ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

ローカルミートでスタミナごはん11…とちぎ和牛/栃木県那須町『れすとらん青柳』・日光市『明治の館』

2010年01月31日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

【とちぎ和牛】
■系統・掛け合わせ…黒毛和種
■肉質・等級など…A4~5・B4~5
■年間出荷頭数…4000頭
■生産出荷元…社団法人とちぎ農産物マーケティング協会

 「品川駅があるのは品川区ではなく…… 港区である」。JR山手線にまつわるトリビアを扱った本に、そんなことが書いてあった。鉄道の開通後に区制が施行されたため、駅がある場所を含まなかった。蒸気機関車の煙が嫌われて、市街から離れたところに駅が設けられた。など、その理由がいくつか記されていたが、駅名と下車した土地の名が異なるとは、本来なら利用する側からすれば驚きだろう。もっとも品川駅の例はトリビアとして扱われるほどで、実害はまったくといっていいほどないらしいが。
 魚や肉、野菜などの銘柄名も、捜してみると同様のケースがあるようだ。ごく限られた地域で生産されているものに、広く旧国名を冠したりとか、生産地から離れたところの有名な地名を名乗ってみたりとか。知名度が高く、イメージがいい地名をつけた銘柄名にしたい思惑は分かるが、「○○海の荒海にもまれた魚」「爽やかな××高原で飼育された牛」など、銘柄名にある地名は、その土地でとれることを連想させる。銘柄名自体が味や品質を左右することはなく、品川駅の例と同様、消費者側への実害はほとんどないのだろうけれど、何かの折に実際の産地を知った消費者は、少々混乱してしまうかも知れない。

 那須高原へドライブに行くことになった際、那須の銘柄肉をあたってみたら、「那須牛」という銘柄を見つけた。生産元である大黒屋総本家のホームページによると、専用の農場で水や飼料に気を配って飼育した、A5ランクでBMS値も高い高級和牛とある。なら生産元直営のレストランで味わってみようと、場所を調べたところ、直営レストランがあるのは那須高原ではなく、その南東の大田原市とある。
 直営店にこだわらず、那須高原で那須牛を扱う店を探してみても、ペンションやホテルの食事で供するところがちらほらある程度で、飲食店はほぼ見つけられなかった。ホームページをさらに読んだところ、那須牛は自社の登録商標で「産地をあらわすブランド名ではありません」とのくだりが。
 つまり那須牛とは那須高原産の銘柄牛肉ではなく、この生産者独自のブランド銘柄なのだが、知らずに出かけて那須高原で那須牛の店が見当たらなかった、なんてことになっていたら、少々面食らっていただろう。大黒屋総本家は、大田原の地名を冠した銘柄牛・大田原牛の生産元でもあり、最近、注目を浴びている超高級銘柄だけに、ご当地銘柄にこだわるならこちらを味わう手もある。

 しかしながら、このたび目指すのは那須高原。現地で地元ならではの銘柄肉が見つかるかもしれない、と大田原市はスルーして、那須インターから那須街道へと入り、高原へと登る道を進んでいった。沿道には高原リゾートらしく、しゃれた雰囲気のレストランが点在。メニューを掲げた洋食レストランやステーキハウス風の店も見られ、那須牛は見られないかわりに「とちぎ和牛」の文字が、ぽつぽつと目に入ってくる。
 那須で見つけ出した銘柄名が「とちぎ」とは、一足飛びに地名の範囲が広がったものだ。ご当地感には少々欠けるように感じるが、インターから10分ちょっと走っているし、そろそろ店を決めたい。インターと那須温泉のちょうど中間あたりで見かけた、木造の「ステーキ」の看板と、横目で誘う黒毛和牛君のイラストに導かれ、『れすとらん青柳』という洋食レストランを選ぶことに。

 

那須街道沿いにある立地のいい店。とちぎ和牛のキャラの牛君が、何とも寒そう

 街道に面して大きくとられた窓際の席に落ち着くと、いつの間にか雪がちらちらと降り始めており、道路にはすでにうっすらと白く積もっている。インターを降りた途端に急に冷え込んだのも道理で、メニューにある「特製ビーフシチュー」が何ともいえず暖かそうに見える。
 が、店の人によると、シチューに使っている和牛はあいにく、とちぎ和牛ではないとのこと。とちぎ和牛を使った料理は、サーロインとテンダーロインのステーキだそうなので、サーロインの100グラムをオーダーすることにした。銘柄肉の実力を計るには、塩とコショウでシンプルに味わうステーキが最適なのは分かるが、この日は窓の外に次第に降り積もる雪を見るにつれ、ビーフシチューに後ろ髪をひかれる思いがする。

  

写真では分かりづらいが、建物は三角屋根。街道に面した席は明るい雰囲気

 店の人がメニューについて補足してくれたついでに、とちぎ和牛は那須高原の銘柄牛なのか尋ねてみると、「那須高原ではなく、栃木県産和牛のブランド銘柄ですよ」との返事。系統は血統の明確な黒毛和牛で、県内の220名の指定生産農家により生産されたおよそ1万頭のうち、厳しい格付審査をパスした3000頭ほどが、とちぎ和牛の銘柄で流通するという。県内産の和牛全般を指す銘柄ではなく、一定の基準を満たしたもののみが称される高級銘柄のようだ。それにしても、限られた生産数の中からさらに合格率30%とは、なかなか狭き門。地元銘柄云々はともかくと、優良銘柄の和牛であることは間違いない。
 このようにとちぎ和牛は、生産量が限られていることもあり、取扱は栃木県内を中心とした指定販売店に限るなど、流通に対する管理もなされている。この店も、とちぎ和牛の提供店認定も受けており、「栃木県の誇る最高級のブランド」と高く評価しているそうである。店によると日本三大和牛で挙げられる、米沢牛や近江牛にもひけをとらないとも。

 運ばれてきた自慢のサーロインは、横長の二等辺三角形をした肉の各頂点が、鉄板の縁まで接するほど大きい。このボリュームならシチューでなくても、エネルギー補給ができて体が温まること間違いなしだ。ナイフを入れると厚さがさほどなく、広く薄めの肉はスッ、スッと、ソフトな抵抗で切れていく。
 ひと切れ口に入れると、いきなりヒタヒタとした感触、かみ締めると肉汁ととろけた脂がミックスされてあふれ出し、ただただひたすらにジューシー。ステーキの醍醐味は普通、かみしめた歯ごたえ、肉汁のうまみ、脂の甘みそれぞれが、順に主張してくるところだが、これはすべてが一斉にたたみかけてくるため、個々を表現できないほど。いわば牛肉の醍醐味がひと口に一丸となった、牛肉至福の味だ。マグロの最上級ネタである大トロ霜降りが、口の中の体温で渾然一体となってとろけるのに似ており、これも牛肉の大トロといった感じだろうか。

 

ガーリックバターとおろし風のタレが、肉の味を引き出す。右は人気メニューの和牛ハンバーグ(とちぎ和牛ではない)

 銘柄に対する評価基準がさぞかし厳しいのだろうと、一般的な指標である肉質と歩留まり等級を確認してみたのだが、とちぎ和牛はA4・B4以上と、一般的な銘柄牛肉と大きく変わらない。これほど魅惑的な肉質となる秘訣は、生育環境や飼育にかけた手間隙にもよるのだが、与えている飼料の影響も見逃せない。生育状況によって牧草に加えて稲わら、大麦などを使い分けて与えているのは、米沢牛や近江牛も同様で、赤身は柔らかできめ細かく、サシが緻密に入った霜降り肉に仕上がる秘訣なのかもしれない。2009年度の全国肉用牛枝肉共励会では、和牛去勢の部でとちぎ和牛が初めて第一位の名誉賞を受賞しており、次第にその評価が高まってきているようである。
 この店はとちぎ和牛の提供店認定を受けているのに加え、とちぎの地産地消推進店にも認定されている。なのでフルーツのように甘いニンジンや土の香りの強いジャガイモ、クキッと青臭いインゲンといった付け合わせ野菜と、ライスの米も那須高原産である。これで肉も那須高原産だったら言うことなし、と思ったら、うちで使っているのは那須高原産のとちぎ和牛ですよ、と店の人。
 とちぎ和牛は那須高原にも生産者がおり、この店は那須サファリパークに近い、横沢地区の生産農家と取引しているという。ちなみに那須町の特定の生産者が飼育したとちぎ和牛が、「那須黒毛和牛」という銘柄で扱われており、とちぎ和牛よりも評価基準は厳しいから、いわばとちぎ和牛のプレミアム版。れすとらん青柳のメニューにも「とちぎ和牛(那須黒毛和牛)」と記されており、結果としては那須のご当地銘柄牛にたどり着くことができたようだ。

 

東照宮の東寄りの森の中にある、明治の館。右はコースの中の一品、湯葉巻き

 別の機会だが、日光を訪れた際に立ち寄ったレストランで、那須で味わえなかったとちぎ和牛のビーフシチューをいただいたことがある。場所は日光山内にある『明治の館』という、初めて日本に蓄音機を輸入した、アメリカ人貿易商の別荘を利用したレストラン。明治末期に建築された洋館の中、エレガントな雰囲気で食事を楽しめるのが売りという。店ではステーキなど、とちぎ和牛を使ったメニューを扱っており、訪れたときは湯波料理にヤシオマスなど、地元食材の料理がそろったコースのメインディッシュが、とちぎ和牛のビーフシチューだった。
 シチューといっても、見掛けはスープ風ではなく煮込み肉料理といった感じで、ブラウンのドミグラスソースが香ばしい香りを漂わせている。ソースは3週間かけて仕込んでおり、これでほほ肉を1日半じっくりと煮込んで仕上げているという。それだけに柔らかく、ナイフを入れると繊維が1本1本ホロリとばらけるよう。中はほんのりピンク色でしっとりした肉はコクがあり、うまみが凝縮したこれぞ煮込み料理、といった深い味わいだ。ほんのりと酸味があるソースのおかげで、こちらも肉の実力がまとまって、力強く発揮されている。白い部分は脂ではなくコラーゲンの成分で、くどさがなく体に優しいのもうれしい。

 

じっくり煮込んだとちぎ和牛のビーフシチュー。ナイフをかけるとほろりと崩れるほど

 ちなみに日光でもご当地銘柄にこだわるなら、とちぎ霧降高原牛と日光高原牛という銘柄が存在する。これらは黒毛和牛ではなく乳用種との交雑種で、管轄はとちぎ和牛と同じとちぎ農産物マーケティング協会となっている。協会ではさらに、とちぎ和牛も含めた3銘柄を総称して、「栃木県産和牛」とも称するのだとか。

 それにしても、牛肉の銘柄名と産地、品質の関係は、単純とは限らないようだ。消費者が銘柄肉を選ぶ際、定義や等級とともに、生産地に関する情報もきちんと見定める必要がある。銘柄名はその土地の産品であることに加え、その土地のベストな銘柄である証。飲食店でその実力に満足することはもちろん、ご当地銘柄肉を味わいにはるばる出かける楽しみも、地名を冠する銘柄肉の魅力なのは間違いない。
 なので、冒頭で宿題となったままの大田原牛にも、依然として関心を持ち続けている。こちらは大田原のご当地銘柄云々よりも、口に入れたとたんに溶けるといわれる、BMS12というとんでもない脂肪交雑に興味深々だからなのだが。(2010年1月2日食記)

【参照サイト】
とちぎ和牛 
http://www.tochigi-wagyu.net/
とちぎ農産物マーケティング協会http://tochigipower.com/staticpages/index.php?page=c-401beef
鶏春(那須黒毛和牛) http://www.toriharu.jp/
JA全農とちぎ http://www.tc.zennoh.or.jp/html/tochigino/niku.html



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