔵へと足を運ぶと、巨大な天秤棒のような装置が圧巻だ。「撥ね木(はねぎ)」という、創業時に使われていた搾り器である。左下の「槽(ふね)」にもろみを詰めた酒袋を積み、「阿弥陀車」という滑車を用いて、長さ8mあるこの木を下ろして圧を掛ける。梃子の原理で搾るこのやり方は、手間はかかり繊細な作業だが、それが味に出ると嘉明さん。今では長崎ではここだけ、全国で6カ所ほどしかないという。毎年11月から半年ほど、仕込みと搾りを繰り返し、現在は4月に搾る分の仕込みの最中なのだそうだ。

非常に珍しい醸造方法につい聞き入ってしまったが、犬塚さんの関心はむしろ売り場の方に向いている。場所を移すと犬塚さんは帳場に直行、嘉明さんからラベルがたくさん入った袋を手渡され、代金10円を支払った。いただくのではなく購入にしているのは犬塚さんの意向で、「商取引」だからちゃんと発注もされている。訪問前に送られてくる「注文書」に合わせてラベルを揃えています、と嘉明さん。見せてもらうと細かく指示された銘柄とともに、いついつに行くので用意して欲しいと添えられた「依頼状」が、礼節あり丁寧な分、微笑ましくもある。

このようなやりとりで、いつも犬塚さんを温かく迎える嘉明さんだが、お付き合いが始まった30年ほど前は先代が応対していたのを見つつ、自身はどう接するべきか戸惑っていた時期もあったという。犬塚さんから欲しいラベルを一方的に要求する電話があっては、驚いて返事に窮する。それに対して南高愛隣会の職員からよこされるお詫びの連絡に、恐縮して迷う。自然体のあるがままで接するのがよいとの嘉明さんなりの答えは、そんなやりとりの積み重ねから導き出されたところも大きいようである。

ラベルを購入して、売り場の酒瓶を撮影して、さらに持参の升で少しだけ試飲もして、と忙しなく移動する犬塚さん。吉田屋でのルーティンでもう一つ必須なのが、空き瓶の観察だ。屋外に積まれたケースの山に寄っては離れ、瓶を回しては戻しをしながら、あまたあるラベルを刻み込むかのように、ひたすら凝視する。とても嬉しそうなその様子を見守りつつ、人として一番の喜びを見せてもらっており、こちらも嬉しくなると嘉明さんが話す。

いつも酒蔵にやってきて、このように過ごしていく犬塚さんが、作家として長崎県美術館で個展を開催するまでになった。好きなことを続けて実ってよかった、まわりの人たちの努力も報われた、と語る嘉明さんに、個展を契機に変化があったか尋ねてみたところ、「犬塚さん自身は何も変わりません。だから、こちらも自然体のまま。来てくれたら迎え、望むことをお好きにしていただいています」。その一方で、作家としての犬塚さんにエールも送る。同じ境遇や才能を持つ人でも、誰もが同じ道を歩めるわけではない。なので彼がそのきっかけになってほしいと。「自由に生き、まわりの人を幸せにする、山下清さんみたいな画家になってもらいたいですね」。

嘉明さんとお話をしている間も、たくさんの酒瓶とひたすら対峙し続ける犬塚さん。その姿も想いも、彼が描く酒瓶画のルーツがある、近所の酒屋でラベルを見ていた伊江島での幼少期から、ずっと変わらないのかもしれない。

ホテルニューグローバルの朝食@諫早

2020年03月18日 | 旅で出会った食メモ
ホテルから一歩も出なかった諫早の夜、朝に窓を開けたら、川沿いの風光明媚な立地だったとは。睡眠2時間、さすがに眠いしだるいしちと気分もよろしくない。

昨日の夕食に続き、朝食もオーソドックスだが手作り感がある。二食付きのビジネスホテルも、たまにはいいものだ。最終日は酒蔵取材、がんばって参りましょう。

ホテルニューグローバル@本諫早

2020年03月17日 | てくてくさんぽ・取材紀行
今宵の宿は、市街を流れる本明川に面したホテル。珍しく二食付きのプランにしたのは、夜の街をほっつき歩くなどまかりならぬ缶詰ミッションが、このあと待っているからだ。飲み屋街にあるのに、繁華街のど真ん中なのに。

いかにもビジネスホテル風の定食の中に、ご当地名物島原素麺があるので嬉々としたら、単なる豚鍋の白滝だったりする。ムニエルのカレイは有明海の珍魚クツゾコかと期待したら、余所者のカラスガレイだったりする。いつもは地魚を出しているそうだが、最近漁獲が少ないもので、とおばちゃんが申し訳なさそうに補足してくれた。いえいえ美味しゅうございました。

南高愛隣会・犬塚弘さん探訪3

2020年03月17日 | てくてくさんぽ・取材紀行
アールブリュット作家 犬塚弘さんを訪ねて。犬塚さんにお話を伺いつつ酒瓶の絵まで書いてもらったところで、いったん犬塚さんとは分かれてクルマで雲仙市へと移動。犬塚さんが日常を過ごしている南高愛隣会の施設を訪ね、作品制作の環境を見てみることにする。

犬塚さんは西郷地区にあるグループホームで暮らしており、日中は生活介護施設「わくわく」で過ごしている。午前中は仕事として、全地区の各施設へ弁当の配達を行う。昼食を食べた後、午後はレクリエーションなどでゆったり過ごし、入浴・休憩後16時前に送迎を利用して西郷のグループホームへと帰る。「わくわく」での滞在時間は長いながら、犬塚さんはここでは絵は描かない。ここは絵を描くほかにも楽しみがあることに加え、絵は自分の空間で描きたい気持ちが強く、創作の場とここは別と捉えているそうである。

その創作の場が、絵画レクリエーション施設「ふたば工房」で月2回、土曜日の午後に行われるアートクラブである。「わくわく」の活動の一環で毎回13名ほどの参加があり、犬塚さんは欠かさず参加している。参加者は共同スペースでそれぞれ自由に絵を描き、犬塚さんは一緒に書いたり別室の個室を利用したりしているそうである。犬塚さんはここが創作の場所との意識があるようなので、現在ひと部屋を専用アトリエに整備中。部屋には犬塚さんの絵や酒瓶を飾る予定という。

ほか、共同スペースや階段の壁面には犬塚さん以外の方の作品が飾られ、こちらも独特の造形に見入ってしまう。ベーコンやフルーツパフェなどをコンパクトに描く人、機関車を細かい部品まで精緻に描く人、四角い色パネル模様を描き組み合わせた人など。ベーコンの絵の方は自傷他害の傾向があったそうだが、絵を書き始めてからほぼなくなったそう。さらに会が製造する菓子のラベルに氏の絵が使われ、収入が得られ出すと本人と家族にもさらに変化が出てきたという。絵のスキルが自尊心と自立に結びついたようで、犬塚さんに続く好例となるのを期待したい。ちなみにアートクラブの参加者にとって、犬塚さんの絵は「真似できない存在」なのだとか。

最後に、グループホームの犬塚さんの部屋も訪れてみた。2階の1室に暮らしていて、部屋にはアルバムがいっぱい積まれているのが目に入る。見せてもらうと酒蔵巡りをした際の記録で、壱岐などの蔵や働く人、同行した南高愛隣会の方と撮った写真が多数貼られていた。写真のほか新聞や広告も目立ち、同行者や思い出を記録するために犬塚さんが独自に選んでいるようだ。またこの施設の人に聞いたところ、色紙はこの自室で書いているそうである。出会った方へ送るメッセージは、やはり自らが一番落ち着く場所から、気持ちを込めて贈っているのだろう。

今日のミッションはここで終了、明日は犬塚さんと懇意にしている酒蔵巡りにご一緒します。

南高愛隣会・犬塚弘さん探訪2

2020年03月17日 | てくてくさんぽ・取材紀行
アールブリュット作家 犬塚弘さんを訪ねて。概要を担当の方に説明頂いた後、犬塚さんにも同席いただいた。氏の創作において凄いのは、何と言っても情報の収集力と記憶力。見ながら模写するのではなく、見て聞いて頭に刻んだことを描き出すのが、犬塚さんのスタイルなのである。

挨拶ののち、東京から来た旨を伝えたら、「澤乃井」をはじめ矢継ぎ早に東京と埼玉の銘柄が出てくるのはさすが。流れで長野の酒の話になり、諏訪の「真澄」が好きだと挙げたら、持参されてきたスケッチブックと画材一式を持ち出され、なんと目の前で描いてくださることになった。犬塚さん、道具へのこだわりが結構強く、ボールペンはジェットストリーム、マジックはマッキーなほか、36色の色鉛筆にクレヨンにスケッチブックも、いつも持ち歩く決まりのものを使うのだそうだ。

犬塚さんの絵のもうひとつの凄さとして、書き上がるまでわずか10分と早いことが挙げられる。鉛筆で一升瓶の外形をするすると型取り、中央に銘柄ラベルを仕切ってデザインを書込み。銘柄をマジックで太く書き込んだら、等級ラベルを書き上げて銘柄名のまわりを赤く塗り込んでいく。瓶を透明感ある薄水色で彩色したら、絵はできあがりだ。一瞬で記憶した情報だけを元に書いているから、線がなめらかで躍動感がある。迷い、無駄、やり直しはまったくなく、集中力すごく手が一切止まらないのも見ていて気持ちがいい。

そして犬塚さんの酒瓶画の真骨頂は、まさにここから。瓶の周囲の余白に、この酒の関連情報がびっしりと書き込まれていく。酒蔵名に住所、電話番号、分量ごとの値段など、これだけで十分な酒蔵情報になる精度である。目と耳から入ってきた情報はすべて描き切るのが、犬塚さんの作風のもうひとつの特徴だ。瓶とまわりの文字類のバランスが独特で、文字は文字情報としてではなく「画」と認識して再現しているから、字体も筆の流れもかえって現物によく似ている。

これらの文字は、本から得た情報や店頭に並んだ瓶を見て得た情報に加え、酒蔵巡りをした際には蔵元から聞いた話も全て記される。なので話の流れで出た蔵元の年齢や家族構成などまで書き込まれた「個人情報つき」になることもしょっちゅうなのだとか。犬塚さんはこれら全てを自身の頭の中に整理・記憶して描くため、かなりのエネルギーを使っている。無欲、かつただ好きだからできる能力とはいえ、早く書き上げるのはそれだけ集中力とパワーが必要だからとも言えるのだろう。

いよいよ仕上がりに近づき、書き込まれる文字を追うとなんと、自分の名前と住所が添えられていく。さっきの自己紹介を、もう頭に刻んでもらえているのだ。犬塚さんは酒瓶画のほかにも、色紙作りもお上手で、知り合った人へのお礼や祝いに、ラベルを貼り季節やその人との思い出を記して送っているそうだ。描いたものに対して相手が喜ぶのが嬉しいから、とのことで、言葉ではないメッセージながら覚えてもらえる側も嬉しい。

この様子は映像でも記録したので、おいおいアップします。では、普段犬塚さんが過ごしている各施設を巡り、作品への造形をさらに深めていきましょう。