ことしの2月に、岡山と高松の食べ歩きをした際、帰りに神戸に寄って昔の友人と飲んだことがあった。お互い、無類のサッカーファンで、彼は神戸、私は今期1部に昇格した横浜FCの熱狂的サポーター。酔った勢いで、それぞれの直接対決は必ず見に行こうじゃないか、と約束、この5月6日には、まずはわれらが横浜FCが、ホームの横浜・三ツ沢球技場で、神戸を迎え撃つことになった。
試合当日、神戸から遠路やってきた友人と横浜駅前で待ち合わせて、いざ、対決の場であるスタジアムへ… はいいが、この日はあいにくの雨模様。遠征してきた友人に敬意を表し、アウェー側のゴール裏に席を取り(本当は金がないから、安い席を選んだ、ということだが)、雨煙の中のキックオフである。
で、試合終了。3対0と圧倒的な負けだけれど、2部から昇格したてでしかもベテランばかりのチーム故、まあこんなものか。友人は大喜びで、これまた遠征してきたらしい顔見知りのサポーターと、歓喜を分かち合いにとんでいってしまった。
ビッグクラブの横浜マリノスと対照的に、貧乏チームの横浜FCのホームスタジアムらしく、三ツ沢球技場は1万人ちょっとも入れば満員の、小ぢんまりした古い球技場である。それはそれで味があるけれど、屋根がないのがこんな日は難点。天気のいい五月晴れの下のゲームなら、この大敗もまあ半分ピクニック気分で、と笑い飛ばせるが、この雨の中ではちょっと疲れてしまったようだ。
三浦カズのシュートが唯一、惜しかったな、などと数少ないチャンスシーンを回想しながら、そろそろ席を立つ。雨の中熱狂的な応援を繰り広げたサポーターは、ほとんど帰ることなく、ずぶ濡れでヘトヘトの選手たちを待っている。見ているこちらも、2時間に渡り雨に打たれれば、ずぶ濡れのヘトヘト。反省会は濡れた服を着替えてから、みなとみらいあたりへ移動して、パッと飲みながら盛り上がりたいところだ。
自分は一度自宅に、友人はホテルへと引き上げて、17時に桜木町駅前で再び待ち合わせたところから仕切り直し。高層ビルや観覧車の明かりがきらめくみなとみらい地区、ではなく、足が向いたのは線路とその反対側に位置する野毛だ。こちらは居酒屋や一杯飲み屋、小料理屋など、間口の狭い飲食店が密集する、古くからの横浜の下町である。
とりあえず目に入った海鮮居酒屋に飛び込み、まずは一回戦のスタートだ。刺身盛り合わせや串盛り、イカ納豆、さつま揚げなどをつまみながらジョッキをあおっていると、ああ先ほどの惨敗の悔しさが、今になってよみがえってくる。チーム戦術に補強策といった、今後のわがチームの展望に始まり、酔いが回るに連れていつしか話題は二転三転。
芋焼酎の「黒薩摩」をボトルで頼んだ頃には、お互いが熱烈なファンである村上春樹の作品論やら、仕事にまつわる四方山話やら、自分でも何だかしゃべっていることが支離滅裂になってきたよう。2時間あまり雨に打たれたこともあり、冷えと疲れで普段より酒のまわりが、極端に早いようである。
※↑この時に、友人に「村上春樹の模倣をやってみる」と、酔った流れで宣言。前回の突飛な文体と内容は、今回の内容で「村上春樹の本歌取り」をやってみた結果です。あの自閉症的、自暴自棄な心理描写は、氏の登場人物のテイストをつくってみたもので、私の心理状態ではありませんので念のため(笑)。
愚痴で酒は絶対飲まない主義だが、そんな具合でなにやら仕事の話題が少々怪しくなってきた。遠路はるばるやってきた友人にも申し訳ないので、理性があるうちに(?)ここでいったんリセット。店を変えることにして、野毛から関内方面へと移動することにした。
雨はほぼ止んだようで、心地よい涼しさが酔い覚ましにちょうどいい。伊勢佐木町の入り口に到着する頃にはかなり落ち着いた… つもりだが、このビルの7階にカレーミュージアムがあって、10回以上は行ったぞ、と自慢してみたり、「ゆず」のストリートライブ会場はここだ、と松坂屋前で騒いだりと、まだ幾分酔いによるテンションの高さが残っているよう。
そんな調子であてもなく歩いている割には、次の店はすんなり見つかった。伊勢佐木町の本通りから、路地をやや入ったところにある小さなバー『John John』は、日曜の夜にもかかわらず看板のネオンに明かりが灯っていた。店内に入るといつものように、カウンターの上のモニターでライブが流されている。そしてカウンターの一角には、髪を後ろで束ねた小柄なご主人が。安藤さんは店名の通りジョン・レノンの大ファンで、愛称は「パパ・ジョン」。その人柄に誘われて集まる、音楽好きの常連客が数多い、伊勢佐木町の名物バーなのである。
今日は日曜のせいか、それともこの時間のせいか、店内には数人の客がまばらにテーブル席についていて、思い思いにモニターに流れるライブ映像を眺めながら、ひとりの時間をゆったりと過ごしている。10代後半の頃、それなりに流行の洋楽にハマり、バンド経験もある自分たちにとっても、どこか懐かしく居心地のいい空間である。
ご主人に、ズブロッカとミックスナッツを注文。猛牛・バイソンが好むというズブロッカ草の香りを添えた、ポーランド産のウォッカで、40度と強いがもちろん、オンザロックでやや青臭い香りを楽しむとする。乾杯をすませたらあとはまわりの客と同様、モニターのライブ映像を眺めながら、のんびりと酔いの余韻に身をゆだねる。最初に流れていた映像は、何と盲目のギタリストのライブ。ギターを横に置いて両手で弾いている様子は、何だかギターとは違う楽器の奏者にも思えてしまう。自分たちが高校のころ、学園祭で必ずといっていいほどコピーされていたバンド「ヴァン・ヘイレン」は、右手の指を弦ごとネックにたたきつける、ライトハンド奏法で一世を風靡していた。それを彷彿させる変則的な奏法に、ほかの客たちも視線が釘付けになっている様子。
ズブロッカをもう一杯と、ミックスナッツをもう一皿追加すると、映像はニール・ヤングのライブにと変わっていた。彼なら知っている。高校のときにはじめて聞きに行った、この近くの横浜文化体育館でやっていた、洋楽の生ライブに出ていた人だ。
「エブリタイム・ユー・ゴー・アウェイが流れないかな」
「…お前、そりゃポール・ヤングだろう」
関西人ならではの見事な突っ込みに、思わず苦笑。まあ、もう20年以上前のことだし。ちなみにこの店、はじめてやってきたのは、みなとみらい地区にある某ホテルにて、私めが結婚式なぞ挙げた翌晩。式を挙げた翌日、慌しさから開放されてホッとしつつ家内と散歩している際、見つけてぶらりと入ったのを思い出した。こちらは、…あ、ちょうど11年前の、これを書いている今日のことだ。両方を思い返し、もうかなり昔のことになるんだなあ、と、思わず感慨深くなってしまう。
その11年前と同様に、店を後にする前に忘れてはならない買い物がある。それは、ホットドッグ。昭和45年の開店当時以来の名物で、ソーセージと野菜がサンドされ、トマトの味が濃い目のケチャップで仕上げ、とシンプル。これがドリンクのサイドメニューにぴったりで、ホットドッグ片手にビールやカクテルをグッとやるのが、この店のスタイルだ。店頭のショーケースに並んでいるのを3本買い、1本は友人へ明日の朝食代わりに、もう1本は結婚式のことなぞを思い出したことで、家内におみやげにしよう。
伊勢佐木町の入り口のゲートのところで、桜木町に宿をとった友人と別れることに。秋には神戸で行われる試合での、再会とリベンジ? を祈念して、自分は関内駅へと向かった。自宅への「帰るメール」に、今日は伊勢佐木町で飲んだ、おみやげはホットドッグ、と入れてみたけれど、果たして11年前の店のこと、家内は覚えているだろうか。(2007年5月6日食記)
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